案内
俺は教皇を連れてジャック達の元に戻っていた。その際、ブラッドが「げっ!?教皇!」とか言って別室に連れていかれたのはご愛嬌。
「それで、どうしたのニールちゃん。教皇さんに用があったんじゃなかったの?」
「……訳あって不老にすることにした」
「アンデッドにするの?レイちゃんやフランちゃんみたいに」
フランというのはもしかしなくても清川のことか?いつの間にそんな愛称で呼ぶほど仲良くなったんだよ……。
「……神にする」
「わぁ!教皇さんを神にするの?私達と同じだね!」
俺の返事を聞いて、ジャックが手を合わせて喜んだ。何がそこまで喜ばせるのだろう?
「……シルビア達は?」
「シルビアちゃん?それならニールちゃんに頼まれて片付けをしてるよ。部下のお兄さん達に頼めば良いって言ったのに……」
まぁ、ルル辺りが呼びかけたんだろうな。俺達の中で一番真面目だし。
『聞こえるか?』
俺は並列存在とラプラスに向けて『念話』を繋ぐ。キャシュも入れるか悩んだけど寝てるらしいのでやめた。
『どうしたの?片付けならそろそろ終わ――』
『フハハハハ!さぁ、さぁ!もっと深淵に迫ろうではないか!漆黒の渦に呑まれよう!』
シルビアの声をかき消す音量でボロスが叫ぶ。久しぶりにまともに声を聞いた気がするのは何故だろう。
『……どうした』
『あ、えっと……。さっきシェリーさんとボロス君が模擬戦を始めたのは言ったよね。その熱が冷めてないんだ』
だからこんなにハイテンションなのか。あれ?でもシェリーの声は聞こえないな。
『あたしは満足出来たからね。道中もコアと発散してたからそこまで溜まっていないんだよ』
あの、心を読まないでいただけませんか?最近表情でも読まれるのに対面してすらないのに読まれると落ち込むぞ。
『ふふふ、私達は心なんか読んでないよ?ただ、ニールちゃんの事を深く理解してるからわかるんだよ』
『……シルビアって慰めながら傷を抉るの上手だよな』
『ええっ!?』
心外だとでも言うようにシルビアが驚愕の声を上げる。……本当に自覚してない訳じゃないよな?
『そ、それでどうし――』
『深淵に、深潭に、奈落に……ッ!さぁ、潜ろうではないか!』
沈黙が漂う。念話の繋がりからボロスの高ぶった感情と気まずい空気が流れてくる。
『それでどうしたの?』
咳払いを一つ、シルビアがもう一度聞いてきた。声からはちょっとだけ苛立ちが含まれているような気がしなくもない。
『……一旦俺の所に来てくれ。キャシュは人化を解除させて猫状態で頼む』
『うん、分かったよ』
俺は念話を切断する。丁度その時、狙ったかのようなタイミングで教皇とブラッドが帰ったきた。ブラッドがげっそりしてるのに対して教皇の肌はツヤツヤしていた。
「あぁ、こうなるから苦手なんだよぅ」
「そう言わないで下さい。貴方も直に神の一員に加わるのですから、私すら扱いきれなくてどうするのですか」
まるで教師と教え子のような会話をしながら、2人はこちらに歩いてくる。俺は教皇の言葉で一つの事を思い出していた。
「……そう言えばお前も亜神とかいう一種の神だったんだよな」
「おい、もしかして忘れてたのかぁ?お前の方が圧倒的に高位だから覚えてないのもある意味正しいけど、泣くぞぅ」
「威厳も何もないから……」
小声でそう言うと、聞こえたのかブラッドが泣き出した。……本当に泣くのかよ。これからは少しだけ優しくしてあげようかな。
「あ、来たみたいだよ!ニールちゃん」
ジャックに呼ばれて顔を向けると【転移門】が開いてそこから全員出てくる。ルルの肩には眠ってる猫キャシュがいた。
「待たせたね。ボロス君を抑えるのに時間がかかってしまってね。それとシルビア君はそっとしておいてくれ」
ラプラスが前に出てそう言う。奥を見てみると縄に縛られているボロスがいた。その更に後ろにはやさぐれた感じのシルビアが立っている。
「俺が手綱を握ってるから安心だぞ」
コアが片腕を上げながら、そんな事を大声で言って胸を張る。上げている片腕を見ると、コアの手から一本の紐が延びてボロスに繋がっていた。
「フッ、仮初の敗北を演じるのもいいものだな」
「……チッ」
「シルビアさん!?」
笑うボロス、グレるシルビア、ワタワタと右往左往するルル。場が混沌としてきたな。
「それで突然あたし達を呼んで何事だい?」
シェリーがさっさと説明してやることやろう、と視線で訴えてくる。多少強めな口調なのも注目させて三人を落ち着かせるのが狙いだろう。
そうだな。場を収める為にも早く説明するか。
「うん、それは私も知りたいね。君が理由を知らせないなんて久しぶりだからね。……いや、そうでもないかな?」
ラプラスが勝手に自問自答する。会った当初からおかしな奴だけど今日は特に変だな。
「……ブラッド」
「なんだぁ?」
「……説明しろ」
「いや、分かるわけねぇだろぅ。寧ろ俺が説明欲しいぞぉ」
ふむ、駄目か。俺の心を読めると思ったんだけどな。……いつもそうならいいんだけどなぁ。
「……ブラッドを使徒にした神の所に行って教皇も神にしてもらう。俺とブラッドだけでも良かったけど、興味があると思って皆を呼んだ」
目を輝かせる者、顔はそっぽを向きつつチラチラ見る者、薄く笑う者など三者三様な反応だが大体興味はありそうだな。
「……それじゃあ案内を頼む」
「おい、俺の意見は聞かねぇのかぁ?俺としてはご褒美……対価が欲しいぞぉ」
俺は【虚無空間】から一本の剣を取り出してブラッドの前に翳す。
「……ダンジョンの魔物から出てきた――」
「よ〜し、案内するぞぅ。俺に着いて来るんだぁ!」
俺の言葉を最後まで聞かずに案内を開始する。というか、ここダンジョン内部だけど良いのか?
「大丈夫だぞぅ。というか、分かっててここに集めたんじゃねぇのかぁ?」
「……一回地獄に落ちろ?」
「理不尽だなぁ。俺何かしたかぁ?」
今、直前に、やっただろ!何でさっき心を読めなかったくせに今のは分かるんだよ、もう!
地団駄しながらブラッドを睨むと、鼻で笑われた。殺気を込めたらブラッドは顔を逸らして案内を始める。逃げるな!
「あ〜、ニールは置いといて案内するぞぅ。その猫は俺が運ぶかぁ?」
「大丈夫です。私は動物が好きなのでとったら怒りますよ。それに、貴方が猫を抱きたいだけではないのですか?」
「そ、そんな事はないぞぉ。はははぁ、断られて悲しんだりもしてないぞぅ」
なんでもないようにルルに背中を向けるブラッド。でも俺は知ってる。振り向く時に目じりが光っていたことを。
「……はっ!」
「なぁ……っ!ち、ちくしょぅ」
鼻で笑ってやれば、ブラッドが悔しそうに顔を歪める。耳まで真っ赤になっていて面白かった。
ん、仕返しできたので良しとしよう。満足したし案内してもらうか。
俺は顎を上げて案内を促す。それを見たブラッドが恨みがまそうな顔をしながら案内を開始した。
「こっちだぞぅ。下層だから……って、このメンバーじゃ必要ねぇなぁ」
「……お願いしといてなんだが場所分かるのか?」
「当たり前だろぅ?お前の眷属もお前の場所分かるだろうしなぁ。並列存在も似たようなもんじゃないのかぁ?」
ブラッドの質問に後ろを振り向いて考える。並列存在というのはかなり特殊で自分と同一の存在を生み出すスキルだ。
各々自立した意識があって繋がりへの干渉権限を互いにもってたりするからな。まぁ、簡単に言うと場合によって分かったり、分からなかったりする。
「……違う」
「ふぅん、それじゃあ世界神の場所は分からないのかぁ?」
「……無理だ。何かに阻まれて上手く認識出来ない。繋がり自体はあるんだけどな……」
そう、この世界に誕生して早数年。ずっと世界神との繋がりはあるのに、その存在は声でしか確認出来ない。転生時の真っ白な空間でさえ声だけだったしな。
「……やっぱり分からない」
「まぁ、世界神じゃ仕方ないよなぁ。俺ら全員を創り出した奴だもんなぁ」
ブラッドが、自分で聞いたくせに興味なさそうな返事をする。今日のコイツ、やけに神経を逆撫でするような態度ばっかとるな。
「……そう言えば聖女の説明の途中だった」
「そうだなぁ。どこまで話したっけぇ?……そうだ、今代の聖女は少しょ――」
突然、俺とブラッドの間を紅い雷が通る。さっきから後ろが騒がしいと思ってたけど、魔法が飛ぶとか何をしてるんだ、一体。
「……お前ら何をし」
俺は後ろを振り向いて言葉を失う。教皇の裸やシルビアの泥酔など、驚愕的な出来事の連続で疲れていた俺の精神にダイレクトアタックする光景が背後に広がっていたからだ。
一瞬見ただけで入ってきた断片的な情報だけでも許容量をオーバーしそう。現実逃避してはいけないだろうか?
「な、なんだこれはぁ?どうやったら、この短時間でこうなるんだよぅ」
と、とりあえず状況を整理しよう。今目の前で起きてることをまとめると、泣きじゃくるシルビア、目を輝かせても対峙するコアとボロス。キャシュを撫でるラプラス……これはどうでもいいな。
それと頭を抱えて三角座りするルルに、それを運ぶシェリー……か。ジャックと教皇はどうしたって?我関せずの態度で談笑してるよ。
「……何このカオス」
「俺に聞かれても知らないぞぅ」
知らないうちに思ったことが声に出てしまったらしい。……最近感情の制御が下手になってきたな。
「おや、気付いたみたいだね。ということで、これをどうにかしてくれないかい?」
掌に魔法を使用した気配を漂わせながら、ラプラスが飄々とした態度でそう言う。ちなみにキャシュを撫でる手は止まっていない。隣がこんな状態なのにだ
「……ボロス」
「フッ、深淵に望みを吐露せよ」
「……コアとの戦闘を止めてシルビアを慰めろ」
「深淵に不可能などなし」
これでシルビアは良し。次はルルか。何言ってるのか分からなかったけど、なんとなく承諾したんだと思う。
「……コア?」
俺はなるべく優しい声と笑顔で、不満そうな顔をしているコアを呼ぶ。呼ばれたコアはビクッと体を振るわせて小さな体を更に縮こませた。
「な、なんだ?」
「……ルルはどうしてああなった?」
「おお、俺は何もしてないぞ?」
「……言え」
「はい」
そしてポツリポツリと語られる詳細。どうやったらあの俺とブラッドが話していた短時間で出来るのか知りたいような内容だった。
「……つまり、ルルがカリ〇マガードしてるのはお前らのせいだな?」
「そうとも捉えられるかもしれなくな――痛っ、いだだだだだ!どうして痛覚無効が効かないんだよ」
俺は無言でアイアンクローを頭にくらわせる。今回で甘やかしていても反省しないと分かったからな。本気で怒らないと……ってなんか親みたいだな。
「……反省したか?」
「したっ!しだから一旦離して欲しいぞ!何か出るから、ミシミシ音が聞ごえるぞ!」
言われた通りコアの頭を放す。突然放されたコアは痛みからマトモな受身をとれずに尻もちをついた。
「……反省したなら何をすべきか分かるな?」
「も、勿論だぞ!」
始めと同様に柔和な笑顔で問いかける。その笑顔で迫られたコアは軍人も惚れ惚れするような敬礼をしてルルの方に向かって行った。これで良し。シェリーもいるし大丈夫だな。
「視てたから驚かないけど、君がそんな甘い手段をとるようになるとはね。ちょっと丸くなったかい?」
「……シルビア達だからだ。ブラッドだったら放っとく」
「えぇ……。甘いのは否定しないのかよぅ」
隣から情けない声が聞こえてきたが、俺は構わず前を向く。そのまま歩きだそうと足を前に出すが、突然現れた見覚えのある気配に再度後ろを振り向く。
「お、あっちから来てくれたみたいだなぁ。というか、前より強くなってねぇかぁ?」
どうやらブラッドを亜神にした人物とはこの人の事だったのだと、ブラッドの呟きから悟る。
「ふむ、懐かしい気配を感じて来てみましたが正解でしたね。まさか貴方方に会えるとは」
俺は咄嗟の事に声が出ず、無言で顔を見つめる。数年振りだが、魔力量以外何も変わっていない。
「どうしたのですか?私との楽しい修行を忘れてしまっのですか?」
「あ〜、そういう事かぁ。まさか俺が兄弟子だったとはなぁ」
ブラッドが憎たらしい笑みを浮かべてこちらを見る。普段なら殴っ出るところだが、体が動かない。なぜなら――
「久しぶりだなぁ、アマルテイア師匠」
そこにいたのが転生した当初、返しきれない程の恩の出来たアマルテイアだったからだ。




