既視感
さて、裏組織とか秘密結社のアジトを思い浮かべるとしたらどんな場所だろうか?恐らく大半の人が薄暗い場所で悪人が集まっていたり黒服が出入りしてるビルを思い浮かべるだろう。何故急にこんな話をしているかと言うと、目の前に広がっている光景が原因だ。
〜時は少し遡る〜
俺達は執事服が出した通路を歩いていた。現在ブラッドは別行動している為、光の差さない暗闇で行動出来ない者はおらずスムーズに移動する事が出来ていた。ちなみにキャシュの視力は猫なのに最大1km程見えるらしい。
「……意外と長いな」
「そう言えばニールは視力を人間程度に制限してるんだったな!あとちょっとで扉があるぞ」
そう言われ、少しだけ『探知』に意識を集中させてみるとコアの言う通り前方に扉があった。
「な、何にゃこれ。めちゃくちゃ綺麗にゃ。こんなのが裏組織のアジトとか信じられにょいニャ!」
同時にキャシュが大声を出した。どうやら俺と同じように扉に今気付いたようだ。驚いているのか耳がピコピコしてる。
うん、そうだよね……。これはおかしいよね。だってここは裏組織ーーもとい秘密結社なんだよ?いやまぁ、こういう例があるのかもしれないけど入口が路地なのに扉がこんなので良いのだろうか……。
そう。俺達の目の前、アジトの入口と思われる扉は今まで見た事がない程に豪華で煌びやかな装飾が施されていた。そっち方面素人な俺が見ても、その美術品としての価値の高さが分かるほどだ。
「……とりあえず入ってみよう。中に何人かいるみたいだし」
「そうニャ!中の連中に聞けば良いだけニャ!早く聞きに行くのニャ!」
そう言うなり、キャシュは止める間もなく扉に突っ込んで音を立てて開けた。部屋の中には数人の、これまた高そうな服を着た人間が驚いたようにこちらを見て硬直している。
こちらもどう動けば良いのか分からずに固まっていると後ろにいるボロスが意味の分からない事を言った。
「フッ、闇に潜みし哀れな人間共よ。深淵が貴様らを喰らいに来たぞ」
脈絡そのままクルッとターン。サングラスをクイッし、体を闇色のオーラに包み香ばしいポーズをとった。
「し、侵入者だ!今すぐひっ捕らえよ!」
「お、闘るのか?良いぞ、俺はいつでも大歓迎だからな!」
「あたしも妖狐の技を試せそうでわくわくするよ」
はい、そこ煽らない。説得すれば多分大丈夫な事だから……。いや、納得してもらえなくてもさせるからどちらにしても問題はないな。とりあえず2人を落ち着かせないと。
そうこうしている内に俺達のいる所とは別の扉から全身甲冑の騎士たちがゾロゾロと出てきた。その後ろには何処かで見た気のする青髪の魔法使いが怯えるように縮こまっていた。
「その者達を捕らえよ!殺害も許可する。何をしてでも情報を漏らすなぁ!」
「はっ!聞いたかお前らぁ!男以外は殺さずに生け捕りにしろよ。ガキも金になるからなぁ!」
「な、なんでよぅ。報酬が良かったから受けただけなのにどうしてこんな事になっちゃったの」
弱音を吐いているのは青髪の魔法使いだ。他の騎士達は全員こちらに向かって来ている。隙間から見える目は血走っており、血涙を流しそうな程に充血していた。
どうしてこの世界の騎士というのはこういうのばかりなのだろうか。というか、ダンジョン入口の騎士も変態だったし。凄い既視感があるんだが。……いや、まだ俺が会ってきた騎士が異端な可能性もまだあるな。諦めるのは早いか。
「うぅ、本当は嫌だけど命令に従わないと私が殺されちゃうんだ。ごめんね」
そう言って青髪の魔法使いが魔法を唱え始めた。少女の周囲は発言の内容に対して些か暴力的な水球が飛び回っている。
「ね、ねぇあの杖ってユグドラシルのだよな?」
「……よく気づいたな他の奴らは気にしてすらないのに」
「な、何か直感で分かったんだよね。多分私が一番世界樹との因果律がつ、強いからだと思う」
ふむ、そう言えばシルビアはニーズヘッグに進化した時、初めて発生した並列思考だったな。多分その影響で分かったんだろうな。他の並列思考も意識を向ければ気づくだろうけど流石に無意識では無理だ。
「ふぅ、やっぱり君は厄介事に巻き込まれやすい体質をしているよね。君といると本当に退屈しないね」
顎に手を当てて考えているとラプラスがそれはもう愉快そうに話しかけてきた。仮面を外したら満面の笑み何じゃないだろうかと思える程だ。
「……他人事だと思って軽く考えてるだろ」
「今はね。楽しんではいるけど、正直この人間共にはうんざりしているんだよ。まぁ、君やシルビア君等が許すのなら私は何も言わないさ」
……今までの雰囲気や言動で忘れていたけどこいつもれっきとした悪魔なんだよな。それもかなり強い。
「それでアレは止めないのかい?あの杖なら私達にも傷を付けれると思うけど」
「……既に対処済みだ。この結界は物理法則だけでなく魔法も防げる。威力によっては反射も可能だ」
そう、先程コアと話していた時に無詠唱で結界を張っていたのだ。だからこそ、こうしてラプラスと悠長に話していられる訳だが、もしかしたらあの魔法は抜けてくるかもしれないな。
「だとしてもあれは君でも難しいんじゃないかい?いや、君だからこその方が正しかったね。ほら、見てみてよ」
ラプラスに促されて見てみると、目を充血させ過ぎて白目を探す方が難しくなっている騎士達が結界へと剣を振った。しかし、結界は依然その強度を保っている。その後ろでは先程よりも殺傷力の高そうな水槍が少女の周りを飛び交っていた。
「あの杖を使用している影響で結界を素通りしそうだよ。君とユグドラシルの魔力の親和性は群を抜いて高いからね」
「……それぐらい分かってる。だからこうして俺が前に出てきてるんだからな。……それよりもお前はアイツらを止めてくれ。下手したらこの通路が壊れそうだ」
アイツらというのは勿論並列思考達だ。特に戦闘組と黒歴史。この3人がこの通路が壊れるか壊れないかのギリギリの力で戦い始めた。そこに少女の魔法が飛んできたら恐らく崩壊すると思う程に通路が軋んでいた。
「……それであの人間にはどうやって説明するか。こうやって戦闘してる時点でマトモな対話は無理だよな」
「その点に関しては問題ないよ。君が『魅了』するだけで済む事だからね」
「……あの豚にか。考えただけで背筋がゾワゾワする」
そう、中にいる貴族風の男たちは豚と見間違える程にブクブクと太っていた。最初に見た時はオークと間違えたくらいだ。
「まぁ、そうだね。私は君たち以外興味ないけど、流石にあれは不快に感じるかな」
分かってくれたようで何よりだ。それにしてもこれ、どう対処するか。……あ、リーダー格の騎士が苛立ちからか部下を殴ってる。とことん屑だな。
「ニールちゃん!もしかして困ってる?私が助けて上げようか?」
「きゃっ!な、何!?」
突然、背後から耳元に囁かれた。油断も慢心もなく全方位警戒していたのにも関わらず、一切気配を感じさせずに話しかけてきたのだ。そんな事が出来て俺をちゃん付けで呼ぶのは一人だけだ。
「えへへっ。ニールちゃんの可愛い声が聞けたぁ」
「……わ、忘れろ!今すぐ忘れろ!それと今後一切気配を消して背後に立つな」
急いで振り向くとそこには満面の笑みのジャックがいた。俺の顔がどんどん熱を帯びてくのが分かる。それに対してジャックは悪戯の成功した子供みたいな顔をしてる。いや、事実そうなのだから強く言えない。
「うぅ〜、謝るから許して?それであの人達どうにかする?」
「……出来るならやってくれ。というか、あれ一応お前の部下なんだから出来るだろ?」
「うん、できるよ!わたしたちはお母さんとニールちゃんの言うことなら何でも聞くよ!」
……そのお母さんと言うのは未だに分からないな。自分達の母親は自らの手で殺したんじゃないのか?
「解体する?それとも虐殺する?ニールちゃんが選んでよ!」
「……いや、普通に説明してくれれば良いから」
「ん〜、分かったよ!頑張って説得するから見ててね!」
「……頼んだぞ」
俺が頼むとジャックは無邪気に笑って走っていた、小走りでだ。
少々危険だな、あれは。力と精神が釣り合ってない。目的が他人に害を為すものじゃないからこの組織を託していたけど連れて行って色々教えた方が良いのかもな。
「はぁはぁ、詠唱出来ました!離れてください!」
「死にたくねぇ奴は退れぇ!魔法をぶち込んだら速攻で攻めるぞ!」
あ、放置してたら詠唱を完了させてしまったな。見た感じ予想よりも不安定な様子だから結界は抜けないな。寧ろ、暴発して騎士達が死なないかの方が心配だ。
「撃ちます!……【水爆撃】!」
少女が魔法を唱えた瞬間、周囲で控えていた水槍が音速を超えて飛来した。流石に長時間詠唱していただけの威力はある。がーー
「俺には魔法は効かない」
俺は一瞬で結界を解除。そのまま『暴食』を発動させて魔法を喰らった。目の前で切り札を消滅させられた少女は顎が外れんばかりに口が開いている。
いやまぁ、確かに放置してれば相性と威力から結界を破ってた可能性はあったけど、それはあくまで無視してたらだからね。しっかり対処すれば問題はない。
「ば、馬鹿な。水の上級魔法なんだぞ。こ、こんな事があっていい筈がーーあふん」
「た、たいちょーー」
「だ、誰だ!誰がいるんーーがっ」
目の前で騎士達が奇妙な声を出して次々と倒れていく。最後に残された騎士は絶望の表情で他の騎士と同じように倒れた。倒れ伏した騎士達の中心には外套を着た何かが立っている。
「うん、終わったよ。お兄さん達ニールちゃんが優しくて良かったね!」
そう言って外套から顔を出したのはジャックだ。豚共がその顔を見て驚いている。どうやらジャックがこの組織のボスだと知っているようだ。
「こ、これはボス。如何致しましたか?本日は客人を迎えると、応接室におったのでは?」
「……?ニールちゃん達が客人だよ?一体何を言ってるの、貴族のおじさん」
「なっ……!このチビが客だと?そんな訳があるはずが無い!」
「チビ……?チビってもしかしてニールちゃんの事?もしそうならどうなるか分かってるよね」
「ひぃっ!ど、どうかお許し下さい!ですからどうかあれはお止め下さぃぃ!」
ジャックがちょっと殺気を込めた視線を向けただけで豚は泣いて謝りだした。顔は冷や汗びっしりで、下半身からは独特な匂いの液体が流れ出ている。
「……ふぅん、それなら良いや。それと、そこ拭いといてね!」
「は、はいぃ!」
ジャックに氷河期もかくやという冷たい目で見られた豚は体を震わせ、白目を剥き始めた。
先程まで自信に満ち溢れていた面影のない哀れな姿の貴族を眺めていると、先程の表情が嘘のように笑顔のジャックが駆け寄ってきた。
「さ、ニールちゃん行こうよ!一人だけ見つかったから早く見せたいんだ!」
「……そうか。一人見つかったのか。」
「うん!だから早く行こう?大丈夫、後で執事服のお兄さんに後始末は頼むから!」
そう言って俺の手を引っ張るジャック。俺は少々後ろが気になりつつも、特に抵抗せずに引っ張られた。最後に視界に青髪の少女が真っ青な顔で崩れ落ちている姿が映った。




