~入学手続きと心配事~
道中にて、ドタバタはあったが、無事に聖ソーサリ魔術学院へ到着したアルベネロは学院長からの熱い抱擁を避けた後、学院長室内にて、歓迎の言葉を贈られる。
「一応、名乗っておこう。私がここ、聖ソーサリ学院の学院長、マーリンだ。まずは入学者手続きを行ってしまおう」
「難しいことはわからないんですが……」
「たんに魔法契約を行ってくれたらいい。もちろん、隷属なんてことを求めるような内容は記載していないから安心して欲しい」
「マーリン学院長が用意したのなら安心です」
「……気になるから、無理やり丁寧な言葉はやめてくれ。敬称も不要だ。私の君と仲じゃないか?」
「誤解を招くような言い方はやめてくれ」
マーリン学院長の言葉にアルベネロは言葉遣いを崩す。そして、ソファーに座ると、長机を挟んで向かい側にマーリン学院長とレーメ先生が座る。長机に並べられた書類には、入学に関する細かな内容などが記載されており、そして、一番下には名前を記入する欄と魔方陣が記載されていた。
「そこに名前を書いて、後は魔方陣に魔力を流せば入学手続きは終わりだ」
「……」
指示された通りにアルベネロは名前を記入すると、魔方陣に指を添える。 そして、魔力を流し込めば、書類全体に魔方陣が広がっていく。魔法契約が完了した事を確認した、レーメ先生が書類を回収する。
「これで入学手続きは完了だ。本当は試験をして、クラスを決めるんだが、私がクラスを決めておいた」
「あまり目立たないクラスがいいな……」
「この学院にあるクラスでも指折りの成績を誇るクラスだ」
「おれがこの学院に入る理由を忘れてないか? 魔法契約して逃げられないからとか、考えてないよな?」
アルベネロは目の前にあるテーブルに手をつくように身を乗り出して、抗議するように、マーリン学院長を見つめる。マーリン学院長は面白がるように笑みを浮かべており、レーメ先生はどうしたものかとキョロキョロと、二人を交互に見ている。
「私としてはかなり配慮した結果だ。よく言うではないか、異端を隠すには異端の中と……」
「……はぁ、大人しく過ごすよう心がけるよ」
「さすがはアルだ。物わかりがいい」
アルベネロはソファーに座り込んで、諦めた様子でため息を吐く。アルベネロ自身、異端であることは自覚しているが目立たないために、目立っているクラスに入る事実にまだ納得はしていない様子であった。
「君のクラスの担任教師を紹介しよう」
「あ、はい。改めて、レーメ・エクセティアです。アルベネロ君が所属する、特科クラスの担任をしています。気軽にレーメと呼んでくださいね」
「アルなら気付いていると思うがレーメ……かなりの巨乳だ」
「……同性でもセクハラはだめだろ」
マーリン学院長の言葉にレーメ先生は顔を真っ赤にしてしまい、かなり冷え切った目でアルベネロはマーリン学院長を見ていた。
「でも、大きいとは思っただろ?」
「……」
「男の子だな」
「煉獄の……」
「ま、待て⁉︎ 室内でそんな魔法を使おうとするな⁉︎」
アルベネロの手元に魔方陣が浮かび上がったのを見ては、マーリン学院長が慌てるように身を乗り出してあたふたとする。その様子にアルベネロはまた、ため息を吐き、魔方陣を消した。
「本当に……何も道具を使わずに魔法を発動できるのですね」
「レーメ先生。あまり口外はしないでほしいです」
「生徒の隠し事を口外なんてしませんよ」
「ありがとうございます。マーリンと違って、優しい先生で助かります」
「あ、アルは、私が周りに言いふらすと思っているのか⁉︎」
アルベネロとレーメ先生が、お互いに口元を緩めて話しており、話の内容にマーリン学院長は慌てて、長机に手をつき、身を乗りだすとアルベネロを不安そうに見つめる。
「冗談だ。マーリンのことは信頼してる」
「それならいいんだが……全く、アルも意地悪になったな」
「……先ほどから気になっていたのですが、学院長とアルベネロ君はかなり親しい間柄なのですか?」
「小さい頃、マーリンと出会って、しばらく一緒に生活してただけです」
「だけ、とはひどいな。何度も夜を共に過ごした仲じゃないか?」
「な、何度も夜を共に⁉︎」
「レーメ先生。少し目を閉じててください。すぐに終わらせるので」
「えっ、あっ、はい‼︎」
マーリン学院長の言葉に、アルベネロの言葉に、動揺を隠せないレーメ先生が思わず目を閉じる。その後、数秒間、無音が続き、レーメ先生は少し落ち着くと、ゆっくり目を開ける。
そこには……
「反省したか?」
「反省はしたが後悔はしていない」
「え、えーと……何があったのですか?」
レーメ先生が目を開けるとマーリン学院長が長机の上で土下座をしていた。そして、諦めた表情で目尻を押さえているアルベネロを見て、レーメ先生はまた、動揺してしまうのであった。
「夜を共に過ごした云々は置いておくとして、マーリンに、かなり世話になったのは確かです。今回の入学もマーリンの推薦が無かったら無理でしたし」
「アルなら普通に入学試験を受けても、全く問題ないと思うがな。逆に歴代最高得点を更新しすぎて不正を疑われかねないが」
「あまり理解が追いついていないですが、わかりました」
「これからは教師と生徒という関係で長く過ごす。そのうち、否が応でも理解することになる」
「わ、わかりました」
混乱が治っていないが、レーメ先生は、マーリン学院長の言葉に頷く。
無音の中、どのようにしてマーリン学院長が土下座したのか、何も会話すらしていないはずなのに、どうして土下座するような状況になっているのかを、混乱が続いていたレーメ先生が確認することは無かった。
「学院長。そろそろ、特科クラスの様子を見に行ってきますね。自習時間にしていますが、魔法発動の練習を勝手にしていないか確認も必要ですし」
「わかった。様子を確認したら、学院長室に戻ってきてくれ」
レーメ先生が学院長室を後にする。少しの静寂の後、未だに長机の上で正座していたマーリン学院長が目の前でソファーに座っているアルベネロに前から抱きつく。
「アル〜〜」
「はぁ……いつも以上に甘えてくるな。マーリン」
「二人の時にマーリンはやめてくれ。ちゃんと、マナと呼んでほしい」
「わかった。本当にマーリンって呼ばれるのは嫌なんだな」
「マーリンは引き継いだ名前だ。有象無象になら呼ばれても問題ないが、アルには本当の名前で呼んでほしい」
ジーッと見つめてくるマーリン学院長、改め、マナにアルベネロは思わず顔を逸らす。その反応にマナはにっこりと笑みを浮かべて嬉しそうにする。
「ふふ、これはかなり脈ありになってきたのではないか?」
「本当に諦めないな。もう何年も経ってるだろ?」
「時間なんて、関係ない。いや、時間が経つほど、好きな想いが強くなっているから関係はあるか」
「最初に告白されて、もう五年か……」
「うふふ、アルも覚えていてくれて、嬉しい限りだ。八年前、アルに救われた時から、私は惚れているからな。三年も告白を我慢した私を褒めて欲しいところだ」
「本人の前で堂々と言うな」
顔を赤くしているアルベネロは抱きつくマナの肩に手を置けば、ゆっくりと身体を離す。名残惜しそうにしながらもマナは抵抗せずに離れれば、アルベネロの隣へ座る。
「さて、このままアルとたわいもない時間を過ごすのもいいが、レーメが居ない間にいくつか聞いておこう」
「……」
先程まで表情を緩ませ、幸せそうな表情をしていたマーリン学院長が真剣な表情に変わる。その様子にアルベネロも表情が引き締まる。
「……恋人はできてないか?」
「真剣な表情でなにを聞いてるんだ‼」
「大切なことだ‼ 私の恋がどうなるか大きく左右されるんだぞ⁉」
「居ないから、さっさと本題があるなら話せ‼」
アルベネロの言葉にマナはホッとした表情に変わる。しかし、またすぐに真剣な表情に戻る。アルベネロの表情は完全に怒りの表情であった。
「私の中では一番大切な部分なのだが……コホンッ。まずはアル、魔法と眼についてだ。この学院、いや、この魔法使いの世界で、魔導具もなしに魔法を使える者はかなり少ない。まあ、それでも目立つと思うが学院や日常でも、使って構わない」
「わかった。意味なく魔導具を持たなくて済むな」
「ただ、固有魔法だけは本当に使わないといけない時だけ使うようにしてくれ。アルの固有魔法なら、秀才程度の魔法使いでは認識できないとは言え、違和感を確実に与える」
真剣な表情でマーリン学院長は説明する。
固有魔法、それは魔法の中でも、ごく稀に存在する、使用者を選ぶ魔法。固有魔法に選ばれた魔法使いが死ぬまで、他の魔法使いがその固有魔法を使用することができない制限が存在する代わりに、絶大な効果がある。
「ちなみにレーメは天才の部類だ。魔方陣を見られたら、看破される可能性もあるからな」
「もし知られたら……どうすればいい?」
「最悪は記憶を消すが、看破できるほどの相手なら簡単ではない。なるべく知られるな」
「わかった。努力する」
固有魔法は、その貴重さと絶大な効果故に、知られれば、大国や組織に狙われる可能性が出てきてしまう。固有魔法が使えることが知れ渡り、命を狙われ続け、国や専門の施設に保護される魔法使いも居るほどである。
「あと、眼についてだが……」
「それは大丈夫だ。かなり抑えているから、観ようとかなり集中しない限り問題ない」
アルベネロは自分の右目を指差すと、マナを見つめるため、マナもアルベネロの目を見つめ返す。そして、少しするとマナの頬は赤く染まり、少し照れたように視線を逸らす。
「そんなに見つめられたら……照れるじゃないか」
「もう一回、反省するか?」
「じょ、冗談だ。うん、たしかに問題なさそうだ」
慌てながらもしっかりと頷くマナにアルベネロは大きな溜め息を吐きながらも笑みを浮かべている。
「あとは……しばらく、一緒に生活したからこそ、言えることだが、一人で悩みすぎるな。アルは抱え込む癖があるからな」
「……反論はできないな」
真剣な表情だが、心配するような声色でマナはアルベネロを見つめて、注意を促す。思い当たる節が多い様子のアルベネロは軽く苦笑いを浮かべてしまうと、不意に隣で座っているマナに抱きしめられてしまい、立派な双丘の谷間に顔が埋もれてしまう。
「ん、んっ⁉」
「ちゃんと心配する者の気持ちを考えろ。何回、心配したと思うんだ」
「……ありがとう。マナ」
「ふふ、お礼も嬉しいが、しっかり相談するのだぞ?」
「わかった」
アルベネロはマナに抱きしめられた状態で頷く。心配してくれるマナに対して、申し訳なさと感謝の気持ちに頬を少し緩ませる。決して、立派な双丘の柔らかさとか、谷間から漂う甘い香りに緩んだわけではない。
「そろそろ、息苦しい」
「むっ、仕方ない。そろそろレーメも帰ってくるだろうしな」
マナが抱きしめるのをやめると対面にあるソファーへ座り直した。
コンコンッ
「ちょうどいいタイミングだ。入ってくれ」
「失礼します」
「レーメ、早速で悪いがあとは任せるからな?」
「お話は終わりましたか?」
「問題ない。アル、これから共に過ごすクラスメイトへの挨拶だ」
「転校生を連れてきますと伝えているので緊張しなくていいですよ」
レーメ先生がにこやかに微笑んで言う。アルベネロは立ち上がるとマーリン学院長を見る。
「緊張しそうだ」
「ふふ、当たって、砕けと言う言葉があるぞ」
「マーリンらしい、声援だな。ありがとう」
アルベネロとマナは最後、互いに笑い合うと、アルベネロはレーメ先生の元へ移動する。
「それでは行きましょう。学院長。失礼しました」
「失礼しました」
アルベネロとレーメ先生が学院長室を後にする。一人になったマナは両袖デスクに座る。
「青春を謳歌してくれ。きっと、この学院生活はアルにとって、かけがえの無い時間になるはずだ」
アルベネロを見送ったマナは、とても幸せそうな表情でアルベネロの幸せを願うのであった。
ここまでお読みしていただき、誠にありがとうございます。
あまり日を置かずに投稿できるように頑張るとしましたが、とりあえず、一週間の内に1回は最低、投稿できるようには頑張りたいです!
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