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ネクロマンサー

「ーーーーァ!」


 咆哮が木々を蹴散らし、フェンリルさんの巨体が嘘のように吹き飛ばされていく。


 咆哮によって粉砕された木々がフェンリルさんの体を貫く。その姿を見てられず、私は目を逸らしました。


「行かないと!」

「待つのじゃ」


 急ぐ私を、ヴィクターさんが腕を掴んで引き留めます。


「な、なんで止めるんですか」


 外れない……。引っ張ったり締めたり叩いたりしてるのにビクともしません。


「お主が行ったところで何も出来んじゃろ」

「でも、誰かが行かないと……!」

「くは、くははははは!」


 軽快な笑い声が部屋に響きました。部屋には私とヴィクターさん以外誰もいません。それはヴィクターさんが笑っているということを意味していて――


「す、すまぬ。可笑しくて我慢できずにな。くははっ」


 ヴィクターさんは口元を覆って必死に笑みを抑える。


「な、なんで……なんで笑っているいられるんですか!フェンリルさんが危ないんですよ!?」


 ありったけの敵意を込めて睨んでヴィクターさんを非難しました。


 人の命が危ないのにこの人はなんで笑えるの?フェンリルさんがまだ出会って数える程度だから?……いえ、きっとヴィクターさんは親しい人だったとしても笑うのでしょう。


「お主は二つ間違っておる。まず、魔狼がそのドラゴンに敗北することはない」


 腕を離し、ヴィクターさんは何かの説明を始めます。その隙に行こうとしたけれど、次の言葉で私は動きを止めました。


「次に、ここでは伝説や神話級など珍しいことでもない」


 じっ、とヴィクターさんの顔を見つめます。仮面で表情を読み取れませんが、嘘をついている様子は見て取れませんでした。


「それは、どういう意味ですか?」

「どういう意味も何も、そのまんまじゃよ。そもそも何故、人間領との境界が近いここに村があるか考えてみよ」


 ここに村がある理由……?そんな事を今考える余裕があると思ってるんですか、この人は?


「いいから考えるのじゃ。その答えが、急がずとも良い理由にもなるのでな」


 ……答えるしかなさそうですね。ヴィクターさんの言う通り、私が行っても無意味ですし。


 さて、村がここにある理由ですか。……最初に思いつくのは防衛戦力でしょうか?あの大きな谷なら天然の防壁になりますし。でも、それだと伝説が珍しくない理由になりませんし……。


「今のお主には少し難しいかのう」

「……なんですか?」


 悩む私を見て、ヴィクターさんがくつくつと笑ってます。


「一つヒントじゃ。伝説や神話級は何も外だけの話ではない」


 外だけじゃない?……あ、分かったかも。でも、これが正解だったら悲しいです。


「隔離、ですか?」

「大正解じゃ。儂らは魔族の中でもいた――」


 そのタイミングで大地が鳴り響き、言葉を遮りました。次いで、この世の終わりのような咆哮が空気を震わせます。


「話の続きは見物しながらにしようかの。しっかり捕まっておれ」

「へ?」

「飛べ、試作一号」


 ヴィクターさんの言葉に応えるように、床が軋んで悲鳴をあげる。下から得体の知れない何かが這い出してくる。



 ――それは生命への冒涜を体現していました。



 縫って繋ぎ合わせただけの体はチグハグで、死の気配を漂わせています。尾と翼だけが鱗で覆われた姿は異質で異様。剥き出しの筋肉が脈打ち、生きていることを主張しますが、生気のない青白い肌がそれを否定してます。


「こ、これは一体……?」


 恐怖で固まった口をなんとか動かして、疑問を絞り出す。私にできたのはそれだけでした。


「お主と魔狼の素材から作ったキメラじゃ。生命を与えておるから腐らず、他種族の死体を組み合わせて形作られた肉体はそれだけで武器となる。そして、魔狼の魔力で覆われた表皮は無敵の鎧と等しいのじゃ」


 まるで子供が蟻を踏み付ける時のような、無邪気に非道なことを楽しんでいます。


「お主はこの素晴らしさが分かるか?」


 ヴィクターさんが、期待の眼差しで私を見ています。その動きに合わせて、黒猫のようなキメラの頭部が動きました。光のない、真っ黒な瞳が私の目を見つめています。


『……る……ん』


 キメラの方から声が聞こえた気がしました。それを認識すると、今まで真っ黒だと思っていた瞳の中に、僅かに光がある事にも気づきました。


『ニ……ちゃん』


 光は徐々に大きくなり、形を変え、一つの人影を象りました。


 私と同じ銀の髪。理知的な顔立ちに似合う眼鏡と黒スーツ。花が咲くような可憐な微笑み。その人は、初めて見るのに酷く懐かしく感じます。


『ニールちゃん』


 私はこの人を知ってる……大切な人、失ってはいけない人、もう一度会いたい人。……行かなきゃ。私はあの人に会わなくちゃいけないのだから。


 一歩、足を踏み出す。続けてもう一歩踏み出した。不思議なことに、恐怖で動かなかった体は嘘のように軽くなっていました。


 二歩、三歩と踏み出して四歩目を踏み出そうとすると目を塞がれ、誰かに抱き締められた。それをきっかけに、意識が現実へと浮上していきます。


「戻ってきたか……。すまぬ。こやつの目はナイトメアという悪魔のものでの。その者が望む夢を見せて捕食するのじゃが、言うのが遅れておった」


 どうして、こんな悲しそうな声をしてるんでしょうか?何かあったんでしょうか……。


「これは故意ではないのを分かってくれると助かる」


 ゆっくりと、目を塞いでいたものが離れていき、視界が広がっていく。


「ひっ」


 そこは口の中だった。


 さっきまで黒目だと思っていたのは喉奥の闇であり、見えていた人影も存在していた痕跡はない。私は、幻影を追いかけて自らキメラの口内に入り込んでいたのだ。


 もしヴィクターさんが止めてくれなかったら――


 それを考えると、恐怖で足腰から力が抜けてしまう。遂に耐えられなくなった私はその場にへたりこみました。


 だけど、ここは口内で、私達が立っているのは舌の上。そこに触れた手や足には粘性が強く、異臭を放つ透明な液体が付いている訳で……。


「あふぅ……」


 私は気を失った(現実から逃げた)


 ―――――

 ―――

 ―


 強い風と何かが空気を打ち付ける音、そして雄叫びによって私の意識が現実へと引き戻されました。


「はっ!こ、ここはどこですか?」


 眼下では九頭龍とフェンリルさんが戦争もかくやというほど壮絶な戦闘が繰り広げられてます。


「起きたか。ふむ……目立つ後遺症はないようじゃな。もうすぐ淫魔(サキュバス)狼人(ウェアウルフ)来るのでな。魔狼への加勢はそれまで待て」


 と、ヴィクターさんは拘束されている私に優しく語りかけた。そう、私の腕や足は粘液のようなものでキメラから離れられなくなっていたのです。


「ほれ、この村の主戦力が到着じゃ。あやつらがくれば、そこら辺の神や悪魔など脅威にならん」


 ヴィクターさんの言う通り、フェンリルさんの方へ向かっていく小さな点がありました。


「先頭を走ってる二人は魔王軍から追放された者でのう。どちらも先祖返りしておるのじゃ」


 ヴィクターさんから説明されるが、それは私の耳に届かない。私の意識は下を走っている二人のみに向けられています。


「グルアアァァァ!」


 九頭龍が悲鳴をあげてのたうち回ってます。その衝撃によって、辺りの木々はなぎ倒され潰されてます。この惨状を作り出したのは、狼男のたった一撃でした。


 彼はフェンリルさんを追い越して接近するやいなや、九頭龍の首のうちの一つに飛び蹴りをしました。その一撃は鱗を砕き肉を抉り、首を吹き飛ばしました。その結果が先の惨状です。


「凄い……」

「村の主戦力じゃからな」


 思わず感嘆の声をもらすと、ヴィクターさんが機械的に同じ説明を繰り返しました。特に“主戦力”のところを強調してて、しつこいです。


「ワタシを見なさい!」


 不意に大きな声が聞こえ、そちらの方に意識が持ってかれました。否――目が、耳が、心が彼女に惹かれ、知りたがっているんです。


 目下のフェンリルさんもサキュバスさんを見つめています。隣のヴィクターさんも、静かになったのをみるに彼女に惹かれているみたいです。九頭龍も例に漏れることなく、九つの頭全てがサキュバスさんに向けられてます。


「アオオーーン!」


 唯一の例外である人狼さんが九頭龍の背を駆け抜けて首に到達しました。


 一閃――光がはしり、全ての首がずり落ちていく。ただ爪を振っただけで九頭龍は絶命したのです。


「む、様子が変じゃな」


 ヴィクターさんの言う通り、無頭の体が縮んでます。みるみるうちに山のように大きかった体が、私より少し大きいくらいになってしまいました。


「いったー。なんで邪神の命令で来ただけなのにー、狼の相手させられたりー、首チョンパされなきゃいけないのー」


 縮んだ九頭龍がムクリと起き上がると、大声で泣き叫び始めました。男とも女とも言えない中性的な声で、あの醜悪な見た目からは想像できないほど綺麗な声です。


「また不死のようじゃな。再生しても切り落とされた方が魔素にならぬのか。……ふむ、拘束して首を量産するか?」


 隣で怖い事を呟いてる人がいる気がしなくもないですが、九頭龍の方が先です。


「あら、随分可愛らしいわね。邪神と言っていたけど、あの邪神の事を言ってるのかしら?」


 サキュバスさんが無防備に九頭龍に近づいていきます。危険だと思いましたけど、人狼さんやフェンリルさんが何もしないので見守ることにしました。


「んー?私を魅了したのってー、もしかしなくてもー、貴方?」

「そうね」

「誰かと思ったらー、魔王軍元幹部の人じゃーん。イクスから聞いたことあるよー」

「ッ!」


 九頭龍の言葉が琴線に触れたのか、サキュバスさんが魔法を放とうとしました。間一髪で人狼さんが止めましたが、当たってたら確実に致命傷を与えられる威力でした。


「落ち着け」

「そう、ね。もう吹っ切れたと思ったけれど、まだ引きずってたのね。……少し任せるわよ」


 そのままサキュバスさんは森とは反対――村の方へと帰っていってしまいました。


「私ー、何か悪いこと言ったー?」

「……目的は?」

「えー、答えてくれないのー?」


 あ、人狼さんの耳がピクピクしてます。ピコピコじゃなくてピクピクです。怒ってるんでしょうか?


「じゃ、教えてあげる!」


 九頭龍の様子がまるで人格が変わったみたいにシャキッとなりました。


「用件は一つ!ここら辺で銀髪の記憶喪失の女の子を見かけたら魔王軍に報告してください!その際、邪神との面会の希望も聞いてくれると助かります!以上!」


 銀髪の少女?その娘を探す為だけに首を切られたのなら確かに災難ですね。あの姿で来られたら、どこも同じような対応されるでしょうけど……。


「あれか?」


 人狼さんが空を見上げました。……というより、私を見てます。確かに私も銀髪で記憶がないですけど、魔王軍に呼ばれるようなことをした覚えはないので別人でしょう。


「えっとー、銀髪に赤目でー、少女!名前はー?」


 シャキッとした雰囲気はどこにいったのか、元の気の抜けた喋り方に戻ってしまいました。


「私ですか?」

「そー」

「ニールです」

「わー、見つけちゃったー。皆に自慢できるー」


 見つけ……え?も、もしかして記憶を失う前に何かしてしまったんでしょうか。あ、だからあの深い渓谷で目覚めたんでしょうか。あれ?信憑性が増して……。


「じゃー、魔王城に行こうねー」

「なぬ!?」


 自分の世界で悩んでいると、いつの間にか九頭龍が横に立って私の手を握っていました。……なんでヴィクターさんも驚いてるんでしょう。


「い、行くってどうやっ――」

「準備おっけー。発動してー」


 九頭龍の言葉の直後、光が私と九頭龍を包み込みました。


「む、遠距離からの転移じゃな。かなりの高難易度じゃぞ」

「あの、解析してないで助けてくださいっ」

「さー、いくぞー」

「主殿……ッ!」

「……アイモンに報告だな」


 その喧騒を最後に、私と九頭龍は完全に光に呑まれました。

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