84 遠い過去の生存者
—『この箱舟施設NOVAはハルマゲドン計画が実行され
死の惑星へと変貌を遂げた地球環境が
再び人類が生存可能な環境に回復するまで
人類を長期保存、生存させる為の施設の一つだ』—
モニターの男が続けて語る
「第883箱舟施設の存在はデータベースに該当有り
けれど、ここの都市施設とは違うわね
恐らくこの映像は別の場所で撮られた物よ」
プロメが言う
—『そして今から数日前、施設のコンピューターが
地球環境の回復を確認し、我々を目覚めさせた
一体どれ程の時が経過したと言うのか...
施設内の多くの設備は機能を停止
肉体を持つ生存者は一人も確認されなかった...
AIは規定のプログラムに基づき、
保存されていた遺伝子情報から肉体を生成、
人工量子脳を埋め込み、
そこに人類の復興に適した人材を優先し選び出し
記憶と人格情報を入力、専門家83名を復元した
私はその一人、そう...私はクローンだ。
既にオリジナルの私は、もう...
ポッドの中で朽ち果てているだろう...』—
男が俯きながら険しい顔をする、
1度深く息を吐くと、再びカメラに向き直り
—『外部との通信を試みたが一切応答は無い
通信波のみならず、電波すら観測出来なかった
生き残っているのは私達だけなのか...?
その私達も...
人工の体と脳に紛い物の人格と魂を与えられた私達は
果たして人と呼べるのだろうか...?
いや...そんな疑問は無意味か...
私は今、ここに居る
数え切れぬ程の犠牲と、願いを経て、
今ここに、私という存在が、まだ生きているのだ
もう施設にはこれ以上クローン体を産み出すだけの
エネルギーも原料も残されてはいない
人類の命運は我々83人の双肩にかかっているのだ。
どれ程険しい道のりとなろうが
私は...必ず人類を復興して見せる!』—
その瞳には強い決意を宿していた
ザザッ...ザッ...
再び画像が乱れ、切り替わる
画面に映る男の表情は険しく
先程より少しやつれた様に見えた
—『.........残念な事に本日...1人目の犠牲者が出てしまった』―
僅かな沈黙の後、重い声色で話し始める
男の背後には前回とは異なり、同じ制服を着た者や
何やら厚手の全身スーツに身を包んだ者達が
忙しなく左右に行き交っている様子が伺えた
―『外の様子は緑豊かな植生が回復しており
豊かな水、大気も確認され、
完全に地球環境は回復しているかに思われた
しかし...先程、外で大気調査を行っていた調査隊の1人が
酸素マスクを外した結果、即座に痙攣を起こし、息絶えた
軽率な行動ではあったが、その直前
調査隊が外で直接行った環境測定にも
異常は見当たらなかった
通常の環境測定では検知出来なかったが、
先程、詳細な分析の結果、この星は...
未だ人間が生存出来る環境には至っていない事が判明した。
原因は...アデスだ』―
【アデス】、その言葉にモニターを見つめるゼロスの手に僅かに力が籠る
―『大気中にはアデスを構成していた物質
細胞とも呼ぶべき因子が微粒子化して存在している...
アデスはその姿を消して尚、未だに
我ら人類に滅ぼさんと牙を向いていたのだ
死亡した調査員の体を調べた所
外気と直接接触する事でアデス因子は体内へと取り込まれ
人間の細胞と結びつくと強力な拒絶反応を引き起こし
ショック死に至るという事が分かった
我々はこの美しく見える地球を
防護服無しでは歩く事は出来ないだろう...』
横に居るプロメに視線を送ると、
ゼロスが言葉にするよりも早く彼女が答える
「アデス因子は、魔物と呼ばれる生物の体内からは検出しているけれど
大気中に含まれてると言う状態ではないわ
今の私の機器では観測できないだけで
僅かに存在している可能性はあるけれど
少なくともセルヴィちゃん―...彼女達が問題なく生存している事を見れば
この映像の環境と今のこの時代は異なると見ていいわ」
魔物だけでなく、セルヴィ以外の
この時代の今まで見て来た全ての人間、
そしてヴァレラの中にも、皆アデス因子が存在している
という部分は濁すプロメ
セルヴィは兎も角、ある程度近い
技術水準の知識を有するヴァレラであれば
何等かの疑念を抱いても不思議では無かった為だ
納得した様に再びゼロスはモニターに視線を戻すと同時に
ザザッ...ザザ...
再びモニターの場面が切り替わる
同じ男が今度は作業用の服装に身を包み
その背後を何台もの大型重機や大型車輛が行き交っている
―『ドローンや密閉型の大型重機の投入によって
調査は半径150㎞まで達し
周囲に豊かな資源に囲まれている事が分かった
半年前の犠牲を教訓に、それ以降は無事一人も欠ける事無く
この日を迎えられた事を嬉しく思う
今日、若い研究員達の間に新たな命が宿ったと発表された
施設の皆の表情も明るくなっている
これは人類復興を目指す我々にとって大きな1歩となるだろう』―
そう言う男自身もまた、何処か
嬉しそうにセルヴィには見えた
(エンシェントと呼ばれる人達も、ゼロスさんも
やっぱり私達とそう変わらない、同じ人なのですね)
そのごく自然な当たり前の反応に
何となく安心を覚えるセルヴィ
ザザッ...ザザ
再び切り替わると、先程までと同じ様に男が映る
その顔は少し皺が増えた様に見える
また、それとは別に大きく異なる点が一つあった
映像の背景だ、そしてその背景には見覚えがあった
セルヴィがキョロキョロと周囲を見回している
そう、その背景とは、今まさに皆が立っている、ここだった
―『箱舟から南西に約200㎞の平野に
ついに我らの新居が完成した
相変わらず地下暮しではあるが
箱舟とは違いここならより多くの者が生活していけるだろう
83人から始まった我々も、間もなく120人に成ろうとしている
自然分娩も含め、箱舟に保管されていた遺伝子情報を元に
人工子宮による出産も開始された
確実に1歩1歩、人類は再び蘇ろうとしている
現在この施設は地下だけだが、将来的には施設の上に
巨大なドームを建造するというプランもある
だが、まだ課題も多い
ドローンだけでは外部の細かな作業には限界も多く
まず人が足りていない、
先の会議で一人の若い科学者が
アンドロイドを使って見てはどうか、と提言していたが
大戦前に様々な分野で導入されていた技術か、
データベースに参考に成る情報も多く残っているだろう、
中々に興味深い、後で彼の話をもっと聞いてみたいと思う』―
「無事、作れたんですね...」
必死に前に進もうと全力で取り組む男の熱意は
モニター越しにもセルヴィにも伝わってくる
「ええ、そうね」
プロメがそう言うと再びモニターの画面が切り替わる
その返答からは感情が読み取れない
ただ好意的に同意した物ではない様にセルヴィは思う
プロメは既にこれから流れる映像の内容も
映し出されていない他の内容も、既に把握しているのだろう
―『ついに表層のドームシティが完成した
皆、挙って地表の出口へと駆け
エネルギーフィールド越しにではあるが
直接、肌に感じる日の光の暖かさに感動している』―
モニターに映った男は、グレーがかった髪が完全に白に染まっており
前の映像から更に幾年月が経過している事が伺える
そして男の背後に映し出される風景には
数多くの人が日の光を浴び、子供達が緑の上を駆けまわる
映像の端に写る外壁は、バセリアの外壁と同じ物であった
―『人口はもうじき3000に達しようとしている
間もなく過去の戦争を知らない世代が大人になり
程なく更に次の世代の子を産んでいく事だろう
ここまで急速に都市の建造を進められたのも
アンドロイド達のおかげだ
足りない労働力を補い、マシンの体であれば
外の環境でも問題無く作業する事が出来る
既に2万体以上の個体が生産され
人間に変わり過酷な環境での作業に従事している
少なくとも外の環境を克服する術を手にするまでは
我々にとってアンドロイド技術は必要不可欠な存在である』―
「あんどろいど...とは何ですか?」
「ロボットの事よ、
私も空想の物語でしか知らないけどね」
セルヴィの疑問にヴァレラが答える
「ゼロスさんの様に体が機械の人の事...でしょうか?」
「ああそっか...この時代じゃ
ロボットも知らないか」
「彼はサイバネティック処理を施された人間、
サイボーグよ、それに対してアンドロイドと言うのは
私の様にある程度の判断力や知性を有する人型の機械の事よ
私は本体は戦闘航宙艦のAIだけどね」
プロメがフォローする
「な、なるほどです...そんなのポンポン作れる何て凄いですね」
「そうね、大戦中はアンドロイド作るより
人の命の方が安くなってしまっていたから
1体のアンドロイドを造るなら10人分の武器を、とね
もしアデスが現れて居なければ、
私達の時代もアンドロイドに依存、
そういう社会になってたかも
そして...彼等と同じ結末を迎えていたかもしれないわね」
「え...?」
そして再びモニターの映像が切り替わる
背景は再びこの中央制御室に戻っていた
男はコンソールに両手を付き、項垂れている
そしてゆっくりを顔を上げると
そこには先程まで未来を語っていた
希望に満ちた輝きは瞳には無かった
―『我々人は...
再び大きな過ちを起こしてしまったのかもしれない、
アンドロイド達が一斉に暴走...いや...
彼等に自我が目覚めた
そして
人類に宣戦布告、反旗を翻した』―