槍術
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
ムカデを殲滅した俺は行きと同じようにヴェノムを抱えて戻っていた。特に問題もなくスカアハのところへと戻ることができ、ムカデを殲滅してきたことを話した。
「へぇ、あの気持ち悪い魔物を倒してきてくれたのか。1度槍で魔物を殺してもらうだけのつもりだったんだけど、あいつらを始末できるなんていいことじゃないか。」
「そ、そうですか……。なんかこの事に関しては褒められてもあまりいい気がしませんね。」
確かにあんなに気持ち悪い魔物はいない方が良いが、それを自分の手でやるとなると複雑だよな。
あれを殺した不快感と褒められた喜びで内心ぐちゃぐちゃだ。
『お、おい。最初に会った時にもそうだったが、お前らなんて言ってるんだ?お前もしかしてこの世界の言語を話せるのか?』
ん?もしかしてヴェノムは分からないのか?邪神の力で勝手に翻訳されてないのかな?もしそうなら今後念話でしか会話出来ないじゃないか。
……仕方ない。あいつに頼るのは嫌だが、お願いしてみるか。
俺はいつも世界神と話す天啓の魔法を発動させた。特に繋がった気配はなかったが、要件だけは話した。
『もし、これが聞こえているならばヴェノムに俺みたいにこの世界の言語が分かるようにしてくれないか?』
……返事はないな。やっぱりダメだったかな?それならそれで借りを増やさないしいいんだけど。
『あれ?なんか言語理解という能力を獲得したな。なあ、ちょっと喋ってみてよ。』
チッ。聞こえてたのかよ。あいつかなり暇なんじゃないか?とりあえず、成功したのかの確認も込めてヴェノムに話しかけるか。
「ヴェノム、俺の言ってることが分かるか?」
『おぉ、分かるぞ。凄いな、なんで獲得出来たのかは分からないけどくれたやつには感謝だな。それで、今は何の話をしていたんだ?』
そこからかよ。要点だけ掻い摘んで簡単に話しておくか。修行中にこいつがどうするかも決めないといけないしな。
「ムカデを倒したことと、今から俺が修行することを話していた。で、お前はこれからどうするんだ?これまでのように自由にするか?それとも俺と一緒に行動するか?」
久しぶりの日本人だし、話したいこともあるからなるべくなら一緒にいたいな。別に眷属だし繋がりがあるので位置は把握できるし、魔力を遮断させされなければいつでも会話できる。
しかし、遠距離からの念話と対面して話すのでは大分違う。べ、別にせっかく会った日本人と離れるのが寂しい訳ではない。……誰に言い訳してるんだ俺は?
『俺はお前と行動するよ。1人でいるのも寂しいし、お前といると安心するんだよ。お前の眷属だからかな?』
今のは可愛かったな。いつもそんな感じで素直ならば大切にするのになぁ。そんなことを言っても無駄か。一緒に行動するにしても俺の修行中はどうするのか決めないとな。
「……そうか。どちらにしても俺が修行している間はお前は1人だ。その時にはどうするんだ?」
『お前の修行を見てたり、この階層を散策してるよ。他にはスキルのレベル上げとかをしよっかな。』
スキルのレベル上げか。俺は今まで技術の修行ばっかでスキルとかは全然やってなかったな。レベルはMAXのが多いけど、ちゃんと扱えるのは少ないんじゃないか?
というか、使ったことがないやつもあるんじゃないかな?
「そうか。この階層を散策する時は気をつけろよ?いくら魔物がいないからって危険が無いわけではないからな?気配感知を発動しておけよ。」
『分かってるから心配するな。それじゃあまた後で。』
なんか今の言い方イラッとくるな。一度しっかりと言っておくか。
「ちょっと待て。なんかお前勘違いしてないか?俺はお前の主でお前は俺の眷属だぞ?つまり俺が上でお前が下だ。そこを忘れるな。」
『う、うん。分かってます。それじゃあまた後で会いましょう。』
よし。これで理解しただろう。威圧をかけすぎたと思うけど、別に悪いことはないだろう。それよりも早く修行を始めるか。
「やることもやったし先生。早く修行を始めましょ。……穴の中で何をしてるんですか先生?」
ヴェノムとの会話が終わりスカアハに修行してもらおうと振り返ると、いつ掘ったのか分からないが明らかに人為的に作り出された穴から俺の方を半目で見つめているスカアハがいた。
「……別になんでもない。それで、修行を始めれるようになった?」
この人……。実はかまってちゃんだろ。最初は美しくも、子供らしいところもあって可憐な人だったけど今では残念な人だな。
何故俺の周りには見た目がいいのに中身がダメな奴が集まるんだ。
「はい。それで何からやっていくんですか?」
「うん。それじゃあその火尖槍は一旦魔力に戻してよ。代わりにこの槍で修行していくよ。あ、ムカデを倒したことには意味があるから安心してね。」
まぁ、そうだよな。あんな切れ味の槍で修行して万が一のことが起こったら大変だし別のに変えて修行するのは当たり前だ。
ムカデを倒したことにもきっととても深い意味があるのだろう。
「分かりました。ですが、その、この槍もかなり切れ味があると思うんですけど気のせいですか?」
「気のせいじゃないよ?なんで修行するのに切れ味のない槍でやるのさ。槍を変えた理由は火尖槍だけに慣れてしまうと他のを使いずらくなってしまうからさ。」
そ、そうなのか。まぁ、人にはその人のやり方があるよな。それにいちいち口を出していたらキリがないし、失礼だ。失敗しないように常に気を張っていないとな。
……もしかしてそれが目的か?長い間集中するためとか気を張る修行でもあるのかもな。
「それじゃあ最初は槍の扱いを教えていくよ。最低でもこれぐらいは自由に扱えるようになって欲しいかな。」
そう言うとスカアハは槍を片手で回し始めた。まるでボールペンを回すように軽々と回していき、投げたり股の下を通したりなど体の一部のように槍を動かした。
「見てくれたかな。槍はその形状から剣のような型だけを覚えれば使えるわけではない。形状、性能、使い勝手を把握していないとやり方を理解しても実行することができなあ。それに、これが出来れば接近されても対応できるようになるしね。」
あそこまでできるようになるのか。元々手先は器用な方だけれど、できるかなぁ?とりあえず、遅くてもいいから槍を動かしていくか。
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槍を扱えるように修行し始めてから1ヶ月経った。最初は魔力感知を使っても自分の体に当たり傷が出来ていたが、今では目を閉じ魔力感知も切った状態でも扱えるようになった。
複製の効果は凄まじく、技術でなくとも発動した。レベルが上がったからか、どのようにやればできるのかコピーしなくてもある程度理解することが出来た。……それでも1ヶ月かかったけど。
修行で怪我しまくったせいで『超速再生』のスキルのレベルも上がった。何度かヴェノムが見に来ており、その度に僅かだが質量が大きくなっていた。どうやら俺の力が少しずつ流れてからだと言っていた。
「うん。いい感じだね。たった1ヶ月でできるようになるなんて、ティアに聞いていたとおり飲み込みが早いなぁ。これならばあの修行も出来そうだ。」
あの修行?これまでの修行で分かったがスカアハは修行中はもはや別人になる。スパルタという言葉でさえ表せないほど厳しいが、アドバイスも的確で何も言えない。……厳しすぎるが。
しかし、修行が終わり休憩になると一転して過保護になる。体調に異変はないか?とか、欲しいものはないか?とかをひたすら聞いてくる。
そして、プライベートではとても幼くなる。幼稚と言ってもいい。知識はあるので大丈夫だが、考え方が幼くなるのだ。
この性格に何度も苦しめられたが、1ヶ月間ずっと一緒にいたので慣れた。……慣れって怖いね。慣れればなんでもできるんだから。
「それじゃあ始めていこっか。既に持ち方は完璧だし、最初から型に入っていくよ。槍には主に刺突による突き、穂先や柄などによる打撃、相手の体勢を崩せる払い。この3つの攻撃方法があるんだ。」
意外とあるんだな。だけど払いとかの攻撃方法って狭い空間では出来ないんじゃないか?槍はリーチが長く、殺傷力が高いけど間合いが独特で広い空間でないと使えないと思うんだけど。
「槍を使う者は短刀などを隠し持つけれど僕が教えるのはそんなものが必要なくなる槍術だ。持っておくに越したことはないけどね。」
「そうなんですか?」
「うん。だけど、使う必要がないようにするから必要ないんだ。だけど肝心の槍が折れたりした時には必要になってしまうからさ持っておくに越したことはないのさ。」
確かに槍が折れたら幾ら技術があっても使えないな。そんな武器を作らないようにもっと魔力量を上げていくか。
「……そうですか。それで先生、何をしていくんですか?」
「さっきも言った通り僕が教える技術では狭い空間でも接近されても使えるんだ。だけどその分覚えることが多いし、その一つ一つが難しい。それを理解しておいてね。」
スカアハの難しいはもはや地獄だろ。死刑勧告に等しい気がしなくもないけど、これも強くなるためだ。根気よく頑張っていかないとな。
「わ、分かりました。頑張ります。」
おっと、声が上擦ってしまったな。あまり緊張せずに修行していかないとできるものも出来なくなってしまう。平常心、平常心っと。
「それじゃあ最初は投げ槍の技術からはじめていくよ。」
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スカアハからさまざまな技術を教えてもらい始めてから2ヶ月経った。実用的なものが多かったが、中には本当に必要なのか疑問に思うものもあった。
恐らく今の俺ならばどのような状況でも槍で戦況を立て直せると思う。……圧倒的なステータスの差か、技術の差がなければな。
現在はスカアハと様々な状況での模擬戦をしており、俺が不利な状況から始めている。どうしても立て直した後に互角以上にすることが出来ていない。
「……よし。これぐらいやって成功していれば大丈夫かな。もう修行はおしまいだよ。」
「えっ。何故ですか!?」
だってまだ、スカアハに勝っていないのに何故修行が終わりなんだ?確かに技術は全て出来たが、スカアハに勝たないと修行が終わらないんじゃないのか?
「えっ、だって技術を全部習得したじゃん。何がおかしいの?」
「だってまだ、先生に勝っていませんよ?先生に勝つまでが修行なんじゃないんですか?」
「あぁ、なんか勘違いしてるね。この模擬戦は技術をほんとうに習得できているのか、体に染み付いているかを確かめるためだったんだよ。」
そ、そうだったのかよ。コピーのお陰でとっくに出来ていたし、それをスカアハも知ってると思ってたから勝つ気だったのに確認だったのかよぉ。
「な、なんかごめんね?ちゃんと説明してなくて。そう言えば君ドラゴンだし、戦うのが好きだったね。勝つのが目的じゃないと説明するのを忘れていたよ。」
あれ、俺ってそんなに戦いたがっていたか?……戦いたがっていたな。うん、戦いたがっていた気がする。
いつの間にか戦闘狂になっていたかもしれない。四六時中スカアハに勝つことを考えていたな。
あながち『虐殺者』の称号も間違っていないかもしれない。ムカデにあの魔法を撃つ必要はないことは少し考えれば分かるのにな……。
これ本当に笑えないな。本気で対処していかないと、人格が変わりそうだな。
「……そうでしたか。勘違いしてました。それで、修行は終わりでしたね。3ヶ月の間ありがとうございました。」
「うん。それじゃあね。今度会った時にはどれだけ成長したか知りたいし勝ち負けのある模擬戦をしようか。」
そうか。それじゃあ次までには強くならなきゃな。今回は勝てなかったが、次は絶対に勝てるようにレベルを上げ、技術を上げておく。
「ありがとうございます。次会う時には今よりも強くなっているので期待しておいてください。」
おっとまた引っ張られたな。顔も笑っているし完全に戦闘狂だ。気を抜くとすぐに引っ張られるし、意識しておかないとな。
「それでは俺は、これからケイローンさんの方へ向かいます。どこら辺にいるかわかりませんか?」
「あれ、ティアに聞いていなかっのか。ケイローンなら基本的にこの3つ上の階層にいるよ。」
「ありがとうございます。改めて、短い間でしたがお世話になりました。」
本当に世話になった。今まで槍には興味なかったが、今回スカアハに修行してもらってよかったな。
殺傷力が高いのは知っていたが、扱いが難しそうで手を出していなかったがスカアハに教わったことを用いればそれも改善できる。次は弓で長距離の攻撃手段を獲得できるし、そのあとは技術を磨くのとレベルを上げていかないとな。
「それでは行ってきます先生。」
スカアハに挨拶した俺はヴェノムに出発することを伝えるために念話を発動させた。
『おい、ヴェノム。修行が終わったから移動するんだが、今どこにいる?』
『すまん。ちょっと今手が離せない。できる限り早く来てくれ。繋がり越しに魔力を送るからそれを辿ってきてくれ。』
は?何をしてるんだヴェノムは?何か面倒なことに巻き込まれたんじゃあないだろうな?




