勇8「邂逅③」
「どういう状況?」
正面、容姿の変わっていない三人から目を離さず、騎士に状況を尋ねる。
「殿下!この者らが、自分達は勇者だと騙って勇者様方に会おうとしていたのです」
「その人達は通して問題ないよ。貴方は他の勇者達を集めといて」
「は?」
「返事は?」
「は!申し訳ごさいません」
威圧を込めた俺の問いかけに、騎士は敬礼をして逃げるように走っていった。
高位の――それも王子の威圧だ。実力で負けていなかったとしても、同じような反応だったんだろうな。あまりこういう態度はしたくないんだけどなぁ……。
「もしかして、佐藤君?」
「今はジークっていう名前だけどね。一応、王子をやってるよ」
「王子……」
清川さんの目が少し鋭くなった気がする。やはり、死なせてしまった事を恨んでるのだろうか。
「王子なら、王子の権力があったなら……!」
やはりそうなのだろう。宮沢も以前の面影がないくらい感情が死んでいるし、つい先日殺された霊山さんは、俺なんかが想像できないくらい怖い思いをした筈だ。
「美結ちゃんを殺さなくて済んだのに!」
「は?」
想像していたものの斜め上を通り越して一周した叱咤に、息とも声とも判別できる音が漏れた。
「は、じゃないよ!死なないのは分かってたけど、ニールちゃんに美結ちゃんを殺させるなんてトラウマだからね!」
「いや、ちょっとま――」
「そもそも、5年経ってもそのステータスってどういうこと!?」
「……清川、英樹が困ってる」
見兼ねた宮沢が清川さんを止めてくれた。これで会話できそうだ。
「あ……、佐藤君ごめんね?」
「あ、ああ」
おかしい。もう一度言おう、おかしい。
今、清川さんが言った情報と昨日の出来事を生理すると、宮沢達をアンデッドにしたのは龍輝。霊山さんを殺したのも龍輝。そして、俺達を助けてくれたのも龍輝。……どんだけいるんだ?
「いくつか確認していいか?」
「私達に答えられる事だったらね」
落ち込んだ清川さんに代わって、前世同様苦笑の絶えない霊山さんが答えてくれた。
「えっと、宮沢と清川さんの二人をアンデッドにしたのは龍輝なのか?」
「そうらしいね。私が聞く限りだと、宮沢は盗賊に、安寿ちゃんは魔獣に殺されて、ニールちゃん――あ、成田の事ね。その娘が救けたんだって。私は殺害から蘇生まで全部されたけどね、あはは」
最後に苦笑と共に付け加えられた内容は、とても笑えるものではなかったが、とりあえずは分かった。
「あら、王子様がそんな顔をしたら駄目よ。ほら、こっちにおいで」
新しく入った情報を基に、現状を正しく把握しようと思考に耽っていると、雰囲気の変わった霊山さんが俺の顔を自分の胸に押し付けた。
「な、なななななな何を……っ!」
「もう、お母さん!あんまり私の体で好き勝手しないで!」
「あら、レイでも恥ずかしいのね」
まるで二人が話しているように、霊山さんは口調と雰囲気を交互に変えて喋っている。……俺を胸に押し付けたまま。
「美結ちゃん、美結ちゃん。佐藤君が茹で上がっちゃうよ」
「……真っ赤になってるな」
解放された俺に向けられたのは、憐れみや同情の視線だった。
「つ、次の質問だ。お前らって死んだのを恨んでないのか?」
「うん」
「私は自主的に死んだからね、ははは」
「……むしろ感謝してる」
上から清川さん、霊山さん、宮沢の返答だ。どれも肯定的で、恨んでいるような気配は微塵もない。
「アンデッドになって感謝……?待遇がいいのか?いや、庇護下に入れてもらったから?龍輝は何がしたいんだ……!」
周囲――特に霊山さんを警戒しつつ、再度思考の渦に潜る。
「少し待て……どうした。……今はまだ駄目だ。……分かってる。俺達も同じ気持ちだ。……頼んだ」
突然、宮沢が一人で喋りだした。驚いて清川さん達に目を向けるも、逆に不思議そうな顔をされた。
「なんだって?」
「……自分達も探したいみたいだ。今はグールが抑えてる」
「それなら、早く話を済ませないとね」
話の概要が分からず、おいてかれてる内にどんどん話が進んでいく。
「話が長引いたのは安寿ちゃんが混乱させたせいだけどね」
「む、美結ちゃんだって、佐藤君を真っ赤にしてたじゃん。」
「そ、それはお母さんが……!」
「お母さんがなんだってぇ?ほれ、うりうり」
今度は、清川さんが霊山さんの体を突き始めた。霊山さんは顔を真っ赤にして、手を叩いていく。
「準備も出来たみたいだし行こうか」
分からないことは後に、聞きなれた足音が聞こえたので振り返る。その先には青髪のメイドさん――俺の乳母であるマリン・ジルトンさんだ。
「はぁ、はぁ、勇者様方が揃いましたぁ」
「案内お願いね」
「畏まりました」
「久しぶりに会えるのに、あまり嬉しくないね」
「……ニールの方が大事」
「そうなんだどね。安寿ちゃんの言う通りなんかな〜、ははは」
アクアさんに案内を頼んで、俺は宮沢達の会話に意識を向ける。
何か情報になればと思ったけど、他愛ない会話ばかりで気を張ってるこっちが馬鹿馬鹿しくなってきた。
俺達は、王城の中の大部屋の内の一つに案内された。
「勇者様方。こちらはジーク王子殿下並びに、保護の適わなかった勇者様でございます」
扉を開いたアクアさんが、勇者改め、転生者達に紹介する。中にはあの時いたメンバーと、ここにいないはずの奴がいた。
「あ?んで宮沢が生きてんだよ。死んだっていってたじゃねえか」
「そういうことは言っちゃ駄目だと思うなー」
かなり珍しく、応本が低い声を出した。それは新羅を注意するもので、皆仲良くをモットーとする応本からすれば今の発言はアウトなので、当然と言えば当然なのだが。それにしても珍しいな。
「今のは切り込みすぎ」
「俺もそう思うぜ。死んでたと思ってた仲間が実は生きてた。良いことだろ?」
鈴切が咎め、岩切が優しく諌めた。失言した新羅は口を噤んで、いたたまれなさそうにそっぽを向いた。
しん、とした重苦しい空気が辺りに漂う。
……根は優しいんだけどな。時々、人の心情を読み取れなかったり、見た目と高圧的な態度のせいで誤解されてるだけなんだよ。
「で、俺を見つめてくんのはなんだよ。そんなこのカッコが珍しいか」
そんな空気のなか、困ったような気恥しいような若干震えてる声が響いた。
声に誘われて視線を向けると、丸田さんにアンデッドの女子二人が近くに寄って観察し、宮沢は離れた位置からじっ、と眺めていた。
「僕達も初めて見た時は、見つめちゃったからね。その気持ちも分かるよ、はははは」
乾いた笑い声とともに賛同したのは、無川だ。
「姉御がこういう服を着るなんて天地がひっくり返ってもないと思ってたからね」
それに霊山さんが苦笑で返す。以前は思わなかったけど、なんとなく二人の雰囲気が似てる気がする。
周りを見ると、張り詰めていた空気がいつの間にか解けて、口に微笑を浮かべていた。
「おいおいおい。俺様をおいて何話してんだよ。俺様がここにいんだから俺様の話をしろよ」
無川と霊山さんが作ってくれた和やかな空気に、自尊心の塊のような傲慢な声が響いた。
「はぁ、空気を読んで欲しいのです。皇君」
「俺様が?寝言は寝てても言うな」
この俺様な男はカイザー・E・ルーヴィヒ。何を隠そう、隣国のルーヴィヒ帝国の皇子だ。そしてスキルは『皇帝』。皇子なのか皇帝なのかハッキリして欲しい。
丸田さんのように地位が邪魔して集まれないメンバーの内の一人だ。本来ここにいるはずがないんだけど……。
「はっ、俺様が高貴すぎて何も言えねぇか。俺様がここにいんのは、この国の内部調査だ。俺様にしかできない仕事だからな、仕方なくやってやってんだよ」
と、悩む前に勝手に教えてくれた。実は皇、超がつくほどの阿呆だ。馬鹿ではないので気をつけて。違いはすぐ分かると思う。
「この国が魔族の侵攻受けんのは数年ぶりだからな。隣国としては黙ってられねぇんだよ。が、忙しい宰相に頼める程じゃないということで、俺様に回された。俺様にかかれば一日で済む仕事だったがな」
分かっただろうか。つまるところ、隠し事ができないのだ。嘘はつくし、誤魔化しもするけど、最終的に自滅する。自己顕示欲が強すぎるのだ。
「それは分かったのです。それよりも、早く皆に謝るのです」
「言っただろうが。戯言は死んでも口にするなってな」
「言ってないのです」
しん、と今度は憐れみの空気が場を支配した。皇だけが持ち前の鈍感さで気付かず、同情の視線が注がれ続ける。
「皇君、皆に謝ろう?」
甘い、チョコレートに生クリームを混ぜたぐらい甘ったるい声で笑顔の会長が近づいていく。
だが、何故だろう。笑顔には笑顔なのだが、嵐の前の静けさのような気配があるのは。
「断る」
「……ねぇ、皆。皇君って権力を利用して女の人のおし――」
「だあああ!分かった!謝るから止めろぉ!」
皇が叫んで委員長の声をかき消した。余程言われたくないのだろう。
「はっ、俺様が謝るんだ。精々拝むんだな」
「女」
「すみませんでした!僕が分かったです、だからそれだけは言わないで!」
一言、たった一単語だけで態度が一変した皇。委員長の足にしがみついて涙を流している。
「やめてください。この豚が」
そんな皇を、先程とは別種の笑顔を浮かべた委員長が踏む。恍惚とした表情で子供を踏む5歳はかなり恐怖だった。
「ぶひぃ!私は豚ですぅ。だから許して!」
「ふふふふ……ハッ!」
だらしなく垂らしていた涎を吹いて、委員長が正気に戻った。
「こほん、話を逸らしましたね。すみません……」
新羅と同じく、いたたまれない表情をして似たもの同士寄り添った。
間が出来たので、俺はアクアさんに視線を向けた。彼女もこちらを見つめており、ずっと待っていたみたいだ。頷いて許可を出す。
「では、本題に入ります。本日、急遽お集まりいただいたのは、こちらの行方不明であった勇者様方の要請の検討していただくためです」
そう言って、アクアさんは手で宮沢達を仰ぎ、そのまま俺の後ろに控えた。
「どうする?」
発言を促された三人は未だに丸田さんを見つめていた。流石の丸田さんでも、これだけ長時間見られると恥ずかしいらしい。顔が真っ赤だ。
清川さんだけが話を聞いていたのか、他2人に問いかける。
「安寿ちゃんがそれで良いなら、私は構わないよ」
「……同じく」
主語のない問なのにも関わらず、両方とも澱みなく答え、あの3人以外は話に置いていかれている。
「じゃあそうしようかな」
スっ、と清川さんは静かに移動する。まるで品定めでもするような目付きで見回した後、顔から感情が消え去った。
かなり不穏な空気で、空気がふるえているような圧迫感が放たれている。
「始めはね、助けを求めようと思ったんだ」
「おい、なんか雰囲気ヤバくないか?」
近くに誰もいないのに耳元で囁かれた。注意して見ると、黒装束で完全装備の臼井が背後に立っていた。
完全に忘れてた……。そういえば教皇という人に王都の状況把握を頼まれてて、いなかったな。こいつ、教団の実行部隊に所属してるし。五歳なのに。
「ああ、さっきから容子がおかしいんだ」
「やっぱり?いや〜、隠密最大の俺に気づいてる感じだったし、やばいぜあいつら」
最大で気付く……。こう言ったらなんだけど、臼井が本気で隠れたら、どんな事されても気づかない自信がある。
目の前で踊られても、耳元で大声出されても、体中ベタベタ触られても違和感を感じないだろう。流石に攻撃されたりしたら分かるけど。
つまりだ。そんな臼井に気付くってことは余程の感知能力か圧倒的な実力差だっていうことだ。で、今の状況だと後者の方が可能性は高い。
「けどね、皆のステータスが想像以上に低かったから――」
臼井と話しているうちに会話が終わりそうだ。不穏な気配は、最早威圧となって物理的な圧力となり、重たくなったように錯覚する。
既に転生者全員が気の緩みを捨て、手に馴染んだ得物を構えて警戒している。
「皆には一度死んでもらうね」
戦闘が始まった。




