意外な弱さ
目を覚ますと、俺は昨日と同じように床の上で寝ていた。周りの状況から推測するに、どうやら宴の途中で寝てしまったらしい。
……昨晩の記憶がない。ウカノミタマとの修行が終わって里に戻ってきたら、また元気に宴を開いていたんだよな。それで俺は仕方なく参加したんだよ。……駄目だ、その後が全く思い出せない。一体何があったらここまで思い出せないんだよ。
そんな事を考えながら起き上がって周りを見てみると昨日程ではないが、まだ酔い潰れて寝ている者が数人いた。そいつらを起こしてる妖狐達は俺が起き上がったのを見たら一度ビクッと体を揺らし、俺から遠い位置で作業し始めた。
あれは絶対俺から距離を取ってるよな。知らない内に気に触るような事をしたのか?……妖狐の神であるウカノミタマを独占したからかな?
「お、おい。もう起きても大丈夫なのかぁ?もう少し寝ていても誰も文句を言わないぞぉ」
「そ、そうだぞ。ニールはもっと寝ててもいいんだぞ!起きるなら絶対に暴れるなよ!」
しばらく妖狐の事を観察していると、俺が起きてることに気づいたブラッドとコアが何かに怯えるように話しかけてきた。ブラッドの後ろには顔を半分だけ出したルルもいる。
「……どうしたんだよ、そんなに怯えて。何かあったのか?それとコア、俺はお前らと違って意味もなく暴れたりしない」
「二、ニール。それマジで言ってるのか?昨日姉貴達に何をしたか覚えてないのか?あんな事をしていたのにか?」
俺が昨日シェリー達に何かしただと……?そんな事をする訳がないだろ。もしコアの言うことが本当だとしても、どうして俺がシェリーにコアの言うような何かをするんだよ。
コアの言葉について思案していると今までブラッドの後ろで人見知りの女の子のように隠れていたルルが一つの質問を聞いてきた。
「あの、もしかしてですがニールさん昨日の事を覚えていないんですか?」
「……ルル言う通りウカノミタマの修行後の記憶がない。お前らは覚えてるみたいだし、出来ればお前らの記憶を見せてくれないか?」
ルルからの質問に答えて、俺は昨晩何をしたのかを知るために『並列思考』で出来る記憶の共有をお願いした。
「い、いえ。覚えてないのならいいんです!今の私達との会話は忘れてください。その方が私達にもニールさんにとってもその方が良いと思いますです」
「そうだぞ、ニールは思い出さなくてもいいからな!」
「そうだなぁ、俺も昨日の事を思い出さなくても良いと思うなぁ」
何でだよ。そんな俺に言えないことをやってたのか?いつも冷静なルルがここまで焦る程のことをしたのか。……確かにそこまで知りたい訳でもないしな。決して聞くのが怖い訳ではないんだから!
「分かった。……そう言えば、シルビア達は何処にいるんだ?」
「あ、シルビアさん達なら先程ウカノミタマさんと一緒に庵に行きましたよ。何でも話したいことがあるらしいです」
「そうか。……俺は今からウカノミタマの所に向かうけど、お前らはどうするんだ?」
俺は庵の前に【転移門】を開きながら、ルル達に今日の予定を聞いた。
「ん?俺はニールと一緒に姉貴の所に行くぞ。妖狐特有の技も教えてもらったからな!」
「俺はここで待ってるぞぉ。ここの奴らが無意味に人を殺す化け物じゃないって分かったからなぁ」
「私はもう少しここにいます。妖術というものに興味が出てきました。魔法とは違うらしいので研究してみたいです」
「……分かった。それじゃあコア、行くぞ」
俺が声を掛けると、修行の一環なのかブラッドに向かって威圧してたコアが高速で振り向き、俺を抜かして先に【転移門】を潜った。
……まぁ、良いか。コアが自由なのはいつもの事だし。ただ、もう少しだけ自重して欲しいかな。振り向いた風圧でブラッドが吹っ飛んでるんだよね
「……それじゃあ行ってくる。大丈夫だと思うけど、一応ブラッドの事を気にかけておいてくれ」
「了解です。あの人あれで苦労性ですからね。たまには労わないといけませんからね」
俺はルルに向かって期待を込めて頷き、【転移門】を潜った。【転移門】の先にはウカノミタマと並列思考、ラプラスがコタツに集まっており、俺を視認したシルビアは妖狐達と同じようにビクッと体を揺らした。
「ニ、ニールちゃん!?ど、どうしたの急に。さっきコア君も来てたけど……」
「……ルルにお前らがここにいると聞いて来た。コアはシェリーに妖狐から教えてもらったことを教えるらしい」
「そ、そうなんだ。そ、それで私に何の用なの?それともウカノミタマさんに?」
ふむ、今日のシルビアはいつもより弱々しいな。あれかな、何か俺に聞かれたら不味い事を話してたのか?……いや、それは無いか。そういう感情は『並列思考』のスキルを通じて分かるからな。あれ、それじゃあ何でなんだ?
「……あぁ、そうだ。昨晩の記憶が曖昧なんだが、教えてくれないか?ルル達は教えてくれなかったからな。……別に無理強いはしない」
「や、やめた方が良いと思うよ?ほ、ほら、別に大事な事じゃないんだし。聞かない方がニールちゃんにも良いし。シ、シェリーもそう思うよね」
「別にそれでもいいんじゃないかい?あたしは別に教えても良いと思うけどね。ニールが知りたいんなら教えれば良いじゃないかい?」
俺がルル達にしたように昨晩について聞くとシルビアはルルと似たような事を言い、シェリーに助けを求めるように話しかけた。当のシェリーは我関せずの態度で投げやりに答えた。
「シルビア君の言うように昨日の事は知らない方が良いと思うよ。その方が面白そうだしね」
シェリーが俺に昨日の事を話しても良いという返答を聞き、シルビアが少しだけ悲しそうになった。それを見ていたラプラスが笑いを堪えながらシルビアを手助けした。……最後のがなければなぁ。
「む、何で隠す必要があるのじゃ?別にニールが酒の匂いだけで酔って暴れただけではないか。何が問題なのじゃ?」
今まで黙って成り行きを見ていただけのウカノミタマが急に口を開いたかと思ったら、シルビアが必死になって隠してた事を盛大に暴露した。
……そうか。なんとなく察してたけど俺、酒の匂いだけで酔って暴れたんだな。……でもルルが言ったように、知らない方が良かったけどそこまでして隠すことじゃないよな?
「な、何で言っちゃったんですかウカノミタマさん!せ、折角ニールちゃんの素直で可愛い姿を見れるようになったのに!」
「え……。そんな理由で隠してたの?」
「そ、そんな理由って何!?確かに制限なく暴れるのはちょっと怖かったけど、ニ、ニールちゃんが素直になるなんて貴重なんだよ!」
思わず思ったことをそのまま口に出してしまったら、シルビアが興奮した様子でまくし立て始めた。その隣ではラプラスが笑いを堪えてた。顔は見えないけど体が小刻みに震えてるのでラプラスの性格的に笑ってるだろ。……よく見たらコアも笑ってるな。最近コアがラプラスに似てきたよな。主に俺をからかう所が。
「……とりあえず、言いたいことは分かったから少し落ち着け、シルビア」
俺は現実逃避を止め、未だに興奮してるシルビアを宥めた。ついでに笑ってる二人にデコピンしておいた。
その後ウカノミタマとラプラスに俺の記憶がない部分の状況を詳しく話を聞いた。
「……つまり、俺は昨日匂いだけで酔っ払い、シルビア達に絡んだり暴れたりした後にその場でぶっ倒れた、と。初日もシルビアに無理矢理飲まされた後は似たような感じで暴れた、という事であってるな」
「その認識で間違いないよ」
「それで大丈夫なのじゃ」
シルビア達から聞いた話をまとめて、要約したものを話し、確認を取ったらラプラスとウカノミタマが太鼓判を押してくれた。
「……改めて考えるとかなり恥ずかしいな。ただ、俺が超が付くほど酒に弱くて酒癖が悪いということが分かっただけ良かったな」
「そ、その通りだけど酔ってるニールちゃん可愛かったんだよ?そ、それを話したら今後ニールちゃんがお酒をの、飲まなくなっちゃうと思ったんだもん」
……本当にくだらない理由だな。だけど少しだけその気持ちは分かるかな。聞いた感じ酔った俺はデレデレだったみたいだし、シルビアが同じようにデレデレだったら俺も可愛いと思うかもしれないな。……見たいとは思わないけど。
「……そう言えば俺の年齢、というか体は5歳だけど酒を飲んで害はあるのか?」
「あ、それは大丈夫だと思うよ。わ、私達には『忍耐』があるから害は効かないよ」
「身体的には何も問題ないだろうね。君の世界で言う未成年と言う意味なら駄目だね。ただ、君はもう前世合わせて20を超えているから微妙なところではあるよね」
ふと、気になって聞いてみるとシルビアとラプラスが答えてくれた。
「む、お主転生者じゃったのか。彼奴の眷属としか知らなかったのじゃ。ならばその強さも納得じゃな。あの龍神も何度も転生を繰り返しておるしな」
「……そういえばウカノミタマには言ってなかったな。世界神が伝えてると思ってたんだが……」
「彼奴の事じゃから妾の事を驚かす為にわざと教えなかったのじゃろうな。して、主の飲酒に関してじゃが、全く問題ないのじゃ。そもそも、ドラゴンというのは酒癖が悪く酔いやすい種族なのじゃ」
「そ、そうなんですね。私達が弱いだけかと思ってました。あ、あれ?でもコア君達は匂いを嗅いでも酔ってなかったよね?」
おっと、そこに気づいてしまったか。俺もそこはきになってたんだよね。本人がいれば確認出来たんだけど、話に飽きてどっか行っちゃったからな。
「それに関しては恐らくニール君が関係しているんだろうね。無意識下でコア君とルル君の飲酒を快く思っていない為だろうね」
「……それの何が関係あるんだよ」
「つ、つまりニールちゃんがルルちゃん達の体を無意識にお酒に酔わなくしてたんだよ」
「……そうだったのか。ん?それじゃあ俺は自分が酒を飲むことを許容しているのか?」
「そういうことではないのじゃ。お主らは並列存在じゃから可能なのじゃ。お主自身は生身じゃから酔わなくするのは不可能であろうな」
ふむ、つまりシルビア達を酔えなくするのは可能だが、俺自身は酒の匂いで酔うことを変えることはできないのか。……それかなり不便だな。いや待てよ?冒険者の酒場で酒の匂いを嗅いでも酔ってなかったよな?
「……ラプラス。リビスの冒険者ギルドの中にある酒場で酒の匂いを嗅いだけど酔ってなかっよな?」
「それは多分君の仮面の影響だろうね。以前君の仮面はヒヒイロカネだっただろう?それが酒のアルコールを浄化してくれていたんだよ」
む、そうだったのか。それじゃあ今からでも戻すか?……いや、やめておくか。何故か俺は酔った後起きたら色んな疲れが吹っ飛んでるからな。たまにはそうしても大丈夫だろう。……でも5歳で飲酒ってのはちょっと倫理的に悪いな。一旦保留にするか。
「……気になることも片付いたし昨日の続きを始めないか?」
俺は話題を変えてウカノミタマに昨日の修行の続きの再開を頼んだ。
「うむ、そうするのじゃ。今日は昨日ほど甘くはないから覚悟することじゃの!昨日同様実践形式なのじゃ」
「……昨日一回成功したからな。もしかしたら今日でコツを掴むかもしらないぞ」
「お主ならば有り得るかもしれないのじゃ。だが、しかし!そこまで甘く見られては稲荷神の名が廃るのじゃ!ほれ、早く行くのじゃ」
ウカノミタマは愉快そうにそう言うと昨日と同じように【転移門】を繋ぎ、潜って行った。俺は若干苦笑しつつ、ウカノミタマが本気で俺に教えてくれるのだと改めて知り、嬉しさがら頬を緩ませてウカノミタマに着いて行った。




