94 時空を超えた日記
一行は手がかりを求め
青年が持っていた地図を頼りに、帝都内の
青年が宿泊していた宿へやって来た
外から冒険者が来る事自体かなり珍しいらしく
宿の亭主は青年の事を良く覚えていた
「サイトウ様ですね、はい、勿論覚えておりますよ
いやぁ、まだ若いのに挨拶はしっかり出来るし
誠実そうで、正に好青年って感じでしたねえ
あんた等の知り合いじゃないんですかい?」
冒険者証に記されていた青年の名はミノル・サイトウ
「ええ、先程急用が入って
宿に戻れなくなってしまった為、
部屋に置いてある荷物を届けて欲しいと
頼まれましたの、これを証明にと預かっております」
プロメがそれらしい理由をつけて
青年の冒険者証を差し出すと
亭主は首を横に振った。
そして後ろに控えるフレイアに目を向けながら
「いやいや、神官様もご一緒でしたら
疑う方が罰が当たるってもんですわ
元々帝都に来る冒険者さんに変な方はいらっしゃいません
どうぞ、お部屋はこの通路一番奥の突き当りになります」
亭主は鍵を差し出した
一行がミノル・サイトウの部屋へ赴くと、客室の中は
一人用のベットに簡素な引き出しとテーブル、と
ありふれた安宿の客室だった
文化が全く異なるこの都市て変わり映えしない、という事は
寧ろ外から来る者に合わせているのだろう
ベットの上に皮製の背嚢が一つ
部屋にある青年の荷物はそれだけだった
彼は一体どの様な人間だったのか、
この部屋で彼は一体何を思い過ごしていたのだろうか
各々思いを馳せる中、ゼロスが背嚢を手に取り
長距離の旅に必要な様々な装備、アイテム等を
丁寧に取り出し、確認しながら、一つ一つベットの上に並べていく
それらはどれも、この時代のありふれた物だ
そして最後、背嚢の底の方から
厚みのある古い皮製の手帳が一つ
恐らくここにこの青年のルーツを探る鍵があるだろう、と
ゼロスが一度振り返りプロメ達と顔を見合わせると
ゆっくりと手帳を開く
手帳の中身は日記なのか、幼い文字で書かれた日付から始まった
そこまでであれば何ら不思議は無い日記帳のはずだった
――2701ねん Xがつ XXにち―—
その文字と年号がゼロス達の時代の物である事を除けばである
(2701年...!俺達が眠りに就いた最終作戦の2年後だと...)
ゼロスは力の入りそうになる指先に注意を払いつつ
ゆっくりと丁寧にページを捲っていく
―――――――
—――――
—――
—
えっと、きょうから、にっきをかくことになりました
もうすぐぼくたちは、
もっと、とおくにひなん、するみたいです
そこには、きかいはもっていけないから
こうやって、かみにかきなさい、ってはかせがいいます
もうすぐちじょうでは、がーでぃあんずが
わるいあですをやっつけてくれるのに
どうして、もっととおくにひなんするんだろう?
XがつXXにち
まいにち、おおきなへるめっとかぶって
おべんきょうです、あたまがよくなるんだって
いんぷらんとしゅじゅつ、というのができないから
いっぱい、いまのうちにべんきょうしないと
いけないそうです
ほんとうはあそびたいけど
ぼくはねんちょうさんなので
みんなのりーだーです、がんばらないと
きょう、えらいひとが、ろうかではなしてた
しせつのせいぞんかい、ってなんのことだろう?
XがつXXにち
もうすぐ、じくうてんいそうち、をうごかして
ぼくたちは、ずーっと、とおくのあんぜんなばしょに
ひなんします
でも、まだそうちはかんぜんじゃなくて
ぼくたちのような、ちいさなこどもしか、とおれません
おとうさんやおかあさん、はかせたちは
あとからすぐ、おいかけてくるそうです
それまでのあいだ、ぼくがみんなを
まもらないと、いけないんだって
ぼくがいちばん、おにいさんだから
XがつXXにち
とうとう、あした、しゅっぱつになりました
おとうさんたちや、はかせたちがないています
ちょっとだけ、ばいばいするだけなのに
みんなおとななのに、なきむしだなあ
ぼくは、それくらいでなかないよ
すこしのあいだくらい、がまんできるよ
おにいさんだもん
XがつXXにち
あと1じかんで、しゅっぱつです
みんな、とってもきれいな、いしをもらいました
これがあれば、ひなんしたところにいっても
みんなとあえるんだって
だからぜったい、なくしちゃいけないって
それともうひとつ!
もしなにかあったら、おそらのふねから
がーでぃあんずたちが、すぐきてくれるって
はかせたちがやくそくしてくれたんだって!
ぼくはくろくてさいきょーの
らすとがーでぃあんずにきてほしいな!
—
—――
—――――
「時空転移って...あんたの時代でも
実用化してなかったんじゃないの?」
以前の話を思い出したヴァレラが、プロメに訊ねる
「それは私達が眠りに就く2699年までの話
この日記はどうやらその2年後
生き残った人類がその後も開発を進めたみたいね
恐らくそれも必要に迫られ、未完成な形で...」
「追い込まれて、か...」
ヴァレラ自身もまた、そうだった
地下シェルターで追い込まれた皆はやむを得ず
まだ完全でない冷凍睡眠装置を用いて
何時目覚めるかもしれず僅かな可能性に掛け
シェルター内の一部の人員だけでも生き残らせる為に...
だからこそ彼女がここに居るのだ
次のページを捲ると、文字自体は前のページまでと同じだが
ペン質が変わったように見える
—
—――
—――――
?がつ??にち
ぼくは、みたこともないところにきた
そらには、くろいくもがなくて
すごくあおいてんじょうがひろがってる
でんきみたいに、あかるくなったり、くらくなったりする
でもみんないない
じゅんばんに、そうちにはいったのに
ぼくはしんせつなおじさんと、おばさんにあった
おうちにつれてってくれて
みたこともない、おいしいごはんや
きれいなおようふくをもらった
でも、おはなしできない、どうしてだろう?
?月??日
ぼくが、おはなししようとしたり
このにっきをかいていると
おじさんとおばさんが、こまったかおになる
ふたりとも、とてもいいひと
ぼくはこまってほしくないから
しばらくにっきをかくのやめようとおもう
—―――
—―
次のページを開くと、今までとは全く違い
綺麗に整った書き方、そしてこの時代の文字へと記入方法が変わる
—―
—―――
AC歴577年 X月XX日
今日と言う節目を新たに、僕は再びこの日記を手に取った
僕には幼少の頃、まるでおとぎ話のような別世界の記憶がある
それは夢、子供の頃の妄想だったのではないか?と
何度も考えた。
けれど、この日記の存在が
それが夢でも妄想でもない事を証明している
僕は今年で15歳を迎える事となった
そして今日、僕は冒険者になった
それはきっと、僕と同じくこの世界に飛ばされてきただろう
弟や妹達を探す為にだ
幸い僕はとても親切な人達に拾われた
しかしそうでは無い子も居るかもしれない
何処かで一人、迎えを待っている子が居るかもしれない
ここは何処なのか、本当にあの世界からすれば
異世界に来てしまったのか、
分からない事だらけだ。
だからこそその答えを探しに行こうと思う
きっとこの手帳と共に
僕の手にあった石が導いてくれるはずだ
AC歴578年 X月XX日
やはり僕はこの世界の人間ではないと言う事なのだろう
1年旅をして、僕以外の魔法が使えない人間には出会った事が無い
魔具を使う事が出来ない僕は
何とかパーティの荷物持ちや雑用係として
色々な冒険者に同行させて貰っている
当然報酬の配当は殆ど貰えない
けれど少しづつだけど、色々知る事が出来た
遺跡の事、もしかしたらここは異世界何かじゃなくて...
いや、まだ結論付けるのは早いかな
AC歴579年 X月XX日
やっぱりここは異世界何かじゃない
今日、テストラ王国の遺跡に潜って確信した
ここは...僕らの居た世界のずっと未来なんだ
どれ程の時が経過しているのか、詳しくは分からない
けれどこの世界に遥か古代の遺跡として残されている施設
その中には間違いなく見覚えがある構造や技術があった
時空転移装置を通った僕たちは、空間だけでなく
時間さえも移動してしまったんだ
僕の知っている人達はこの時代には一人も...
皆は何処に飛ばされたのだろう、石は一度も反応しない
僕は...
AC歴580年 X月XX日
冒険者ランクがついにCランクに上がった!
これを機にこれからはソロで活動しようと思う
色々なパーティで身に着けたノウハウに加えて
魔具は使えないけれど、幼少期に受けた
脳の活性化処置、学習処置によって
どうやら僕の頭は大分この時代の人達より
機械全般に関する理解力に長けているらしい
おかげでオリジナルの装備を造る事も出来た
これなら十分魔具武装にも引けは取らないだろう
遺跡では魔技師の真似事の様な事をして重宝もされた
遺跡の構造技術にも多少覚えがあったのと
魔具の構造自体や動作原理は
僕から見ればそう複雑ではなかったからだ
今にして思えば魔技師になっていれば
冒険者に成るにせよ、生活するにせよ
もっと簡単だったのではないだろうかと思う
AC歴582年 X月XX日
この世界は何かがおかしい、
伝承や遺跡として残ってはいるけれど
僕らの時代の技術や文化は
一度、完全に途絶えている。
今日、ミヤトの帝都を見て確信した
偶然似てる訳じゃない、あれはどう見ても昔
日本と呼ばれた国にあった文化だ
今にして思えば公国の大時計塔はビックベン
南方の共和国のモニュメントはピラミッドだ
進化していく上で文化や技術が類似する事は
あるかもしれない、しかしここまで
完全に一致する事などあり得ない
それが遺跡として残っているならまだしも
どれもこの時代で再び新たに築かれた物だ
この時代は、世界は、何物かによって
何らかの意図を持って構築されている...?
そんなの事が可能なのか、それこそ神でも無ければ...
考えてもしょうがない、残念ながら
今回は帝都ミヤトへの入国許可が下りなかったが
必ずまた戻ってきて調べよう
きっとどこかに手がかりがあるはずだ
そして待ってる仲間が居る筈なんだ
僕は一人なんかじゃない、もう迷わない。
AC歴583年 X月XX日
凄い!大発見だ!凄い凄い凄い!!
さっき望遠鏡を使って、なんとなく夜空を見て居たら
一瞬特に輝く星を見つけて覗いてみたんだ、そしたら!
ガーディアンズの航宙艦だったんだ!
あのシルエットは間違いない
子供の頃、部屋に吊り下げられてたおもちゃや
ポスターで何度も見て形ははっきり覚えてる
あーっ、ここからじゃ色まで見えない
一体どのガーディアンズの船だろうか?
ヴァンガード?ストーム?それとも...
確か教会では神の剣が天に浮かんでるなんのって
話を聞いて居たけれど、正直全く信じてなかったんだ
それがまさか航宙艦だったなんて!
それもガーディアンズのっ
何で今まで気付かなかったんだろう、
そうだよ、この世界が僕らの世界と時間を経て繋がってるなら
アデスが1匹も居ないじゃないか
僕らが子供の頃、地下深くに避難を余儀なくされた時
地上はアデスに埋め尽くされ、
ずっとガーディアンズ達が戦い続けてると聞いていた
彼らはきっと役目を果たしてあそこに居るに違いない!
でもこの時代の技術設備では衛星軌道上の船まで
信号を送れる程の装置なんて作れそうも無い
くそっ!あと少しで手の届きそうな距離に
大事な手がかりを見つけたって言うのに...
でも僕は諦めないぞ、まだどこかの遺跡に
軌道上と通信可能な装置が残っているかもしれない
ガーディアンズに連絡を取る方法を見つけ出してみせる!
それに仲間だって、必ず見つけ出す!
あー今日は眠れるだろうか、興奮しすぎて目がギンギンだよ
AC歴583年 X月XX日
今日はなんと!一年越しにようやく帝都ミヤトへの
入国許可を得る事が出来た!
帝都には遺跡がない、にも関らず、特殊な技術を有し
そして明らかに旧世界の日本を彷彿とさせる文化形成
これを辿ればこの世界の違和感の正体に近づける気がする
それに加えて、どうやら僕は元々日本出身の家系らしい
幼い頃、本当の両親がそう語ってくれたのを僅かに覚えている
僕が生まれるよりずっと前に、国という概念は
当に無くなってしまったけれど
非常に興味はある、とても楽しみだ
―
―――
―――――
最後の日付は3日前だった
「「「......」」」
一同を重い空気が包む
日記の内容からこれを書いた青年が何者であり
彼がどのような境遇を経てここにいたのか
共にゼロス達と歩んできた者達にはある程度理解する事が出来た
そして知ってしまった
「...あ、あの......」
セルヴィが口を開くが、言葉が続かない
「...ええ」
プロメがただ肯定する
99%自分でも理解できた結論
けれど1%はそうではないかもしれない
俯くセルヴィを見つめながら、プロメは続けた
「今まで不確定要素が多すぎて
可能性の一つでしか無かったけれど
これで全てのピースが揃ったわ」
恐らく今、地球上で最も正確な計算を可能とする者が
その1%の答えを導き出した
「そうよ、あなたは私達と同じ時代から
時空転移してきた子供達の一人
この時代の人間ではないわ」