68 亜人特区
その後も商団の移動は予定通り進み
3日が経過し、お昼に差し掛かった頃
いよいよ一行は亜人特区へと到達した
そこは都市と呼ぶにはまだ道の整備等は整っておらず
土道をならした程度であったが
至る所に建設途中の建物が見受けられ
これから大きく発展していこうとしている可能性を感じる
また、大きな花飾りの看板や装飾など
何かの祭事の準備をしているらしく
環境こそ未完であるが、地方の村とは異なり
非常に活気にあふれている
そして最大の特徴が、さまざまな特徴的見た目を持つ亜人たちが
数多く行き交っている事だった
馬の様な蹄を持つ足が逆間接な者
上半身全てを完全に毛皮に覆われた狼の様な者
背に鳥類の羽を生やし、猛禽類の様な足を持つ者
オークの様な見た目の者まで、衣類を着ていなければ
魔物と見間違えてしまいそうになる様な者も居る
商団のメンバーは、亜人達の中でも
その容姿を特に人間に近い者で構成されていた様だ
「すごいわね...まるで童話ファンタジーの世界に来たみたい...」
「全くね、一体どんな過程を経てこの様な進化、
または変異かしら?を遂げたのか不思議な物ね」
ヴァレラとプロメがしげしげとその光景を目にしながらつぶやく
どの亜人も体の一部に他動物の部位を取り入れつつも
そのベースとなっているのは共通して人間であり
皆直立二足歩行であった
「でも、見た目が違うだけで、
私たちとそんなに違いは無いように思います
商団の人たちも皆良い人たちばかりでしたし」
セルヴィの言う通り、行き交う人々は言葉を交わし
建築に従事する者は資材を担ぎ
買い出しに行く物は袋を抱え
母親は子供の手を引き
そこにはなんら普通の人間と変わらぬ営みが見て取れた
そんな時、村の外周にほど近い距離で玉蹴りをしていた
頭に耳を生やす子供たちがこちらに気付き駆け寄ってきた
「あ、アレス兄ちゃんたちだ!」
「本当だ!お帰りなさい!」
「お帰りなさい!お土産はあるっ?」
「おう、たくさんあるぞ!後で広場に取りに来きなさい!
危ないからそれ以上馬車に近寄っちゃだめだぞ!」
先頭の馬車に乗るアレスがそう言うと
バルザックの交易で手に入れたであろう果物を一つ
子供たちに投げて渡すと子供たちは元気よく挨拶をして
馬車から遠ざかって行った
それを切っ掛けに周囲の大人たちも次々と声をかける
「皆お帰りなさい、よく帰ったね、お疲れ様」
「交易はうまく行ったかい?」
「おぉ、お客人まで居るのか、ようこそ!」
「人間の来訪者とは、これはもてなさねば」
「ようこそ!」
亜人たちの間をゆっくりと商団が抜けると
次第に出迎える亜人たちの声は
自分達、人間を歓迎するものへと変わっていった
村中央の広場のつなぎ場へと商団の馬車が揃うと、
間もなく大量の交易品の積み下ろしが始まった
団員たちに指示を出し終えたアレスとフィアがこちらへ歩いて来た
「大変お疲れさまでした
護衛していただき誠にありがとうございました!
おかげさまで無事、村まで帰って来る事ができました」
「ああ、何事も無くなによりだ」
アレスとフィアがゼロスたちに深く頭を下げる
「皆さん、すごく友好的なのですね
その...正直私たち、人間の街では亜人の方々には
ひどい事をしたり言ったりされてしまう事が多いのに...」
セルヴィが同じ人間として申し訳なさそうに
一般的な人間の亜人への処遇を謝罪すると
アレスの隣に居たフィアが口を開く
「はい、確かにひどい目に会う事もあるのは事実です
しかし保留地からこの特区に出て来た者たちは皆
亜人と人間との、新たな可能性に希望を持つ者たちです
簡単な道ではないのは承知しています、けれど
こうやってあなた方の様な普通に接してくれる人間も
居るじゃないですか」
「その通りです、恨み、憎しみ合うだけでは未来はありません
せっかく新たな機会をヴェンデルス卿に頂いたのです
私たちはいがみ合う事より、共に手を取り合える明日を築きたいのです」
フィアに続き、アレスも力強く、思いを口にする
その瞳には強い情熱が宿る事が、セルヴィにも見て取れた
「ヴェンデルス卿...それがこの特区を作った貴族なのね」
プロメが確認する
「はい!ヴェンデルス卿は王家にも血縁者を持つ
王国の三大貴族の実質頂点に立つお方と聞きます
我ら亜人に対しこの様な機会を与えて頂いた事は
感謝してもしきれません!」
「今日、視察に来ると聞いているが、」
ゼロスが確認する
「その通りです!今回の持ち帰った交易品も多くは
ヴァンデルス卿をお迎えさせて頂くための
歓迎に必要な物が半数を占めております
この村にはまだ名前が御座いません
そこで本日お越し頂いた際、歓迎式典にて
そのお名前にあやかり、ヴァンデルと
命名を発表しようと考えております!」
「そうか、式典の成功を願っている。」
「ありがとうございます!
良ければせっかくですので皆さまも式典に
参加されて行ってください!
村を挙げて腕によりをかけた料理も沢山
用意させていただきますので!」
「あら、それは有りがたいわ
ぜひ参加させていただきましょう」
プロメがアレスたちの申し出を快諾する
ガルムからの依頼はここからが本命である。
「では、私はこのまま荷下ろしと
そのまま設営の監督に参ります故、これにて
それまでどうか、皆さまは村の宿にておくつろぎください
式典の用意が調いましたらお呼び致しますので
フィア、皆さまの案内を頼む」
「分かりました、兄さん
では皆さま、私に続いておいでください
準備で道が少々混み合っておりますので
お気を付けください」
フィアが頭の耳をピクピクさせながら一行を先導する
物腰が柔らかく非常に丁寧で知識的に見える彼女だが
その動作がどこか可愛らしく思えてしまう
無性にその耳をもふもふしたい衝動に駆られるセルヴィとヴァレラ
途中、さまざまな亜人たちの好奇の視線を受けるが
敵意と言った物を向けて来る者は居ない
純粋な好奇心によるものだった
特に子供たちは遠慮がない分ひっきりなしに付きまとう
「こら!大事なお客さまを困らせたらいけませんよ」
フィアが諭す様に注意を促すと
子供たちも素直にそれを受け入れ、離れて行く
その様子から彼女がとても慕われている人物であることがよく分かる
フィアに先導され、広場から2分程歩いただろうか
INNと看板の掲げられた一軒の平屋へと到着する
中に入ると、シンプルな石床と木造でできており
まだ建てたばかりなのか、そのどれもが新品のようだった
そして黒色の猫耳を生やした、中年程の小太りの女亭主が出迎えると
人間の来客は初めてらしく、随分興奮気味であった
宿泊する訳ではないため、一行はそのままカウンターロビーの一角
簡単なカフェテリアへと通される
「では皆さまをお願い致します、
皆さまも式典までゆっくりおくつろぎください」
そこでフィアも式典に備え仕事があるとの事で一旦別れる事なる
宿の亭主に言い付けた後、こちらに一例すると広場の方へと戻っていった
席についてからも猫耳女亭主が飲み物や世間話など
あれやこれや世話を焼いてくれる
好意から来る物であり不快ではないが
セルヴィは少々落ち着かなかった
例の変...マグナはというと村に到着して以降
いつの間にか姿が見当たらない
おおかたどこかでまた女性に声でも掛けているのだろうと
むしろ初めからそんな者は存在しなかったかのように
ヴァレラ・セルヴィ共に一切触れることは無かった
宿に集まり数刻が立った頃
女亭主の村自慢を聞いていた際、宿のドアが開かれ来客を告げる
それはアレスであった、先ほどの行商の作業服から着替え
彼らにとっての正装だろうか、しわ一つない簡単な刺繍の施された
小奇麗な服装へと変わっている
「皆さん、お待たせしました!
間もなくヴェンデルス卿ご一行さまもこちらに到着されるそうです
式典の準備も整いました故、中央広場にお越しください」
そしてアレスに先導されるまま来た道を再び広場へと戻る
先ほどとは異なり広場までの道は亜人で埋め尽くされており
広場もまた、所狭しと亜人たちがひしめき合っていた
広場の一角には数メートル程の高さを持つ壇上や
その隣には賓客席等も用意されている
力の強い種類の亜人たちの労働力は
普通の人間より遥かに高い作業効率を持つ様である
この僅かな間にあれほどの設営をやってのける等
大したものだと関心した
そしてゼロス一行は一番高い賓客席の隣
僅かに下がった壇上の席へと案内される
おそらく一番高い場所がこれから来るという貴族用の席なのだろう
一行が席に案内されるとほぼ同時に
「ヴァンデルス様ご一行がお見えになったぞぉおお!!!
皆道を空けるんだ!」
やや距離のある、村の入り口の方から大きく声が響いた
それと同時に広場から村の入り口までの街道を埋め尽くしていた亜人たちが
一斉に左右に別れ道を開ける
するとその先から20台近くはあろうかという馬車の車列が
優雅にゆっくりと村に歩みを進めていた
先頭の馬車が村の入り口を潜ると、左右の亜陣たちは一斉に
色鮮やかな花びらを散らし、花吹雪を作り出迎える
先頭の馬車には護衛であろう、御者を含め金属鎧を身にまとい
色鮮やかな赤マントをなびかせた兵士たちが乗っている
「ヴェンデルス様ー!ようこそー!」
「ありがとうございます!ヴェンデルス様!」
「皆あなた様に感謝しております!」
「ようこそ私たちの村へ!」
左右の亜人の群衆は思い思いに歓迎の言葉を叫ぶ
まさに熱烈歓迎という様相だ
先頭と同じような馬車が何台も続いた後、その車列の中央には
金銀の非常に細かな細工や宝石などがはめ込まれた一際荘厳な馬車が
見事なまでの純白の白馬に引かれ現れる
それが貴族本人の乗る馬車と見て間違いだろう
動力魔具で馬車を引くのが当たり前になったこの時代で
あえて旧来の馬を使用するというのは権力者ならではの
贅沢、権威の示し方なのであろうとゼロスは判断する
更にその後ろにも続く兵士たちの乗る馬車は、先と同じ護衛
だがさらにその車列の最後尾に続く、ホロを被せられた
普通の馬車の2,3倍はあろうかという数台の物資が気になった
動力馬車も2台連結されており、相当な重量を有している様だ
記念を祝っての銅像や記念碑、モニュメントの類いかもしれない
そうする内に車列は広場を抜け
中央の派手な馬車がちょうど中央に来る地点で止まると
すぐさま前後の馬車より兵士たちが降り
馬車の前に赤じゅうたんを敷き詰め
一斉に左右に分かれ姿勢を正す
馬車の扉がゆっくり開くき
中から身なりの整った男が一人現れると
ドアを押さえてひざまづいた。
続いて馬車の中から、その男を幾倍も豪勢にした
煌びやかな装束をまとい、カールさせた数段の細長い髭を生やした
いかにも貴族、という風貌の男が姿を現した