勇3「トレーニング」
俺が父上ーーアーノルド・フォン・ガルシア国王陛下にこの世界に転生したクラスメイト達を保護をお願いしてから4年経った。
数名未だに見つかっていないが、地球みたいに情報網が構築されていない世界で、たった数年間で過半数見つけるなど国王は凄いと思う。
最初の1年目は全く進展がなかった。その時は知らなかったけど後で聞いた話だと貴族や他国に勘づかれないように秘密裏に行っていたらしい。俺は政治には詳しくないので詳細は省くけど。
2年目からは早紀の提案のお陰で一気に見つかった。その提案とは日本語で書かれた分を各地にばら撒くというものだ。冒険者ギルドや教会、帰属領など国の力が及んでるところ全てに配った。日本語で書かれた文を読めるのは俺たちと同じ転生者しかいないので他のものが見ても何が何だか分からないのだ。
そもそもこの世界は識字率はそこまで高くない。貴族や商人、冒険者の半分程度が読めるかどうかだ。それなのに異世界の言語を読める人がいる訳がない。ということで、早紀の提案は許可され各地で数名のクラスメイト達が見つかったということだ。
2年半が経ったところで、思わぬ発見があった。なんと、先生まで転生していたのだ。しかも先生のスキルがクラスメイトを探すのに適していたのだ。
『生徒名簿』
生徒の名前、出自、現在の状態を知ることが出来る。生徒が何処にいようとも可能。レベルによって生徒の状態の精密差が異なる。
これが先生のスキルだ。このスキルのお陰でみんなを集めることができた。今の場所は分からないが、まだ生まれて数年だったので出自を確認しその辺を調べる、を数年繰り返し今の人数まで見つけることができた。
「何を考えてるの英樹!折角みんなを集めたんだし楽しく話しなさいよ。それとも妹ちゃんの事でも考えていたの?」
俺が椅子に座って今までの事を考えていたら後ろから早紀が後頭部に突っ込んできた。スキルを全て切ってた考えてたから気づかなかくて少し驚いたな。
そう、早紀が言う通り約2年前に俺に妹ができた。親2人が夜にそういうことをしてたのは知ってるけどまさかこんなに早く出来るとは思ってなかったから驚いたけど……。王族って意外と子孫を増やすんだね。王子ーー俺が生まれたからもう産まないと思ってたんだけどな。
「ちょっと今までの事を振り返ってたんだよ。ほら、この世界に来てもう5年経つだろ?何か感慨深くてさ。……それに、まだ龍輝が見つかってないしね」
「まぁ、あいつの事だからどっかで勝手に生きてんじゃないの?案外可愛い女の子に囲まれて遊んでるだけかもしれないわよ」
「それはないだろうけど、確かにあいつは絶対に死なないよな。浜名先生のスキルにも死亡とは書かれてないし、きっとあいつなら俺達よりも逞しく生きてるよ」
そうだ、あの龍輝が死ぬわけないよな。いつも冷静で何事にも慌てないもんな。もしかしたら早紀が言うみたいに想像も出来ないようなことをしてるかもな。……勇者だと名乗り出ないのだって何か思惑があるんだろ。
「それで英樹は今までの事を振り返って何してたのよ。もうマユちゃん先生のスキルで分かるところは全部調べたじゃない」
「確かにそうだけど雨宮達みたいに偶然見つかるという可能性もあるんだよ。幸いにも僕達の共通点が幾つかあるし冒険者から探すのも良いと思ったんだよね」
「ふ〜ん、英樹がそうしたいならすればいいじゃない。私もスキルの扱いに慣れたから気付かれずに魅了出来るのよ?」
「それはいざと言う時以外は禁止だと約束しただろ?洗脳なんてしても何もいい事なんて起こらないよ」
「英樹がそう言うなら止めるわよ……。でも、私の力が必要になったら言ってね。いつでも協力してあげるから」
早紀はそう言うと部屋から出て行った。早紀が部屋から出てしばらくすると数人のメイドが早紀を連行して行った。『聴覚強化』で聞いてみるとどうやら作法の練習を抜け出してきたらしい。
「まぁ、その気持ちは分かるけどね」
俺は一人になった部屋で誰に言うでもなくそう言った。日本人だった俺達からすると貴族のマナーとかちょっと恥ずかしいんだよね。
「さてと、早紀もいなくなったし再開しようかな。こういうのは定期的にやっといた方がからね」
えーと、どこまで考えたんだっけ?……あぁ、今の人数まで見つけたところまではまとめたよね。
その後は特に進展は無かったかな?一人帝国の王子だったり、クラスメイトが死んでいた事に皆で悲しんだり、死んだ後にアンデットとして死体を弄ばれてる事に激怒したんだよな。
「……俺が絶対に見つけ出して解放してあげるからね」
俺は椅子から立ち上がり以前と同じように決意を固めた。
「あ、そういえば明日から学校?が始まるんだよね。母様から制服を貰ったから来てみようかな」
俺は気持ちを切り替えて先日貰っていた制服を着るために前世で見たことがない程大きなクローゼットに近寄った。
「母様ってちょっと親バカだよね。俺の事を愛してくれてるのは嬉しいんだけど少し重いんだよなぁ」
母様からはこの数年で数え切れないほど物を貰った。特に服だ。貰った服全てにサイズの変わる魔法が付与されていて、しかも母様のセンスは良く自分で言うのも変だけど凄く似合うんだよね。
それに動きやすい服ばかりだから運動する際に着替えなくても良いし。でも実際は運動着に着替えないと使用人さん達が運動場に行かせてくれないんだけどね。
「えぇと、確かこの辺に……。あった、これだ。確か母様が少しだけアレンジしてくれたんだったよね」
俺が今度通うことになる制服は地球のブレザーの袖を白くした感じだ。母様はそれに青いリボンを付けてくれた。それをネクタイの代わりにすると言っていたかな?
俺は制服を着て姿見の前に立ち、自分の姿を見てみた。思いの外首元の青が似合っていて驚いた。
「へぇ、金髪に青って意外と似合うんだね。……そう言えば母様から贈られた服って青色少ないんだな」
服が敷き詰められているクローゼットを見てみると青色の割合が低かった。黒や赤は多いいんだけどね。今度母様に会ったら聞いてみようかな。
その後しばらく自分の制服姿を眺めた後、着替えてもはや日常の一部となったトレーニングをする為に運動場へ向かった。
「よっ!お前もトレーニングか?俺もなんだよ。丁度良いし一緒に行こうぜ」
俺が訓練用の木剣を取りに行くと後ろから話しかけられた。その声を聞いて、俺は溜息を吐いて振り向いた。
「崇之、わざわざ気配を消してまで驚かさないでよ」
今後ろから話しかけてきたのは岩切崇之。現在はロイク・ルパージュだ。世界神さんから貰ったスキルは『鉱物支配』。鉄や金等の鉱石は勿論、石まで思いのままに変形できるらしい。
「ははは、悪ぃ悪ぃ。お前の後ろ姿を見つけたらつい気配を消して近づいちゃうんだよな。ま、これも訓練だと思って許してくれ」
「俺なら良いけど他の人にはやるなよ?特に早紀には絶対駄目だよ。今の地位が地位だからね。いくら勇者で身分の差がないと言っても、限度があるからね」
「それぐらいは分かってるさ。それよりも早く行こうぜ!俺最近スキルを練習して更に強くなったんだよ」
「へぇ、そうなんだね。ちょっとだけ楽しみだけど、勝てるか不安だよ」
その後俺たちは一緒に運動場に向かった。俺は木剣だけど岩切はそのスキルの関係から刃のない鉄剣を選んでた。
まだ5歳児の筋力では持てない筈だけど岩切は表情一つを変えずに振り回してた。もう何回も見たのにいつまで経っても慣れないなぁ。
「で、英樹の方はどうなんだ?新しい剣技とかはできたのか?」
「ううん、まだ出来てないんだよね。地球の剣道とこっちの剣術のいい所を混ぜようと思ってるんだけどなかなか上手くいかないんだよね」
「ま、俺は剣術とか分かんねぇし頑張ってくれ。そもそも俺はスキルで武器を変形させられるから1つの技術を磨いてもスキルの長所が活かせないんだよ」
「へぇ、そっちもそっちで色々大変何だね。俺は龍輝と早紀と一緒に剣道をやってたからそこまで難しくはないかな」
「良いよなぁ、前世でやってたこととスキルの相性が良いの。俺なんて石とかの形を変えるだけだぜ?戦闘系じゃないんだよ」
う〜ん、岩切が言ってる事は分からなくもないけど俺からしたら岩切のスキルだって強いんだよね。だって武器の形を変えられるということは相手に合わせて攻め方を変えられるということだし、武器が壊れても直せるからなぁ。
「いやいや、岩切のスキルは確かに戦闘系じゃないけど十分強いよ?この前なんか液体金属みたいに剣を変形させ続けて俺の剣をすり抜けてたじゃん」
「そうなんだけどあれ凄い魔力が持ってかれるんだよ。最近では魔力量も増えたけど長時間は出来ないしな。お、そろそろ着きそうだな」
岩切の言う通り運動場が見えてきた。実はこの運動場、本来は騎士の訓練場だったのである。それを王様が気を利かせて俺達も利用出来るようにしてくれたのである。
まぁ、そこには勇者を育てて戦力にしたいという打算がありそうだけどね。それでも俺達には世界神さんに邪神討伐を頼まれてるからここを使えるのは助かってるんだけどね。
「あら、岩切と英樹が一緒にいるなんて珍しいわね。私のいなかった時に何があったのよ」
運動場に入ると先程メイドさん達に連れてかれた筈の早紀が話しかけてきた。
「あれ、何で早紀がいるの?作法の練習をしてたんじゃないの?」
「ふふん、私を舐めないで欲しいわね。最近覚えた話術で説得してきたのよ!」
俺が疑問を口にすると早紀堂々と胸を張って答えた。が、その目は泳いでいるので多少『色欲』の効果を使ったのだろう。……そんなに作法をやりたくないんだね。
「はいはい、王族の話は分かったから早く始めようぜ。久しぶりにお前の剣術見てみたいしな」
「そうだね、始めようか。ルールはいつも通り殺し無しの寸止め。先に剣を当てられた方の負けで良いよね」
「おう、それで良いぜ。さっきも言ったけど腕前を上げたからな。見たら絶対驚くぜ?」
「それは楽しみだね。だからって手加減しないからね。神々の扱う剣技を見せてあげるよ」
こうして定期的に行われる事になる俺と岩切の勝負が始まった。剣一筋の俺と多彩な武器を扱う岩切。互いの実力は互角で数時間経っても決着がつかない。
どちらかの体力が無くなり、決着が着く頃には周りに騎士やクラスメイトが集まり注目の的になっている。次第に有名になり賭けまで行われるようになるのはもう少し先の話。




