勇7「邂逅②」
「龍輝……」
少年――幼い龍輝は鬱陶しそうな目を向けただけで特に反応を示さない。まるで全て忘れてしまったかのようによそよそしい態度だ。
「た、確かに似てんな」
「面影はある?」
新羅が同意し、鈴切は首を傾げた。他の皆も似たような感じで、既視感はあるみたいだ。
俺と早紀以外は高校からの付き合いだからな。幼い頃の龍輝を知らないのは当たり前か。それに龍輝は表情をあまり変えないからコロコロ変える目の前の少年では分かりにくいかもしれない。
「ブラッドさん」
「なんだぁ?」
「あれは……あの男の子は龍輝ですか?」
俺は思い切って聞くことにした。ブラッドさんとは一度だけしか会ったことはないけれど、話を聞く限り頼みを聞いてくれる良い人みたいだし。
「リュウキ……龍輝?もしかしてニールの事かぁ?」
ニール?それが今の龍輝の名前なのか?それにしてはやけに女の子っぽい名前だけど。
「俺はもう行くぞ。勇者達の事観察してたら遅くなったからな。あとあの肉塊邪神の眷属だから気をつけるんだぞ」
少年はそれだけ言って来た時と同じように突然消えた。残されたのは肉塊とそれと戦う2人、そして俺達転生者とブラッドさんだ。
「とりあえず、あれを先に片付けるぞぉ。ジャック、加勢するからなぁ」
「ありがとう剣聖さん。このお肉さんの再生が止められなくて大変なの!コアを直接攻撃出来れば勝てるから手伝って!」
外套から鈴を転がすような可憐な声が聞こえた。それに応えるようにブラッドさんが剣を抜く。次の瞬間――
「え……?」
ブラッドさんのてが煌めいた。肉塊は動きを止め、外套の人は高速移動をしていたのが嘘のように緩慢な動きで近づいていく。
「こんなもんで大丈夫だろぉ?」
「うん!これで仕留められるよ」
キン、と音を響かせてブラッドさんが剣を鞘に収める。と、同時に肉塊がバラバラに崩れ落ちた。切り刻まれた肉片が地面に散らばり、その全てが地面に触れると更に細かくなった。
「はい、これで終わりだよ。母親がいないし私達の仲間になろうね」
「流石ボス。見事な手際です」
外套の人が一際大きな肉片に触れると、それは灰になって外套の人に吸収されてしまった。執事服の人は拍手を送っている。
「それであなた達はどこから来たの?騎士さん達も向かって来てるのはどうして?」
外套の人が振り向き尋ねてきた。ブラッドさんに視線を送ってみるも、我関せずの態度で説明する気はなさそうだ。
「私達は勇者よ。ここで貴方達が戦闘しているのを知って加勢しに来たわ。まぁ、必要だったか問われると怪しいわね」
突然の質問にたじろいでいると早紀が前に出て代わりに説明してくれた。その頼もしい背中のお陰で俺の中の不安や躊躇は全て消え去った。
「騎士達がこちらに向かってきているのは俺達の仲間が呼びに向かったからです。貴方方に危害を加える気はありません」
「……そりゃそうだ」
ブラッドさんが小声で何か言っていたがスルー。外套で隠れた顔のあるであろう闇の中だけを見つめる。
「ふーん、嘘はないんだね。やっぱりニールちゃんの近くにいたからかな?少し似てるね」
「ボス、信じてもいいのでは?」
「うん、ニールちゃんの友達だし良いよね。信じるならいつまでも私達の顔を隠すのも失礼だよ」
スキルによって強化された俺の聴覚が会話を聞き取る。盗み聞きのようで……というか、それで申し訳ないがなんとなく聞かせてる気がする。
「これで見えるよね!改めて。私達はジャック。こっちの執事服のお兄さんの名前は――」
「私に名前はございません。執事、とでもお呼びください」
俺は――否、俺達は目を見開いて固まった。外套から現れた少女の顔が超がつくほどの美少女だったからだ。
「うん?」
少女が首を傾げた。絹のような白銀の髪がサラサラと耳にかかる。髪が光を反射して僅かに光り、幻想的だ。
「皆動かなくなっちゃった」
「くくっ、なんかの魔法でもかけられたんじゃねぇかぁ?」
ブラッドさんが神経を逆撫でするような笑みを浮かべて的外れな助言をする。それを見ても俺の目は少女から離れなかった。
「嬢ちゃんの溢れるカリスマの影響じゃねぇかぁ?」
「ん〜、ニールちゃんから受け継いだ顔のせいだと私達は思うよ」
「恐らくはそれが一番の原因かと」
「真面目に言うとそれだろうなぁ。ホント、ドラゴンってのはああいうのばっかなのかぁ?」
俺達が何も言えないでいる間に3人は話に花を咲かせていく。話はどんどん逸れていき、魔物の強さについて議論していた。
「て、てめぇらは何なんだよ」
「そうなのです!あの動きは人間には無理なのです!」
明らかにやつれている新羅がここにいる全員が思っているであろうことを尋ね、有住さんがそれに追従する。
3人はというと 質問の意図が分からないかのように顔を見合わせている。
「やはり佐藤君達でしたか。教室で待っていてくださいと言ったのに……」
と、そうしているうちに先生と委員長が騎士達を連れて来てしまった。委員長に先導されている騎士達は、肉塊によって荒らされた街を見て唖然としている。……顔は見えないけど。
「あぁ?教師の嬢ちゃんじゃねぇかぁ。こんなところにどうしたんだぁ?」
「どうしたじゃありません。これは貴方がやったんですか?」
「それはあの外套の嬢ちゃんだなぁ」
「あんな少女がですか?」
少女を幼女が少女と呼ぶ異様な光景を視界の端に入れながら、皆の様子を見る。新羅や応本などの威圧を感じてた人達は多少疲労しているが、大分回復したみたいだ。
俺や早紀などの感じなかった組はいつも通りだ。無川はちょっと青ざめているかな。
「剣聖様?何故剣聖様がここに?」
騎士の一人がブラッドさんの近くまで寄ってそう聞いた。
「俺がいる理由なんかどうでもいいだろぅ。それよりレイアはどこにいんだぁ?」
「私はここにいる」
一番後ろ。汚れを知らない純白の鎧の騎士が兜をとった。中から、透き通った黒の長髪が流れるように出てくる。キリッとした目がキツい印象を与えるが、優しくて、子供が大好きだったりする。
この人こそブラッドさんの弟子であり、歴代最強の女騎士団長にして、俺達転生者の師匠でもあるレイア・バレンシア騎士団長である。
「私に何か用か?」
全てを貫きそうな視線がブラッドさんに向けられた。
「ここの掃除を頼むけど良いよなぁ?」
「構わん。副団長以外はとりかかれ!」
「「「は!」」」
命令されるや否や騎士達が瓦礫や肉片を片付け始めた。手伝おうとしたけど話があると言われてブラッドさんに止められた。他の皆は何も言われていない。
「それじゃあ私達もお掃除しようよ。ね、執事のお兄さん」
ビチャ!
「お兄さん?」
不穏な気配がして振り向くと、執事服の人の腹から腕が生えていた。
「ボ、ス……に……げて」
「お兄さん!」
少女の姿が消えるのと同時に、執事服の人も消えた。と思ったら離れたところに2人が現れた。俺とブラッドさんはすぐに駆け寄った。レイアさんは再び暴れ出した肉塊の相手をしている。
執事服の人のお腹は完全に貫通していて出血が止まらない。地面には真っ赤な水溜まりが出来て、明らかに致死量を超えている。
「【再生】!」
先程教皇さんを包んだ光と同じものが執事服の人を温かく包み込む。見る見るうちに腹の穴が塞がっていき完治してしまった。
「ボス……わた、し……を囮に、お逃げ、ください……」
「お兄さん。私達が気を引くから剣聖さんと協力して勇者くん達を逃がし――」
「何を言ってるんだ!君こそ一番に逃げるべきだよ!」
気づいた時には俺は少女に向かって叫んでいた。
「確かに君は俺達勇者なんかよりも強いのかもしれないし、俺達が囮になるより遥かに多くの命を助けられるのかもしれない。だけど!それが命を捨てる理由なんかになってはならない!」
俺は息を荒くしながら周囲の状況お構い無しに言いたいことをぶちまけた。俺に怒鳴られた少女はキョトンとしていた。
「大丈夫、私達は死なないよ。私達が死ぬ時は全滅と成仏以外ないの。だから、ね。そんな悲しい顔をしないで」
少女は、優しい母親のような顔をしていた。気が付くと、女の子特有の柔らかい手が頬を撫でていた。
「私達は負けないから。安心して寝てて」
突如抗うことの出来ない睡魔が俺を襲った。視界の端から黒くなっていき、どんどん瞼が重くなる。
「……て………んだぁ?」
「わ……に…………な…から」
強化された聴覚が音を拾うも、それを理解する為の脳がもう寝ていた。今感じているものも起きた時には忘れているのだろう。
光が消えた。音もすぐになくなる。ただ、何も感じることのできない孤独感だけが思考を支配する。
『安心して?ニールちゃんが生きてる限り勇者さん達は幸せになれるから』
その声を最後に、俺の意識は闇に落ちた。
―――――
―――
―
「…い……きろ……!おい起きろ!」
「ん……。ここは?」
目が覚めると、真っ白な天井の部屋で寝かされていた。側にいるブラッドさんが頬を叩いて起こしてくれたみたいだ。
「やっと起きたかぁ。お前あれから丸一日気ぃ失ってたんだぞぉ?」
「そうですか……。あの娘は!?」
あの外套の少女は無事に逃げられたのだろうか。今はそれだけが不安だ。
「ボスは、突如現れた邪神の眷属を私達を守りながら戦っていました。しかし、次第に激化する戦闘に私達が耐えれなくなるのを見て、ボスは私達の為に敵と取引をしました」
いつの間にか執事服の人がブラッドさんの背後に立っていた。その表情は悲痛に歪められていて、大体の結果を悟った。
「取引の内容は私達の命の代わりにボスの命を捧げるというものでした。群体霊であるボスは複数の魂がありますが限りがあります。消滅は免れましたが数年眠りにつくでしょう」
くそっ!どうして初対面の俺なんかにあんな少女が命をかけるんだ!俺なんかよりも自分の命を優先して欲しかったのに……。
「ボスの最後の命令を貴方をサポートする事です。ボスから聞かされた知識や情報は全て記憶しております。力の及ぶ限り助力いたします」
それだけ言って執事服の人は影に沈んでいった。戸惑う俺はブラッドさんに視線を送って助けを乞う。
「あ〜、俺も今混乱してんだよなぉ。まずは仲間の様子を見に行けばいいんじゃねぇかぁ?」
……そうだな。いつまでも情けない顔をしてたらあの少女に失礼だ。もっと、もっと強くなって皆を守れるようになるんだ。
そう思い立つや否や俺は皆がいる修練場に向かって駆け出した。
「爆風で窓が割れたのか」
来る途中、破片こそなかったものの、枠だけの窓が沢山あり、あの日の爪痕は残っていた。
「何か騒いでる?」
修練場に繋がる入口付近で騎士と2人の子供が言い争っていた。視覚と聴覚に意識を集中させて状況を確認する。
「だから、ニールちゃんが――ううん、龍輝君が連れてかれちゃったの!皆に助けをお願いするから通して!」
「安寿ちゃん、それじゃあ伝わらないよ。見てて。……騎士様私達は勇者なんです。だからどうかここを通してくれませんか?」
「ええい!何度も言うがそんな嘘で通れると思うなよ!」
「……俺は貴族だと言ってもか?」
「家紋でも持ってくれば信じてよう」
そこにいたのは死んでアンデッドとして使役されている筈の宮沢達だった。




