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刺客

「……酷い目にあった」


 暗闇に少女の声が響く。声には疲労の色が濃く現れていた。


「フッ、あの程度のなど聖戦に比べたら児戯に等しい」


 少女の声に呼応するように青年の声が発せられた。同時に闇の中でもなお目立つ、漆黒の光も発生する。


「あの、そろそろ明かりをつけても良いですか?」


 先程の少女と同じくらいか幼い声が呆れたような声音で尋ねた。


「いいんじゃねぇかぁ?皆視えてるだろうが、明るい方が話しやすいだろうしなぁ」


 更に男性の声が闇の中に響く。少しの間の後、光が辺りを照らした。


「……やっとか。全員いるな?」

「あぁ、大丈夫だよ。君が結界を張っていてくれたから離れた者もいないみたいだ」

「その……ごめんね、ニールちゃん」


 俺達は未だダンジョンにいた。お察しの通り、シルビア達の魔法戦の余波による階層の崩壊が原因だ。


「ジャックは戻ったし、ラプラスの言う通り全員いるな。……良かった」

「俺達だったら瓦礫に埋もれても大丈夫だってのはニールが一番分かってる筈だぞ!」


 何となしに呟いた独り言にどこか自慢げなコアが反応する。しかし、シェリーに抱きかかえられて、頭を埋めてるせいで説得力が全くない。


 コアの言ってることは正しいし、理性では分かってるんだけど感情の方では心配になるじゃん。


「悩むのは後にして早く出ませんか?ちょっと窮屈です」

「……そうだな。さっさと出るか」


 ルルの言った通り、俺達はかなり詰めて結界に入っていた。元々数人入るぐらいの広さの結界に10人近い人数が入っているのだ。

 キャシュは猫になって俺とルルやコアが小柄なのだとしても無理があった。


「それでは……。【転移門】」


 ルルが無詠唱で魔法を発動させると何もなかった空間に先の見えない穴が開く。俺達は順番にそれを潜っていった。


「やっと出られたのニャ!あのままでも悪くにゃかったけど広い方が気持ちいいに決まってるニャ」

「うおっ」


 転移先はダンジョン内にある秘密の入口のない部屋。狭い瓦礫の中から部屋に移った途端、キャシュがブラッドの腕から抜け出して一回転。獣人の姿になった。


「ん……ちょっと残念。キャシュ猫ちゃん、もっと触っていたかったんだけどな」

「また今度にするのニャ。何度も撫でられるのもいい気分じゃないのニャ!」


 シルビアが口惜しそうにそう言うと、胸を張ったキャシュが『モテすぎるのも罪ニャ』とでも言いたそうな顔で言い聞かせる。


 俺はそれをじーっと眺める。別にキャシュ胸を張った時にブルンと揺れたのが妬ましい訳では断じてないからな。


「一段落着いたみたいだし、あたしはジャックの手伝いに行ってくるよ。沢山飲ませてもらったしね」

「あ、それじゃあ私も。ちゃんとお礼をしたいしね」

「フッ、では我も行こう。奈落の貴族であるこのアビスがいくのだ!成功は約束された」


 シェリー、シルビア、アビスが宴会の片付けに行った。え?アビスじゃなくてボロスだろって?……知らんな。


「……俺達も行くか?」

「俺は行かないぞ。姉貴達が行くのだって迷惑かけたからだぞ?俺とルルは逆に守ってやったからな!」


 コアが笑顔でそう言った。近くのルルも頭を縦に振って肯定している。


 じゃあ、俺は行った方が良いのだろうか……。でもまた酔っちゃいそうだし。いや、【解毒】を付与してればいけるか?


「……俺もい――待て」


 行こうかな、と続けようとして俺は中断する。保険として張っていた結界に反応があったからだ?俺は教皇の方を見る。


「どうしたのですか?主よ」

「……お前の部屋に誰か来た。来客の予定はあるか?」

「ッ!いえ、あの部屋に誰かを招くことはありません。貴方様のみです」

「……そうか」


 ふむ、侵入者か。単純に考えたら選挙絡みだろうけど、なんか俺の結界に気づいてる節があるんだよな。


「どうしたんだぁ?」

「ニールさん、感覚の共有をお願いします。私が視てるので、ニールさんは向かってください」

「……頼んだ」

「おい、無視するなよぅ」


 俺は術式の構築とスキルの起動を並立して行う。転移するのは今回は無しだ。いくら俺自身に認識阻害をかけても魔素の動きでバレるからな。


「【潜伏】【身体強化】【不死(イモータル)】『加速』……行くぞ」

「へ?」


 俺は教皇の腕をガシッ、と掴んで走り出す。変な声が聞こえた気がしたが、緊急時の為スルーさせてもらった。


 因みに【不死】は例の死ななくなる魔法だ。死ねなくなるではない。さっき使ってみたイメージで名付けてみた。


「……着いた」


 数瞬後、教皇を抱えた俺は教皇の私室の前に立っていた。なお、抱えられてる教皇は風圧でとんでもない事になっている。


「……治しとくか。【再生(パーフェクトヒール)】」


 教皇の体が光り、まるで時間を巻き戻すように傷が再生される。ちゃんと侵入者対策に教皇の体内の魔力で発動させたのでバレる心配はない。


「ごばっ……!」


 傷が完全に治癒すると気管に残っていた血を吐き出しながら教皇が目を開ける。若干虚ろで直ぐにでも気を失いそうだ。


「か、感謝を……」


 それだけ言って教皇は意識を失う。その神に対する感謝の執着心にちょっとだけ恐怖を感じた。


 ……さて、まだ中にいる訳だけど何をしてるんだ?物色してる気配もないし、逃げる様子もない。寧ろ俺が入るのを待ってる……?まさかな。


 俺は内心で否定しつつ、仮面をつけて堂々と扉を開ける。なんとなく大丈夫じゃないかという確信があった。


「来たか。遅いぞ、愚図が」


 中には外套を深く被った長身が立っていた。顔は見えない。『探知』でも無理だった。唯一分かっているのはフードから出ている黒褐色の長い耳だけだ。


「……ダークエルフ」

「ほう、流石にそれは分かるか。力だけのゴミではないのは認めよう」


 俺が思い当たる種族を口にすると、ダークエルフが尊大な態度で応じる。遥か格下を相手にするような馬鹿に仕切った声だった。


「だが貴様が屑なのは、最早覆しようのない事実なのだ。屑は屑なりに賢者に屈しろ」


 な、なんなんだコイツの態度は……。さっきの言い回し的に俺が自分よりも強いというのは分かってるんだよな?それに魔族に属するダークエルフなのに種族を簡単に明かすのは悪手だろ。……まぁいい。『鑑定』


 《妨害されました》


「ッ!?」


 まるで電気が走るような痛みが右目に発生する。実際、内側から破裂していた。


 これまで何度も『鑑定』を失敗、又は妨害された事はあるけど、こんな痛みは初めてだ。それも『忍耐』の痛覚無効を突き破る痛みは。


「愚者が。他人の中を遠慮なく見ようとした挙句失敗するとは。愚か極まりない」


 ダークエルフはそう言って心底呆れたようなため息をついて頭を振る。それを見せられた俺はと言うと、我慢の限界ギリギリまで達していた。


「……それで何が目的だよ」

「俺がここに居て、貴様と教皇がここにいる。この状況で理解しないとは……。ここまでの愚物だとは思いもよらなかったぞ」


 もう殺しても良いだろうか。ある程度の記憶だったら魂からでも読み取れるし良いよな。……でも魔族か。邪神の事もあるし俺の鑑定を妨害する程だ。警戒しておくに越したことはないな。


「……【電げ」

「傲慢、怠惰だ。手がかりを自らの手で潰すとは。驕り高ぶった思考を持っているな」


 俺が魔法を唱えようとすると、ダークエルフが片腕を上げて中断させる。相変わらず見下した口調だが、声音的にこれで命乞いのつもりらしい。


「……大事な情報なら魂から得られる」

「それが怠惰だと言っているのだ。俺と貴様の価値観を同じにするな」


 ふむ、一々言い方が遠回しだな。どれ、このボロスに鍛えられた解読技術を活かそうじゃないか。えーと、なになに「俺重要な情報持ってるかもしれないから殺さないで」だと?……こいつ馬鹿か?


「ふん、ようやく分かったか爬虫類。その鶏よりも小さな脳みそで考えろ」


 俺が黙っていると、自分の目論見が成功したと思ったのか更に口調が見下したものに変わる。その姿は完全に慢心しきっていた。


「一度しか言わないから、聞け。俺は邪神の眷属だ。現在は邪神の命により教皇選挙である者を手助けしている」


 そう言って、ダークエルフは片方の手に魔力弾を作り出した。見た目はただの魔法球だが、『探知』によると、ここら一帯が吹き飛ぶ程度の力はあるらしい。


「しかし我らも無慈悲ではない。一つ条件を出してやろう。直ちに邪神の眷属を解放し、貴様もこちら側にこい」


 ダークエルフは残った手をこちらに差し伸ばしながらそう言った。断れるのを全く疑っていないように自信に満ち溢れている。


「……断ると言ったら?」

「今すぐ殺す。万に一つも可能性はないだろうが、もし貴様が勝っても俺には損がないからな。俺の本体は別にある」

「……本体?」


 本体って言う事は目の前のこいつは遠隔操作されてるってことか?でも魔力的繋がりもないしどうやってやるんだよ。


「馬鹿が。この身体は人造人間(ホムンクルス)だ。そこに記憶をコピーしたのが俺だ。……コピー?違う、俺は本物だ。俺が替えのきく雑魚共なわけが無い!」


 ダークエルフが得意気に説明してる途中、何かに取り憑かれたように否定し始めた。心做しか次第に体が肥大化している気がする。


「俺ががコピーなわけけけがない!おれれがほほんもののだ」

「……『空間支配』」


 俺は周囲の空間を支配下に置き、丸ごと異空間にする。そして、念の為に蜥蜴も出しておいた。


「おれれれががほんもものなんだだ!あいつららがにせもにせものだあ゛あ゛あ゛あ゛」


 ダークエルフは頭痛を耐えるように頭を抑えて後退る。それでも肥大化は続いており、今では人化をといたリードよりもデカい。


「がぴ!ごべぺぺ!おぼっ――」


 突然糸の切れたあやつり人形のように静かになったダークエルフ。しかし、肥大化は限界を知らないように止まらない。と、準備しつつ観察していると、突如俯いていた顔を上げた。


「へぇ、君が世界神の眷属(私の弟)か。随分と小さいんだね」


 と、そんな風に幾百にも増えた口で喋った。先程話していたダークエルフの声で何か別の何かが話している。


「あれ、反応が薄いね。衝撃的すぎて声にならないのかな?」


 ダークエルフ――いや、ダークエルフだったものは関節を鳴らしながら何でもないように問いかけた。腕、足、肩等大小様々な眼が全て俺に向けられていた。


「改めまして、私が邪神だ。君に一目惚れしたよニール君」


 ダークエルフ……もとい邪神は6対に増えた腕と、4本の足でボウアンドスクレープを華麗にきめる。極めつけに無数の目と裂けた口でニッコリ笑った。

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