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勇4「登校」

 俺は今自室で制服に着替えている。そう、今日から学校だ。


「そう言えば、学校って何をするんだろう?」


 この世界の学問は地球のものよりも数段劣っている。魔法という概念があるから行く意味はあるんだけど、宮廷魔法使いの人が教えてくれるんだよね。

 王国騎士団団長のレイアさんからも剣技を習ってるし。ただ、贅沢な願いだけど歴代最強の剣聖と呼ばれてるブラッドさんと一度剣を交えてみたいかな。


「英樹?もう着替えた?」


 背後からノックと共に早紀の声が聞こえた。どうやら思考に時間を割きすぎたみたいだ。


「待たせてごめんね。少し考え事をしていてね」

「別に良いわよ。英樹の考える事は必要なことなんでしょ?私が口出し出来る事じゃないわ」


 多分、本心も含まれてるけど俺を気遣ってくれてるんだろうな。今は違うけど最近、龍輝やまだ見つかってないクラスメイトの事ばかり考えてるから。


「あ、やっぱり聞くわ。私だけ仲間ハズレなんて寂しいもの」


 前言撤回。やっぱり早紀は早紀だね。自分の知的好奇心に素直だ。まぁ、そこが良いとこなんだけどね。


「そうだね。学校への道すがら話そうか」

「ええ、それが良いと思うわ。それにしても今日はやたら見られるわね。そんなに変かしら?」


 早紀が俺に見せるように一回転する。スカートが僅かに浮いて、白い太ももが目に入る。今の早紀はドレスじゃなく、俺と同じく制服だ。


「似合ってるよ。早紀が可愛くて見惚れてるんじゃないかな?」

「そ、そんなこと言われても嬉しくないわよ!……英樹はそう思うの?」


 体ごと顔を背けたと思うと、早紀は片目だけこちらに向けてそう問いかけた。


 これは……どう答えるのが正解なのだろうう。正直言ってとても似合っていると思う。ただ、そのまま言うのも恥ずかしいんだよね。


「……思わないの?」


 いつの間にか早紀が目じりに涙を溜めて泣きそうになっていた。


「い、いや、凄く似合ってると思うよ。今日の早紀はいつもよりも綺麗だ」


 あ……。やってしまった。早紀の表情に戸惑って、つい本音を喋ってしまった。変に思われてないかな?


 表情を崩さないように努めながら早紀の顔を盗み見ると、先程までの涙が嘘のように笑顔だった。


「フフ、英樹が褒めてくれたぁ。フフッ、フフフフ」


 あれ、おかしいな。悪寒がする。今日は晴天で、体調も普通なのにどうしてだ?


「いつまでも考え込んでないで、早く学校に行きましょ」


 悪寒の原因について考えていた俺の手を、早紀が掴んで走り出す。心做しか足取りが軽快だ。


「さっきより上機嫌になった?」

「そう見えるかしら?フフフ」


 心の中で思った事が口に出てしまったようだ。早紀は顔だけこちらに向けて答えてくれて。小さな微笑みを浮かべており、いつもの早紀からは考えられないようなとても綺麗な笑顔だった。


「話が逸れてたけど、私が来るまで何を考えていたの?」


 ふと、思い出したように前を走る早紀が聞いてきた。俺もこの短時間で何度も驚かされてばかりで忘れていた。指摘されなかったら話してなかっただろう。


「単に学校で何を教えてもらうのか考えていただけだよ。ほら、俺達はレイアさん達に戦闘については教えて貰ってるでしょ?」

「うん」

「単に知識も中途半端だけど地球の方で勉強してるからね」

「そうね。確かに私達はそうね。でもまだ5歳なんだから良いじゃない。そうよ、私達5歳じゃない。学校行く必要あるかしら?」


 そうなのだ。この世界で5歳と言ったら文字が読めれば良い方だ。俺達が異世界人で精神年齢高くても、戦闘訓練に加えて勉学もさせるのは少々おかしいのではないか、と俺も考えていた。


「それは父上と話し合った上で俺が納得したんだよ。俺達の最近魔族が動き始めてるみたいだからね」

「そうだったのね。……私以外に誰か話した人っているの?」


 どうしてそんな事を聞くんだ?話したのは早紀が初めてだけど、それが問題だったのかな?皆と情報は共有してよ、とかかな。


「ねぇ、どうなの?私が初めて?」


 走っていた早紀が止まる。振り返って質問してくる早紀からは謎の威圧感が発せられていた。


「早紀にしか話してないよ?皆はそんな事気にしてなかったからね。早紀だけだったよ、疑問に思ったのは」

「私が初めて……、フフフ」


 俺の返答を聞いて早紀が薄く笑った。それだけで妖艶な雰囲気が漂う。何度も言うが、俺達は5歳だ。それで妖艶な雰囲気が出るのだから早紀――もとい、ラスの将来がどうなるか想像出来るだろう。


「急ごうか。このままだと、初日から遅刻する事になっちゃうよ」

「ええ、そうね。競走でもする?」

「そうだね。でも、良いのかい?俺の方がステータス高いと思うけど」


 俺達転生者のステータスの伸びは大体均一だが、勿論個人差があり、成長が早い人もいる。俺はその中でも抜きん出て早かった。ただでさえ、『神剣』の歩法で速く走れるのだから勝負の結果は丸分かりだ。


「ふふん、いつまでも勝てると思わない事ね!私だってスキルを上手に使えるんだから!」

「それじゃあ合図で始めようか。……この石が地面に着いたらでいいよね?」


 そこら辺に落ちていた石を拾って早紀に見せる。因みにまだ王城を出てないのでかなり細かく掃除がされていて、手頃な石を見つけるのに手間取った。


「それ、私に投げさせて。スタートのタイミングぐらい決めさせてくれるわよね?」


 それぐらいのハンデがあった方がいい勝負が出来るかな。でも、何で急に早紀はこんなことを言い出したんだろう?


 俺が考えている間にも早紀は準備を整えてく。身体強化魔法まで使う徹底ぶりだ。負けじと俺も準備を整える。


「あら、身体強化はいいの?」

「様子を見て使おうかな。俺はあまり魔法が得意じゃないからね」

「ふうん、あんまり余裕こいてると痛い目見るわよ?」


 言って早紀は石を投げる。石が地面につく直前早紀が挑戦的な笑みを浮かべて――


「私がこの勝負に勝ったら、お願いを一つ聞いてね」


 と、言って石が落ちるのとほぼ同時に走り出した。流石は勇者のステータス。一瞬で数十メートルを駆け抜けていく。


「え?ちょっ……」


 当の俺はというと、早紀の言葉に動揺してスタートが遅れていた。事前に言われるならまだしも直前に、それも唐突に言われたのだから仕方ないと思う。


「ふっ!」


 俺は瞬時に切り替えて早紀を追いかける。身体強化を使用していないにも関わらず、一瞬で早紀と同じ速度まで加速する。


「ジーク王子!?一体どうしたのですか!先程ラス様も走っていましたが!?」


 門番の人が俺の姿を見て驚く。普通の人には視認が難しいけど流石は王城の門を守る人だ。門を抜けると直ぐに早紀の背中が見えてきた。


「あら、想像以上に速いわね……。それもスキルの応用かしら?」


 そう、早紀の言う通り俺の速度は『神剣』に依存したものだ。最初の踏み込みだけは剣道の応用だけど、それを維持するのは『神剣』に頼っている。


「うん、スキルの中に縮地っていうのがあってね。それを連続して使用してるんだよ。体力と魔力両方持ってかれるから長続きしないんだけどね」


 説明してる間に早紀に追いつき、抜かす。そろそろ学校が見えてくるのでこれを維持すれば勝ちは確定だ。


「私が勝算もなく挑むと思ったの?甘いわね!」


 いや、こう言ったら失礼だけど早紀ならその場の感情だけで仕掛けそうだよね。昔龍輝に見してもらった本に出てくる令嬢みたいに。


「色欲の罪を背負いし私が命ずるわ!何としてでも英樹に勝ちなさい!――了解(イエスマスター)


 早紀が誰かに命令するようにそう言うと、早紀の雰囲気がガラリと変わる。まるで別人にでもなってしまったかのような。


「フフフ、『色欲(わたし)』に体を預けるなんて久しぶりね。いいわ、勝たせてあげる」


 早紀の顔で。早紀の声で。早紀じゃない何かが喋る。


「あら、諦めるの?それじゃあつまらないわね。折角の現界なのだから、もっと遊びましょう?」


 俺はいつの間にか立ち止まっていたようだ。早紀の姿をした何かが振り向いて問いかけてきた。


「お前は誰だ?」

「私?私は『色欲』よ。他の何者でもないわ」


 色欲と名乗ったそれは楽しそうに笑う。だが、俺にはその笑顔が怖く見えた。


「あら、満足出来なかったかしら?そうね……気分屋の悪魔とでも思ってくれれば構わないわ」

「早紀はどうした」

「質問が多い子ね。私を呼んだのはこの子の意思よ。契約を果たしたら意識が交代するわ」


 早紀が呼んだのは事実だろうな。龍輝と早紀は昔からそうだけど、自分の事を何とも思ってない傾向がある。今回もその例に漏れず何も考えてないんだろうな。


「契約とは?」

「今回は貴方に勝つことみたいよ。それ程貴方に……あら、誰か来るわね」


 色欲は俺の背後に視線を向ける。同じように後ろを見ると、角から岩切が出てきた。俺達と同じように遅刻しそうなのだろう。


「仕方ないわ。続きはまた今度にしましょう。その前に契約はきちんと果たさないと。貴方も一緒に連れてってあげるわ」


 色欲は一方的にそう言った後、指を鳴らした。すると、一瞬視界が白くなったと思うといつの間にか学校の目の前にいた。


「最後に言っておくわね。貴方、とても気に入ったわ。もっと強くなったらもう一度会いに来るわ。それまで他のやつらに見つからないようにね」

「ちょっと待て――ッ!」


 止める間もなく色欲の気配が消えて、早紀のものに戻る。


一瞬で……ッ!まさか、転移魔法!?今はもう無いはずじゃ。


「ん……。終わったみたいね。私の勝ちで良いわよね、英樹!」


 勝利を微塵も疑っていないのに、早紀は律儀に問いかけてきた。緩みきった頬が教えてくれる。


「そう、だね。早紀の勝ちだよ。早紀のお願いというのは後で聞くから先に中に入ろうか。皆揃ってると思うし」

「そうね、そうしましょう。フフフ、楽しみだわ」


 俺達は扉を開けて指定の教室へと向かう。岩切の為に扉は閉めてない。


 ……色欲、悪魔、契約、他の奴ら。()()|?これはまだ同じようなのがいると見ていいね。同類?それとも別勢力?


 俺は早紀の後ろを歩きながらさっきの事について考える。


 まだ情報が少なくて分からないけど、色欲と名乗ったあれはステータスはおろか、気配すら感じ取れなかった。あのままやってたら死んでたかも。違う、そうじゃないだろ。


 頭を振って嫌な考えを追い出す。早紀が前を歩いてて良かった。


 とにかく、もっと強くならないと。まずは色欲に勝てるくらいまで。どちらにしろ、クラスメイトを探す為には力が必要なんだ。目標が一つ出来て良かったじゃないか。……いや、現実逃避はやめよう。


 ネガティブな事を考えないよう、前向きに捉えるようにしたが失敗した。却って悪いことばかり考えてしまう。


 最低でも早紀を守れるようにならないと。俺は王子なんだ。将来国を守ることになるのに人一人守れなくてどうするんだ。うん。まずは早紀を守れるように強くなろう。今はそれだけを考えてもいいんだから。


 俺は新しく決意を固めるために天井に向かって拳を突き出す。……背後から岩切に見られてるとも知らずに。

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