69 弄ばれる願い
「ようこそおいでください下さいました!
ヴェンデルス卿!!」
赤絨毯の先に膝を折り、特区の代表と見られる老亜人の男性が
深々と頭を下げ、村の権力者と見られる面々が出迎える
端にはアレスの姿もある
「うむ、」
「私は特区のまとめ役をさせて頂いております、ザナ...」
「名などどうでもよい、我は長旅で足が疲れておる
はよう席まで案内するがよい」
「は、ははぁ!申し訳ありません!
ささ、こちらへお越しください!」
老亜人の男性が先導し
広場に築かれた壇上の一番高い席へと案内する
途中、壇上の前まで来た時、貴族の男が
亜人たちの村で亜人ではないゼロスたちの姿に気付き
足を止める
「ん...?彼らは...」
ちょうど貴族の真横に位置したアレスがひざまずいたままで答える
「はっ!彼らは都市バルザックより
われわれの商団を護衛して頂いた
名高い冒険者の方々に御座います!
バルザックのギルド長、ガルム様より
直々に、お供にと授けて下さいました!」
「ふむ...バルザックのギルド長...か、」
一瞬貴族の男の顔に何やら不審な表情が走るも
「亜人たちの護衛、大儀であった」
一言そう言い放つと、さらに上段の席へと通り過ぎて行った
その言葉に対し、セルヴィ以外の者が誰一人礼を返さなかった事に対し
貴族が目元を細くした事をヴァレラは見逃していなかった
「なにあれ、いかにも時代劇に出てきそうな、嫌な感じの貴族ね
挨拶しようとしてるのも聞きもしないで
あれ、絶対ろくな奴じゃないわ」
「ヴァ、ヴァレラさん、聞こえちゃいますよっ!」
セルヴィが慌てて声を潜めてヴァレラを止める
貴族の男が席に着くと、それに続くように
馬車に同乗していた、身なりの良い男がそのすぐ脇に控える
恐らく秘書の様な物だろう、と一行は思った
貴族の男が席で膝を組むと
横の秘書に対し【耳を貸せ】というしぐさをすると
すぐに秘書の男が膝を尽き、貴族より頭を低くしながら顔を近づける
「…剣士の男…構わぬ…精鋭……良い……しろ」
と、何か貴族の男が秘書の男に耳打ちをする
距離は近いが周囲の者たちの歓声により
ハッキリとは聞き取れなかった
貴族の男が言い終えると、すぐに秘書がその場を離れ
壇上脇に控える護衛の兵士たちの長と見られる者の元に赴き
何かを告げている
話は1分も続かず、兵士が了解を示す様に首を縦に振ると
すぐに秘書は再び貴族の後方やや横に戻り
後ろで腕を組み控える
間もなくして、壇上中央に設置された演説台の前に
先程貴族を出迎えた老亜人の男が立つ
「皆の者、鎮まるんじゃっ!
いよいよこの村にヴェンデルス卿をお招きする事ができた!
この記念すべき日...」
村の長による口上が始まる
広場の横には長いテーブルの上に
さまざまな料理が乗せられており
食欲そそる匂いが賓客席に座るヴァレラたちにも届く
「ほんと、お偉いさんって言うのはこういう長ったらしい
演説好きなのは亜人も人間も変わんないわねぇ」
「まぁまぁ、もう少しの我慢ですから、」
「その少しの間にせっかく出来たてが一番美味しいのに
料理が冷めちゃうわ...」
ヴァレラとセルヴィが声を潜めて会話していると
賓客席の方に一人の兵士が身をかがめながら駆けあがってきた
そしてヴァレラたちの前を通り過ぎ、貴族の元へ駆け寄る
「何だ騒々しい...式典の最中であるぞ」
「はい、しかし急ぎご報告が御座います」
「全く...何なのだ」
貴族が耳を貸すと、兵士が短く伝える
「何!?それはいかん、すぐに対処しなければ!」
突如として立ち上がった貴族が大声を上げた
その声に壇上の者は祝辞を止め
広場に集まった群衆も一斉に目を向けた
「今入った報せによると
魔物の群れがこちらに近づいてきているとの報が入った」
一斉に広場にどよめきが広がる
「だが安心するが良い!我が精鋭の兵士たちが
必ずやこの村を守って見せようぞ!」
その言葉に一瞬にして不安そうざわめきは一転
歓声へと変わる
貴族はそのまま席には座らず、ゼロスたちへと向き直ると
「そこな剣士、相当な腕利きと見受けるが
我が兵士たちに加わり魔物の討伐に力を貸して貰えぬか?
無論報酬も用意させよう」
それに続くように周囲の兵士や秘書たちが
よもや断りはしまいな、と言う圧を発しているが
ゼロスにその様な類いのプレッシャーは通用しない
ゼロスがいったんプロメたちに視線を送ると
「他の残存アデスである可能性はあるか?」
「バルザックに到達したアデス群の時期と
この特区と旧東京ゲートの位置関係を考えれば
可能性は0ではないけれど...
そもそもそれが本当なら、だけどね」
プロメが含みを持たせて告げる
「だが、可能性があるなら無視は出来ない
到達してからでは甚大な被害を出してしまうだろう」
「ならあたしもっ!」
二人の会話を聞いていたヴァレラが、随伴を申し出るが
「いや、君はここに残ってくれ」
「はぁ?また巻き込めないとか言うつもり!?」
「そうじゃない、俺がここを離れたら
プロメは近くでエネルギー共有をしない限り
アデス級の敵に対して戦えるだけの力は無い
万が一、伏兵等による別方向からの襲撃があった場合
対処出来る者は君以外居なくなってしまう
残る戦力は君だけだ、頼めるだろうか?」
「な、なによ、そうならそうと先に言いなさいよ!
そこまで言うなら、任されてあげるわよ...」
「すまない、助かる」
そう言われたヴァレラが若干頰を赤らめ嬉しそうに顔を背ける
「なかなか上手い言い方出来るようになったじゃない?」
ヴァレラには聞こえぬ程度の声量でプロメがささやく
「事実を言っただけだ」
「あら、ならあなたには意外にもジゴロの才能が有るのかもね」
「なんだそれは?」
「気にしなくていいのよ
まだ男女間における交際という概念があった時代の言葉よ
さ、通信は常に開いておくから
行ってらっしゃいな」
ゼロスが席を立つと、近場に控えていた兵士が
討伐に向かう兵士達の一団の元へと案内し
十数名の兵士たちと共に1台の馬車に乗車すると
他にも数台の馬車と共に即座に出発する
亜人の群衆が歓声を上げ、それを見送った
その時、わずかに貴族の男が壇上で口元をつり上げる
それを横目にプロメが見つめる
「はてさて、今回はヴァレラちゃん頼みになるかなー」
「...?プロメさん何か言いましたか?」
セルヴィが小さくつぶやいたプロメの言葉に反応する
「うんん、こっちの話よ」
耳飾りに擬態した通信機を挿してプロメがニコリと微笑む
ゼロスを含めた討伐隊が完全に見えなくなると
「これで何の心配も無くなった
皆の者、安心するがよい、さぁ式典を続けたまへ」
貴族がそう群衆に告げると、再び堂々と椅子に腰を掛ける
うぉおおおおおおお!!
ありがとうございますっ!!
ヴァンデルス様万歳ー!!
亜人たちの歓声と共に再び、
感謝の言葉から祝辞が再開される
そしてしばらく後、特区の有力者たちの演説が終わると
いよいよ貴族の男の番となる
ゆっくりと席を立ち、壇上中央の演説台へと歩みを進める
壇上の前には兵士たちが列を作り、壇上と群衆との距離を作る
そして演説台に添えられた拡声魔具に手を添えると
「この様なめでたい日を迎える事が出来、非常に嬉しく思う
ふっ...実にめでたい...」
貴族が口元に笑みを浮かべて話し始める
亜人たちはみな目を輝かせながら次の言葉に耳を澄ませている
だが、そんな中、セルヴィにはその笑みに違和感を覚える
その笑みは前にどこかで、見た事があった
それは決して純粋な好意などから来るモノではない事を
彼女は知っている
もっとおぞましい物を秘めた...
そう、それはバルザックで初日
セルヴィをさらった男たちの様な...
(っ!!)
はっと思い出したその時
「............りだ」
貴族が放った言葉に辺りの空気が一変する
「...ぇ、今何と...」
「ヴェンデルス...様...?」
群衆の歓声は徐々に止み、騒めきへと変わり始め
皆困惑の表情を浮かべる
「聞こえなかったのか獣どもよ
茶番は終わりだと言ったのだ」
ついに完全な沈黙が辺りを包んだ