契約
「おや、どうされたのですか?何かお気に障るようなことでも?」
俺が世界神に対して機嫌を悪くしていると、教皇が神様語りを止めて心配してきた。それ程顔に出てしまっていたのだろう。
「……いや、念話で話していた奴に対してイラついているだけだ」
「そうでしたか……。すみません、私は昔から神の事になると周りが見えなく――え?私が原因ではないのですか?」
俺は頷く。教皇が小さく胸を撫で下ろすが、まだ心配しているようだ。……喜ばせてなくしてやるか。
「……少し考えてみたんだが、教皇選挙とやらでお前と協力しようと思う」
「……っ!本当ですか!?ありがとうございます!」
興奮した教皇は俺の手を取って顔を急接近させる。近くで見ると中性的な顔立ちだった。遠目だとイケメンなんだけどね。
「落ち着け。……それで俺は具体的に何をすれば良い?」
宥めると、教皇は恥ずかしそうに顔を遠ざけた。取り繕うように顔を直して説明を始める。
「申し訳ございません。貴方様には私の護衛をしてもらいたいのです。恐らく、他の者も神と協力する者が出るでしょう。その中にはどのような手段も厭わない者もおるのです」
「……殺すのか?」
「歴代教皇様方は選挙の際、死人が大量に出たそうです。私の際もそうでした。今回も例に漏れることなく殺し合いが起こるでしょう」
腐ってるな……。選挙をするのは勝手だ。それで殺し合いが発生するのも構わないし、止める気もない。だけど、それで他人が巻き込まれるのは理不尽だ。そんなことが起きるのならば俺が潰す。……俺がこんな事を言うのは変かもしれないけどな。
「私はこれを止めたいのです。まずは内側からと思い、尽力してきましたが新たな聖女が生まれてしまいました。無力な私をどうかお許しください」
教皇は申し訳なさそうに頭を下げる。その体は僅かに震えていた。
この姿には酷く見覚えがある。自分の無力を嘆いている姿だ。自分の弱さに打ちひしがれている姿だ。……これを見ると見過ごせないんだよな、昔から。
「……俺は理不尽が嫌いだ」
「私もです」
「……力のないもの達が一方的に搾取されるのは間違っている」
「その通りです」
俺は魔力の制御を一部緩め、赤いオーラを纏う。それは雷となって体に纏わりつき、光を放つ。
「誓え。俺を裏切らず、生涯その身を俺に捧げると」
「誓います。私は貴方様を主神と定め、地位、名誉、財産、この命までも捧げることを」
「ならば、俺はお前が誓いを守る限りこの力を貸そう」
「深き感謝を」
教皇は手を組んで膝を付き、祈るように眼を閉じる。俺はその隙にこっそりと魔法を使う。一応、な。
「……俺は一度帰る。何かあったらこれに魔力を込めろ」
掌に『創造』で一つの指輪を創り、教皇へと渡す。教皇は家宝のように受け取って指に嵌めた。……左手の薬指に。
「……何故そこに嵌めた?」
「お気に障りましたか?貴方様から初めて頂いた物ですのでここに、と」
ここでは左手の薬指に指輪を嵌めるのは地球のとは意味が違うのか?……いや、それは後で考えよう。今はとにかくここを離れたい。
「……死ぬ前に魔力を込めるんだからな?」
「あぁ、神よ。私の心配までしていただけるとは……。光栄の至りに存じます」
教皇はまた祈り始めた。しばらく動かなそうだ。
「……大丈夫だと思うが、人前では崇めるなよ?」
最後に念の為忠告をして【転移門】で移動する。行先は闇市ではなくダンジョンの下層だ。門を潜った先は数人が生活出来そうな広さの部屋にベッドがいくつか置かれている。俺はその一つに横たわった。
「やっちまったぁぁぁ!」
そのまま俺は誰もいないのをいい事に恥も外聞もく身悶えた。
「だってしょうがないじゃん!あの姿が英樹に似てたんだもん。見捨てられるわけないじゃん!」
まるで子供のようにゴロゴロとベッドの上を転がる。……実際5歳だけど。何故か誰もいないのに言い訳を述べて顔を手で覆っていた。
「それに理不尽は嫌いだし。何か理由があるなら干渉しないけど教皇になりたいっていう私欲だったじゃん!そういうのは嫌いだし!」
ベッドから落ちて床で転がる。羞恥心が高まったせい加速しているのは気のせいか?
「どうしてそんなに他人を巻き込む!もぉー、馬鹿馬鹿馬鹿ァ!」
高速化し過ぎて残像が見えてきた。更に摩擦で火を纏い始めた。だけど気にしない!何故かって?恥ずかしさで燃え尽きそうだからだよ!
そのまま数分間まだ会ったこともない教皇候補達に愚痴を吐いた。勿論その中には現教皇も含まれている。許して欲しい。
「……感情的になり過ぎたな」
落ち着くために頭を振って、深呼吸をする。少しだけ気分が落ち着いたような気がする。
「……帰るか」
俺は【転移門】を闇市へ繋ぐ。丁度ジャック達のいた辺りだ。
「ニ―ルちゃ〜〜〜ん!」
「ぐふっ」
門を潜ろうとすると、ジャックの声と共に砲弾が飛んできて背後の壁まで押される。――否、砲弾に見えたそれは高速で抱きついてきたジャックだ。俺の体に猫のように頬を擦り付けてる。
「……急にどうした?」
「ニールちゃんの魔力の気配がしたから飛んできたんだ!何の話をしたの?」
ジャックの事だから文字通り飛んできたんだろうな。それ程心配だったのか?何もされてないのに……。
「……ただの協力要請だ。邪神が関わってそうだったしな」
「そうなの?ニールちゃんが優しくて良かったね!不用意に巻き込んでたら私達が怒ってたかも」
「本当にやめろよぅ?今教皇がいなくなると選挙が荒れて死人が増えるんだからなぁ?それはニールを悲しませるぞぅ」
声のした方を向くと、いつの間にかブラッドが立っていた。心做しか腰の剣に手が伸びてる気がする。
「それで何を頼まれたんだァ?暗殺かぁ?それとも殲滅かぁ?」
「……どっちも変わらないだろ、それ。というか、知らないのか?」
「選挙関係ってこと以外はなぁ。話してくれるかぁ?」
「あ、それ私達も知りたい!何をお願いされたの?」
一応剣聖という立場だからか、ブラッドが説明を要求してくる。そういう事には全く興味のなさそうなジャックまで反応した。それ程教皇の頼みというのは重要なのだろう。
全部話してもいいんだけど俺の醜態まで話すのは少し抵抗があるな。どうするか……。本当にどうしよう。ジャック達が知りたいのは教皇の願いだけだろ?でも、中途半端に説明しても誤解を生むだろうし。……どうしよう。
俺は思考加速させて悩む。現実で数秒が経ち、悩むに悩んで俺が出した結論は――
「……話すのは内容だけだ」
秘匿だった。
〜~数分後〜〜
「……という事で護衛を頼まれた」
「あ〜、いくつか聞きたいことがあるけど、まず一つ言わせてくれぇ」
頭をボリボリと掻きながらブラッドは人差し指で俺を指さす。そのまま顔を引き締めて口を開いた。
「お前に護衛とか出来るのか?」
舐めてんのか。他人をそれも普通の人間から守るのなんて簡単だ。こいつは俺を何だと思ってるんだ?ほら、ジャックも怒ってるぞ。
「勢い余って殺しちまいそうだよなぁ。そこら辺大丈夫かぁ?」
俺とジャックの様子を見てブラッドが機嫌をとるようにそう言った。ブラッドを睨みつけていたジャックはそれを聞いて笑顔になる。
「……そっちの心配だったのかよ」
「なんて言ったんだァ?」
「……いや、こっちの話だ。相手のことなら心配ない」
ブラッドが視線で続きを促す。全く信じてないだろ、これ。
「……何があろうと死なない魔法を作ってあるからだ。頭が細切れになっても死なない」
「本当にそんなのがあるのかぁ?仮にあって何で作ったんだぁ?」
「私達の為だよね!どんなことをしても死なないから助かってるよ、ニールちゃん」
そういうことだ。これがあるから護衛の依頼を受けた。この魔法があったら教皇を生かすのも、敵を生け捕りにすることも出来るからな。
「それは分かったぞぅ。因みにだが、教皇にかけたりはしないだろうなぁ」
「……そんなことよりも教皇選挙って何なんだ?教えてくれ」
「逃がさねぇからなぁ。使わないよなぁ?」
ちっ。バレると面倒くさいから黙ってたのに。そもそも、何で駄目なんだ?
「使っちゃ駄目なの?剣聖さん」
ジャックがブラッドを下から覗き込む。僅かにだが、『色欲』を使って判断力を鈍らせている。
「駄目って訳じゃないぞぉ。ただ、バレた時にニールが大変な事になるから言ってるだけだからなぁ」
「どうして?使えるなら使った方がいいでしょ?合理的にいこうよ、剣聖さん!」
いいぞ、いいぞー!もっと言えー!俺は悪くないと認めさせろー!
「剣聖さんは教皇さんを死なせたいの?ねぇ、そうなの?私達はニールちゃんが正しいと思うよ」
「お前らの言い分は分かったぞぉ。使ってもいいが、死なせるなよぅ」
「……当たり前だ」
ジャックの質問に耐えられなくなったブラッドは降参するように両手を上げて、俺達の意見を承諾した。
ブラッドの言い分も間違ってないんだけどな。俺は正しく認識出来てないけど、教皇の影響力はそれ程凄まじいのだ。
これから俺のしようとしてる事は護衛対象に鎧を着せてるに等しい。これだけなら良かった。ただ、その護衛対象が教皇というのがここでは問題なのだ。ブラッドが言ってるのはこれだ。だから俺もブラッドもどちらも正しくなってしまう。
「……話を戻すが、教皇選挙とやらについて教えてくれ」
「そこの嬢ちゃんに聞くのじゃ駄目なのかぁ?」
ブラッドに話題を振られたジャックは何も知らない子供のように首を傾げる。しかし俺には説明したくない、と言っているように見えた。
「……お前が説明しろ」
「話せば長くなるけど良いのかぁ?」
「……構わない」
ブラッドは面倒くさそうに説明を始めた。説明の直前、恨めしそうにジャックの方に目を向けていた。
「まず教皇選挙が何なのかは分かってるなぁ?」
「……次代の教皇を決めるものだろ?」
ブラッドは俺の答えに頷く。そして、何処で覚えたのか魔法陣構築の要領で空中に絵を描く。
「まず教皇ってのは神聖教のトップだろぅ」
中心にあの中性的な教皇の顔が描かれる。意外に上手だった。
「その下に枢機卿、大司教、司教、司祭がいるなぁ。例年通りだったら枢機卿と大司教が候補になるなぁ」
教皇の下に枢機卿、大司教、司教、司祭が書き足される。今度は絵じゃなくて文字だ。因みに枢機卿は一人で大司教は数人いる。
「で、教皇選挙が起こるのは教皇が死ぬか聖女の誕生ぐらいだなぁ。何故か教皇が死ぬ年に聖女が生まれるから大体後者だぞぅ。今回も同じだぞぅ」
教皇の横に聖女の文字と顔が追加された。恐らくは同じ地位だと言うことだろう。
ん?何だこの違和感。聖女の顔をわざわざ描いた事もそうだけど、妙に聖女の顔に見覚えがあるんだよ。
「聖女の誕生と言っても会話が成立する年齢まで育ってからなんだが、今回は特別だなぁ」
一番上に大きく異例と書かれる。ご丁寧に赤色で。そこから矢印が伸び、聖女の顔が指された。
「つまりだぁ。今代の聖女の特徴を並べると幼くして意思疎通ができ、聖女と断定できる力を持っている訳だぁ」
聖女の隣に今ブラッドが言った事が箇条書きで書かれる。最後に赤色で囲われた。
「最近でこういう奴ってのは一人しかいなよなぁ」
ブラッドは問いかけるようにそこで言葉を切る。俺が黙っていると、ブラッドは悪戯の成功した子供のような笑みを浮かべた。
「今代の聖女はお前と同じ転生者だぞ」




