67 一路北へ
ガランガラン...
馬車内に車輪の回転音が響き渡る
御者にはいつも通りゼロスが座り
荷台の中はと言うと、プロメ特に何をするでもなく
中央付近に姿勢正しく掛け
その反対側にはヴァレラが足と腕を組み
落ち着かない様に指先で腕を叩き続ける
セルヴィはというとゼロスに最も近い位置
馬車の荷台の最前部に腰を掛け、目を前方の景色に向け
他の者達と目を合わさぬようにしている
何とも重苦しい空気が馬車内を包む
もし関係無い物がこの場に居ればすぐにでも逃げ出したくなる雰囲気だ
主にその原因はというと
「君達は無口だねぇ...だがっそれも美しいっ!」
「口を開くな、後、少しでもそこを動いたら今度は直撃させる」
ヴァレラが今にも殺してしまいそうなほど
鋭く睨みつけながら、片手に銃を構える
その視線の先には例の赤い男、マグナが荷台後部に腰掛けていた
「その君の突き放すような視線に僕の体は痺れてしま」
チャキ!
「オ、オーケイ...」
ヴァレラが手に持つ拳銃の撃鉄を起こすと
マグナは素直に両手を前に掲げ、降参のポーズを取る
彼女は既に、彼の前髪の一部を消し飛ばして見せた為
その持つ武器の脅威はマグナも良く理解していた
「ったくっ!」
主にヴァレラの苛立ちは彼と、そしてゼロスに向けられていた
それは出発前の事だった
——————————
「分かった」
マグナの同伴の申し出に対するゼロスの答えに
プロメ以外の二人が驚きの表情を浮かべる
「は、はぁ?!あんた何言ってんのよ
何でこんな奴連れてくのよ!!」
「護衛任務には手数が多いに越した事はない
情報についてもガルムが直々に許可を出したのであれば
それなりに信用は於ける人物だと認識して良いだろう
そして最高位冒険者であるならば戦力としてカウント出来る
何か問題があるのか?」
「大ありよ!!あれ見て分からないの?!」
ヴァレラが指を指す方向を見ると
既にゼロスの返答を聞き、商団の元へと駆けて行ったマグナが
積み込み作業をしている一人の女性、の亜人を前に
「手伝いましょう、お嬢さん
貴女の様な方にこんな力仕事は似合わない」
キラーンと歯を光らせながら早速口説いていた
「亜人に対する偏見も無いタイプの者の様だ
好都合ではないのか?」
「だぁーっ!もう!あんたじゃ話に成らないわ!
セルヴィ!あんたもそう思うわよねっ!?」
「わ、私はゼロスさんを信じます...」
プルプル震えながら
ゼロスの背後から答える涙目のセルヴィ
「それ今言う事!?
信じる所間違ってるから!」
「お嬢さん、そんなにカッカしないで
ほら素敵な顔が台無しだよ?君には笑顔が…」
何時の間にか戻って来たマグナがヴァレラのすぐ背後から
彼女の肩に手を伸ばそうとしたその時
ブチッ
何かが切れる音をその場に居た者が聞いた気がする
ズガァアン!!!
轟音が辺りに鳴り響き、
作業していた者達も一斉に手を止め、こちらに振り返る
マグナの前髪の端がパラパラと散る
ヴァレラが構えた銃の先、煙が立ち上る
その瞬間彼女がその手にする金属の塊が
超小型化されたライルガンの様な物
それも飛び切り強力な物である事をマグナは理解した
「あたしに触れるな、近づくな」
嫌悪を通り越してもはや無我の境地
何一つ感情を読み取れぬ、闇より深い瞳を浮かべるヴァレラだった
—————————
「ふんっ!」
そのやり取りを思い出し、不満そうにヴァレラが鼻を鳴らす
その後も一行は会話らしい会話をする事もなく馬車は前の馬車を追う
ゼロス達の馬車は商団の中央に位置している
本来であれば先頭と最後尾に配置したい所であったが
既に商談の馬車は物資で満員であり、人員を移す事も適わず
ゼロス達の馬車も1台しかなかった為
どの方位からの襲撃にも対処出来るよう、中央に布陣する事にしたのだ
日も水平線の向こう側へと沈み
空に星々が輝き出した頃、前を走る馬車が停車する
すると先頭車両から商団のリーダー、アレスが飛び降り
前の馬車から順番に声をかけながらこちらに駆けてきた
「お疲れ様です!今日はこの辺で野営にしたいと思います
おかげさまで工程も順調に進んでおりますので」
「俺たちは何もしていない」
「いえ、あの漆黒の剣士様と皆様が居て頂けるだけで
皆安心して移動出来ております」
「そうか、ならば幸いだ」
「はい、では私は後方の馬車にも伝えてまいります故
これにて失礼致します」
男は小さく礼をすると、そのまま後方へ駆けて行った
通常であればこの様な雑多な伝令業務等、部下にやらせる所だろうが
若い身でありながらこの団の長を任せられる彼故の機転なのかもしれない
彼より目上と思われる者も多く散見されるが
反抗的な態度を示す者は居ないようである
アレスが全ての馬車に伝達し終えた頃
皆それぞれ馬車から降り
いくつかの資材を荷台から下ろしたり
天幕や簡易調理場等の設営を始めている
本来であればこの様にただ長距離を移動するだけでも
様々な装備、物資が必要には当たり前であり
ゼロスは関心すると共に、改めて今までこの様な事を
全く配慮出来ていなかったセルヴィには少し申し訳なく思った
ガキン!...ガキン!
そんな時、すぐ近くから金属同士を激しくたたき付ける音が響く
ヴァレラが紐のついた鉄製の杭を地面にハンマーで打ち込んでいる所だった
その脇には大きなオリーブグリーンの厚布が用意されており、紐と繋がっている
「なるほど、野営用の簡易天幕か」
「そうよ、あんたには要らないと思うけど、
(魔術収納に)大隊分くらいの数はまだ入ってるから、要る?」
「感謝する、気持ちだけ頂く
だが今は護衛対象が多い、夜は歩哨警戒に当たろう」
「あっそ」
素っ気無く返事を返すと、杭を打ち付ける作業を再開する
何時にも増してゼロスに対する彼女の態度がトゲトゲしいが
それを感じ取る事が出来るのは残念ながらセルヴィだけだった
「す、すごいですね、結構大きいテントなんですね」
とりあえず場を持たせる為、ヴァレラに話を振ってみるセルヴィ
「ん、本来なら高級将校のお偉い連中用の大型天幕だからよ
軍隊時代は下っ端下士官のあたしなんかじゃ散々組ませられるだけで
一度も自分で使った事はなかったんだけどね」
見る見るうちに大きな天幕が広げられ形作られていく
中は普通に宿の部屋位はありそうで
ベットを並べれば5,6人は入るほどの大きさだった
何とも居えぬ微妙な空気を作った張本人はというと
またどこかで女性に声でも掛けているのではないかと思いきや
セルヴィが周囲を見回すと意外にも、少し離れた場所に
焚き火用の石の囲いと枯れ木を設営していた
そして徐に手をかざしたかと思うと
ボゥ!!
「えっ?!」
一瞬にして1メートル程の火柱が上がり
勢いの良い焚き火が生まれていた
セルヴィが一瞬驚いた。なぜならば、
魔具を使わず、魔法の力のみで火を灯す際は
非常に小さな種火を産み出すのがせいぜいで、
火柱を上げる程の炎を産み出すことなど出来ないからだ
「気のせい...だよね」
遠目でよく見えなかったが
きっと何かの燃焼剤や
補助系の魔具でも使ったのかもしれない、と
それ以上は彼女も特に気にする事は無かった
それよりも恐らくその焚火は、大きさから
自分一人で使う為の物ではないのだろう
最初の出来事により偏見の目を向けてしまったが
実はそんなに悪い人ではないのでは無いか、とセルヴィが思い始めた時
「さぁお嬢さん方、寒さはお肌の大敵だっ!
僕の心の熱の篭った焚き火で君達の身も心も温めてあげよう!!」
心の中で前言撤回し、再び死んだ魚の様な目でマグナを見つめる
最早ヴァレラは反応すらしない、完全スルーだ
ヴァレラが天幕の設営を終えた頃
フィアが食事を差し入れてくれた
少数の旅とは違い大人数の食事をまかなう為か
中々豊富な種類の食材が使われている
商団の人々は夕食を終えると、各々自分達の天幕に入り
周囲には人影もまばらになっていった
ゼロスは商団の周囲100m程を円を描くように
ゆっくりと巡回している
商団の車列中央に位置取りしたゼロス達の馬車では
プロメが常にゼロスとの情報共有を行い
穴を埋めているのだそうだ
セルヴィはイマイチピンと来なかったが
今より進んだ時代の軍事訓練を受けている
ヴァレラは説明を理解していた様である
「さて、あたしらも休みましょうか」
天幕の周囲に横長の金属製の箱の様な物を
二本の金属製の串で地面に差し込んでいた居た
ヴァレラが腰を上げセルヴィを呼ぶ
「それって何ですか...?」
「指向性魔導地雷 バスタード
近づいてきた敵を一瞬にして肉片に変えてくれるトラップよ
当然敵って言うのはアレに設定してあるわ」
ヴァレラが親指で示した方には
自分の用意した焚き火に一人当たりながら
夕食のスープをすする寂しそうなマグナが居た
「あはは...安心ですが、やり過ぎな気も...」
「甘いわね、戦場では一瞬の気の緩みが死を招くのよ
警告はしたからねっ!ミンチになりたいなら後はお好きにどうぞ!」
マグナに聞こえる様に大声で言うと、ヴァレラは天幕へと入っていった
流石にちょっとやり過ぎでは、とセルヴィがマグナの方に目を迎えると
こちらの視線に気づきウィンクを飛ばし、投げキッスを送ってきた
セルヴィは1秒前の自分を殴りつけてやりたい衝動に駆られつつ
あらゆる感情の抜け落ちた顔のまま
無言でヴァレラの後を追い天幕に入っていった
――――――
皆寝静まり、周囲は風が草木を揺らす音のみ
静寂が支配する
馬車にて全周囲に各種センサーで警戒していたプロメの前に
マグナが一人、外から荷台に腕を掛けて覗き込む
「私はナンパはお断りよ?こう見えても身持ちは硬いの」
先手を打って釘を刺しにかかるプロメ
「はっはっはっ、参ったねお嬢様方には嫌われてしまった様だ
ところで、君、雷帝なんだって?」
マグナが瞳の奥を僅かに鋭くする
「周りが勝手にそう読んでるだけよ
私はそんな名前を名乗った事は無いわ」
「なるほどねー、うん、確かに君は違う様だ
絶世の美女というのは本当だったけどね」
「違う?、あなたの方こそ、本当の狙いは何かしら?」
「最初に言った通りだよ、僕はマグナ、流浪の冒険者
そしてすべての女性の味方さっ!」
「あくまで答える気は無いって事ね
まぁいいわ、S級冒険者がどれ程の実力を有しているか知らないけれど
変な気は起こさない事ね」
「誓って、僕は君達に害を成すつもりは無いよ
それに彼、多分本気で怒らせたら僕じゃどうにもならなそうだしね」
「殊勝なのね」
「だから言ってるだろう?
貴女の様な美しい女性と敵対なんて出来るはずも無いさ」
「...」
「おっと、女神の逆鱗に触れぬ内に退散させて頂くとしよう
それでは良い夜を」
中指と人差し指をあわせ、手を銃のような形にすると
軽くこめかみから投げるようにポーズを取り
そのまま馬車から離れていった
「少なくとも、今はね
願わくばこの先もそうでありたいものだけどねー」
馬車から離れた所で一人、マグナがそう呟いた
あとがき
【告知】
▼表紙絵、挿絵プロジェクト進行中▼
表紙の原案候補その1(2019/2/25)アップしました
後にまた完成版をアップ致します!
1日1話...辛い(>ω<;)
書き直したい、手直ししたい話は沢山ありますが
今は書き進める事を優先して頑張ります!