魔女と迷子
「ふん、ちんけな物語だこと。」
パタン、と絵本を閉じる。表紙には「グリーンガーデンの魔女」と書かれている。私は紅茶を飲みながら絵本を睨みつける。
「なーにが『グリーンガーデン』 よ。美化しちゃってさあ。」
カップを置いて窓の外を見やる。
そこには、崩れて辛うじて建築物だったと思われる物と、それを飲み込まんと生い茂る木々の姿があった。
「あーあ、何かわかるかと思ったのに。アテが外れたなあ。」
ぐっと伸びをして、指を振る。すると絵本とカップが浮き上がり、絵本は本棚に戻され、カップは流しに置かれた。
私は立ち上がり、壁にかけてあった黒いローブを羽織る。
「……行ってきます、お母さん」
そう1人呟いて家を出る。
家をでて向かったのは、廃墟の少し先にある森だ。
森にあるのは数種類の薬草と小さな泉。誰もここには立ち入らないから、自然が自然のまま、自由気ままに育っている。
そう、誰も立ち入らないはずである。
「……………」
町でしか見ないはずの人間だ。まあ、この森には珍しい薬草がいくつかある。私が知らないだけで、ここに出入りしている人間がいるのかもしれない。それは別にいい。私の森って訳じゃないし。
けど…。
「…………」
明らかに倒れている。ピクリともしない。え、死んでる?
その辺にあった木の棒でつついてみる。無反応。あ、でも息はしてる。
生きてるのか~。そっか~。それはそれで面倒だな~。
どうしよう…。置いて帰ってもいいんだけどそれで本当に死なれたら目覚めが悪いし、でもだからって連れて帰るのもな…。
見た感じ私と同じくらいの身長だし、担げないし。いや魔法で浮かせたらいいんだけど…。
「……………」
しょうがない、か。
指を振る。男の子が浮き上がる。ついでに泉の水も少し汲む。さて、帰るか…。
家に戻って、とりあえず男の子をベットに寝かせる。水を汲んだ瓶も棚に戻して、どうしたものかと思案する。
「うーん。なんで倒れてたんだろ…。病気?そういうのは詳しくないからあ…。」
男の子の顔覗き込む。男の子、というより人とこんなに近づくのはお母さん以来かもしれない。顔色はそんなに悪そうには見えない。病気とかではなさそう。…きれいな顔だな。女の子みたい。それに鮮やかな赤茶の髪。いいなあ、私の髪とは大違い。触ってみてもいいかな…ダメかな…。
触ろうとして手を止める。いけないいけない、面倒だとか言いながら久々の人にテンションが上がってしまった。落ち着け~私。
男の子から離れようとした瞬間、パチ、と男の子が目を覚ました。
「……っ」
目、目が合った!
ズサァッと後ずさった私をよそに男の子はパチパチとまばたきして、きょろきょろと辺りを見渡す。
「!」
また目が合った!
「アンタは……」
喋ったああああ!!
い、いや!落ち着け!落ち着け私!人なんだから喋るに決まってるでしょ!
いやちょっ、だ、だって人と1対1とかお母さん振りだから!対人スキル0なんだよ私は!!
「……?おい」
あああああああやばいこっち来る!!!な、何か!何か言わなきゃ…!
ドシャ
言わな…きゃ………?
「…………」
「…………え…っと、だ、大丈夫…?」
めちゃくちゃベットから落ちた……。おかげで落ち着いたけど…。
「……腹減った」
お、お腹~~!!そっか~!!お腹空いてたのか~!だからあんなところで倒れてたのか~!あんなところで倒れてた説明はつかないけど倒れてた理由はわかった!
「えっと、ご飯、食べる…?」
「食う」
めちゃくちゃ即答じゃん…。と、とりあえず、男の子を椅子に座らせて、指を振って昨日買ったパンと森の花で作ったジャムを取り出す。
「…魔法?」
あっっ。
「ええと、まあ、その…」
やっばい。これはやばい。完璧に魔女だってばれた。ど、どうしよう。
「ふーん。ねえ、これ食べていいの?」
「あっうん、どうぞ…」
あ、れ……?
見逃してくれた…?いや、興味ない感じ…?まあ、それはそれでこっちとしてはありがたいんだけど…。
「これおいしい。何のジャム?」
「えっあ、森の奥に咲いてる野薔薇のジャム、です」
「へー」
えっまって1週間分のパンがもうないんですけど…!?
どんだけお腹空いてたのよ…!
男の子は紅茶を飲み干して(気が付いたら出してた。自分の奉仕精神が憎い)、ごちそうさま、と呟いてこちらを向いた。
「ところで、アンタ誰?」
…………。
そ、それはこっちのセリフですけどーー!?!?