79 深まる不自然さ
「間違いなく、ここは私達の時代の技術によって築かれた物よ
そして...ここは私達の時代に築かれた物ではない」
遺跡に足を踏み入れてから、ずっと周囲を観察していたプロメが
この状況から導き出した結論だった
「えと、それってどういう...」
「あいつらがいた時代よりずっと後に
あいつらの技術で建てられたって事ね」
ヴァレラがセルヴィに噛み砕いて教える
セルヴィが、改めて壁の表面や基部を見てみると
その構造は、最初に訪れた草原の遺跡と酷似しているように見えた
「その通り、ヴァレラちゃんの時代よりずっと古いけれど
推定、数万年程度しか経過していないわね」
「しか、って言われても私からすれば
十分気が遠くなるほど昔だけどね...」
この遺跡が建てられたのは
軽く見積もって、ヴァレラの時代よりも更に数十倍、時の流れを遡る事になる
人の身には十分すぎる程遠い、想像を越えた時の流れであった
「さ、進みましょう
それが何故か、という答えは奥にあるはずよ、」
キョロキョロと辺りを興味深そうに
見回しながら進むセルヴィに対し
ヴァレラは頭の後ろで手を組みながら悠々と進む
彼女は遺跡には興味がないようだ
彼女にとってはこの時代
この世界そのものが既に異常であり
ゼロス達の時代もまた、彼女にとって
等しく異常である事に変わりは無かったからだ
一行は、とても幅の広い中央通路を真っ直ぐ進んでいく
この通路は、亜人達の村に、あの貴族が持ち込んだ巨大な神機、「戦車」と呼ばれた乗り物ですら
5台が横一列に並んでもまだ余るほど広かった。
恐らく、古の時代には、あのような巨大な乗り物が多く使われており、
この通路は、あのような巨大な乗り物が、自由に行き来出来るように作られた物なのだろう、とセルヴィは推測した。
奥に進むにつれ、徐々に魔具照明、注意書きの看板など
今の時代の人の手が加えられた形跡も減り、薄暗くなっていった
しかし周囲にはまだ、観光客の一団の姿もあり
未知の遺跡探索、という緊張感はあまり感じられない
一行はそのまま、ただただ遺跡の中を突き進み、
何事もないまま、早速4階層に到達してしまった
しかしそこからは少し雰囲気が変わってくる
上層階の様な巨大な通路は無くなり
人が通れるほどの小さな通路が無数に広がっていた
一般人の姿も全く見当たらなくなり
稀に奥から引き返してくる冒険者や
調査隊とすれ違うのみとなった
空間も狭まり、数多くの通路が入り組む構造になっている
恐らく一般見学者の立ち入りが3階までとなっているのは
この複雑な構造のためだろう
更にフロア下り、5階層に到達した時だった
構造自体は4階層と左程の違いはなかったが
これまで薄暗かった構内が
この階層では明るさを取り戻していた
施設の照明がまだ生きていた為だ
「この辺にはまだ電力がしっかり来てるようね、なら...」
ゼロスと共に先頭を歩いていたプロメが
突如横道に入った
「あ、6階層への階段はこっちですよ、
その先は行き止まりで何もないです?」
後ろの方で、遺跡の地図を見ていたセルヴィが声をかけ、
元進んでいた道を指さした
「ちょっとね、この先に用事があるのよ」
プロメが、何か考えのある様子でそう言うと、
再び歩き出し、皆も彼女に続いた。
ヴァレラ、セルヴィ両名も後を追う
横道を進む事数分、一行は袋小路の突き当たりまで来た
地図に書かれていた通り、ここには何も無い様に見えた
不思議そうにセルヴィが後ろから見ていると
プロメはそのまま壁に向かって進んでいく
彼女が壁の手前まで来ると突然、壁の出っ張りの部分が動き始め、
中から何かの操作装置が姿を現した
「それは?!」
驚いたセルヴィが訊ねた。
「これだけ大きい施設だもの
当然中枢にはメインコンピューターが有るはず
そしてメインコンピューターにアクセスさえ出来れば
ここで全ての情報が手に入るから
わざわざ一番下まで行かなくても良いのよ」
「なるほどね、それはこの施設の端末って訳ね、
でもそう言うのって、プロテクトとか強固なんじゃないの?」
ヴァレラはプロメの話がすぐ理解出来たようだが、セルヴィには、彼女たちの話の半分も理解出来なかった。
ヴァレラには伝わっている様だった
今は話の流れを止めるのも悪いので
地上に戻ってからヴァレラに聞いてみよう、
と、セルヴィは疑問を飲み込んだ。
「ふふ、お姉さんに任せておきなさい
人類最高の量子AIの演算能力《力》を見せてあげるわ
.........って、あら...?」
そう言いながら端末に手を翳したプロメが
怪訝そうな表情を浮かべた。
「どうした、」
横のゼロスが訊ねる。
「中枢へのアクセスが切断されてるわ」
「何よ、大見栄切って置いて
出来ないとか言うんじゃないでしょうね?」
ヴァレラがジト目でプロメを見つめる
「システム的な要因じゃないわ、
文字通り、物理的に”断ち切られている”のよ」
「長年の発掘作業によって
通信回線が持ち出されてしまったのではないか?」
「それも考えたけれど、
この施設が私達の時代と同じ技術と概念で設計されている以上
通信回線は電力配線とほぼ同じ系統で設置されているはず、
そしてここはまだ電力が生きている
もし何も知らずに持っていくのであれば
電力系統だけ避けて通信系統だけ持ち出すと言うのは不自然よ」
「ふむ...」
「それに今、同時にここの端末からアクセス出来る
施設内の352の端末を経由して確認したけれど
その全てにおいて、メインコンピューターへの通信回線が
主回線、予備回線共に切断されてるわ」
「300以上の端末が全て...か...とすると
切れた、ではなく、切った、か」
「そう、これ程の状態で維持されている施設が
風化や劣化、又は人為的に一部が持ち出されたとしても
その全ての端末が、それも通信回線だけが切断されている。
これは最早、構造を理解した者が意図的に
行ったと考えるのが自然ね
恐らく、この通信回線の切断は、過去に
この施設を使っていた者達の手で
行われていたのではないかしら?」
「ふむ...このジャミングに通信回線の物理的切断...
かつてここに居た者達は何かと戦っていたのか...?
それも電子戦が強く影響する様な相手と…」
ゼロスは断片的な情報から、過去なにがあったのかを推察してみた。
「確かにEMP攻撃を仕掛けて来るタイプの
特殊型アデスも少数存在を確認しているけれど...
こちらから仕掛ける様な相手はデータには無いわね、
何にせよこれで直接、メインコンピューターのある中枢に行くしかなくなったわ
端末に残されていたデータからこのフロアの情報を入手したわ
丁度このフロアには、下層の中枢へ伸びるメインシャフトに通じてるみたい
そこに行けば、まだ動くかどうかは解らないけど
一気に中枢まで下りられるはずよ」
一行は再び元来た道へと引き返し、中央通路に戻った
今度は、行き先を把握しているプロメが、ゼロスに代わって先導した
若干ゼロスより前に出て先頭を進む
幾らも進まぬうちに、プロメが途中で通路を曲がった
地図に書かれた経路とは異なる方向であったが
正しい道を知るプロメを、止める者は居ない
やがて道は、また行き止まりになった。
しかし先程と違うのは、突き当りには半開きになった金属製のドアが有り
その前で
武装した衛兵が二人、立ちはだかっていた事だ
「何だお前達は、ここから先は立ち入り禁止区域だ」
「先に進むにはどうすればいい、」とゼロスが訊ねると、
「ん?冒険者か、
ここは国が指定する発掘区域だ、
従って国の職員や国から許可を得た者しか通れん、
冒険者が希望して通れる場所ではないんだ、すまんな」
「あら、”国の許可”があれば、通れますのね?」
プロメがその口元に、ニヤリと意味深な笑みを浮かべた。