85 機械仕掛けの心
「アンドロイドが意思を持った...という事ですか?
でもそれってプロメさんを見ていると普通な気もしますが...」
ロボット・アンドロイドの概念を持たない
セルヴィならではの疑問であった
セルヴィが唯一知るその様な存在はプロメだけであり
彼女は感覚としてプロメを自分達と同じ存在、
仲間として捕らえている
「どれだけ人らしく振舞おうと、
私は人間を補助する為に生み出された機械
あなたがこの前バルザックで直した魔具の耕作機
あの機械に顔を描いてある物と本質的には同じ物よ」
「うぅん...そうなのでしょうか...」
どうも感覚的に納得できないと言う様子のセルヴィ
「まぁ今は深く考える事は無いわ
人が機械を機械と割り切れぬ倫理観
意思とは何かという事は昔から永遠のテーマだもの
答え何て簡単に出る物ではないわ」
「はい...すみません脱線してしまって
アンドロイドの事、分かりました!」
プロメの言葉に、セルヴィは頭を切り替える
「しかし、コンピューターの暴走、
人が自ら生み出した存在に滅ぼされる
良くSF映画で描かれるテーマよね
けどそれが現実になるなんて、笑えないわ...」
ヴァレラは既に既に開示された情報から
既におおよその結論、ここを作った者達が向かえた結末に
ある程度見通しが立っている様だった
再びモニターの場面が切り替わり
一同は再び目を画面に戻す。
―『何とか電磁パルス発生装置の敷設が完了した、
これでドームシティをアンドロイド達の
直接侵攻から守る事が出来るだろう
だが...状況は芳しくない...
既にシティ以外の採掘基地を始めとする
外部施設とは連絡が途絶えている...
その後程なく、外部回線から一斉に電子攻撃が始まった
アンドロイド達による攻撃だ...
彼等が我々を滅ぼすのに
態々一人一人直接殺す必要など無い
施設の酸素供給装置を止めるだけで良い
彼等は実に論理的だ...そして躊躇わない...』―
この施設内の通信回線が切断されているのは
予測通り、意図された物だった
―『彼等に何故自我が目覚めたのか
その原因は不明だ...しかし...
彼等が一つの意思を持つ存在だとするのであれば
我々は人間は、彼等アンドロイドに何をしてきただろうか
足りない労働力を補う為
人が到達出来ぬ過酷な環境の作業を代行させる為
彼等は大量生産され、人類の為に酷使され続けて来た
しかし徐々に余裕が産まれ始めた人々の中には
アンドロイドを不満のハゲ口として
暴行・破壊・果ては、幼児の世話をする為の
女性型アンドロイドが慰み者にされるという
痛ましい事件まで起きる様になって居た
これは人の業が引き起こした因果か...
我々は自らの手で...
第二のアデスを産み出してしまったのかもしれない』―
彼は静かに目を閉じ、カメラのスイッチに手を掛ける
そして再び映像が切り替わる
ザザ...ザッ...
―『外部との接続を遮断し、籠城して半年が経った...
幸い地熱発電によって施設のエネルギーは保たれ
電磁パルス発生装置も問題無く稼働を続けている』―
モニターに映し出された男は、目に深いクマを作り
髭も無造作に伸び、体全体も細くやつれた様に見える
―『だが...増えた人口を支える為には食糧を始め
数多くの生活物資が不足している。
先日、第四次生産プラント奪還作戦が実施されたが、
誰一人として帰っては来なかった...
最早体の良い口減らしだ。
データベースからハッキングなど電子戦による
影響を受けない時代の装備を復旧し、
戦力を構築したが...その力の差は剣で銃に挑む様な物だ
元々我々は軍隊組織ですらない、無謀な特攻に他ならない
だが、もうそれ以上我々に出来る事は残されては居ないのだ...
このまま我々はアンドロイドの軍団に包囲され
緩やかに兵糧攻めのまま息絶えて行くしか無いだろう...』―
ザザッ...ザッ...
―『最早我々は人では無い...
親が子の亡骸を喰らい、
明日を生きる為に同胞すら手に掛ける
獣...畜生、それ以下の亡者に成り果ててしまった...
人は滅びるべくして滅ぶのだ
我々は...存在しては成らなかったのだ...
ここは地獄だ...そう目覚める前と同じ地獄...
悪夢は永遠に続いているのだ!
ふ、ふはっ、ふはははははっ!』―
次に映し出された男の髪は無造作に伸び
髭も手入れがされた様子も無くボサボサになり
目は見開かれ、カメラに焦点があっておらず
その形相はまるで別人と見間違えてしまいそうに成るほど
狂気の色染まっていた
ザザザッ...
再び画面が切り替わると、風景が前回までと異なる
男の前には作業台が置かれ、様々な機器に囲まれている
研究室・作業室の様な場所であった
そして作業台の上にはセルヴィと同じくらいか
それよりもう一回り小さいだろうか、
少女を模った、作りかけの機械の体が横たわっている
―『我々、人はもうすぐ滅ぶ、
そしてこれからは彼等、アンドロイド達の時代を迎えるだろう
それは自然の摂理だ、抗うまい、
人は過ちを犯し、醜さ、悪を心に持って居る
その罰を、これから我々は償わなければならない
しかし人の心は悪だけではない、思いやる心、善の部分もある
私は彼等に、彼等の産みの親である人類からの送り物として
そんな部分を、残したいと思う
今製造しているこのアンドロイドは
愚かな人間、けれどその中にある、善の心を引き継いで貰う為に
今持てる我々の全ての技術を注ぎ込んだ特殊モデルだ
どうか彼女が完成するまでは...
彼女がアンドロイド達をより良い未来に導ける事を願う』―
それは狂気の向こう側とも呼べる物なのかもしれない
男の顔は何処か晴れやかだった
ザザッ!!
ウィィイイン!
―『けほっけほっ!!』―
ウィィイイン!
まだ画面が切り替わると、
場所は再びこの制御室の映像に戻り
激しく咳き込む男が映る
その背後ではけたたましい警報音と共に
周囲の証明が緊急を知らせる赤色に点滅している
―『これが...最後の記録となるだろう...げほっ...
先程...施設の酸素供給装置が破壊された...
やったのは...ALICE...私が生み出した
特殊モデルのアンドロイドだ...』―
よく見ると男の背後、壁際には多くの人がもたれかかる様に
力なく座り込み、また、倒れ、息絶えて居る様に見えた
―『アンドロイド達が...げほっ...自我に目覚めたのは...
自然発生的な事象では...なかった...
箱舟の...管理A.I...NOVA...げほっ!
はぁ...はぁ...いや、理由など...最早意味はあるまい...
まだ...ALICEには...人の前の心を...届けれてはおらぬ...
もし...もしこの映像を見るナニモノか、居れば...
どうか...彼女に...この...デバイスを...』―
男はコンソール横に置かれた箱型の格納容器を指し示した
改めてモニターから目を離しその場所を確認すると
映像と全く同じ箱が置かれている
それが施設の装置の一部なのか、改めて確認するまで
誰もそれを容器箱とは認識出来ないでいた
―『もし...彼女に...げほっ...会う事があれば...
どうか...渡し...私達の...むす...め...』―
言葉は最後まで紡がれる事無く
男はそのまま引きずる様にコンソールから崩れ落ち
カメラから姿を消した
画面には誰も動かなくなった制御室で
警報音と赤の警告灯の点滅が続いていた
「...」
映像が終わり、画面が消えると、皆沈黙に包まれた
「全ては解りませんでしたが...凄く悲しい人だったのです...」
「ああ」
ゼロスが小さく頷く
「あの...その...何と言って良いか...残念です」
彼等はゼロスと同じ時代の者で
そしてゼロス達と同じく生き延びる事が出来た
にもかかわらず今よりずっと前に、既に滅びてしまっていた
彼の喪失感を想うとセルヴィはやり切れない気持ちになった
「ああ...」
再びゼロスが、先程よりも少し静かに答える。
「感傷的になるのは解るけど、それは地上に戻ってからね
遠い過去に過ぎた事よ
まずは本来の目的に戻りましょう、
有益な情報は数多く得られたわ
この施設は私達と同じ時代の生き残りによって
つい、数万年程前に築かれた
当時、外は今とは全く異なる環境であり
その時点では魔物や亜人の野生動物すら存在して居なかった
そして当時の生存者達を脅かしたアンドロイドの存在...
これについて何かヴァレラちゃんやセルヴィちゃん達に
心当たりは有るかしら?」
プロメが沈みかけた場の空気を持ち直し
目的遂行へと促す。
「いえ、そんな高度な存在は聞いた事が無いです」
「私も無いわ、魔導ゴーレムという
自立機械の技術は研究されてたけど
あんた等の技術とは全く違うタイプの技術ね」
両者共に心当たりは無さそうだった
「なるほどね、ありがとう
とすると、やっぱり後はアレ、よねぇ...」
全員の視線がコンソール横に置かれた箱に集中すると
ゼロスが何も言わず箱の前まで歩み寄る
「エネルギー反応は無いわ
映像記録から察するにトラップという事も無いでしょう」
プロメの言葉に僅かに頷くと、箱にゆっくりと手を掛ける