66 赤いトレンチコートの男
集合予定時刻の午後2時より30分程早く
ゼロス達が北門前に集合すると
そこには5台程の馬車と十数人程の労働者達がせわしなく
大きな荷物を次々と馬車に積み込んでいた
その者達は皆フードを深く被り顔を隠している
許可があるといっても、亜人であるという事による壁は根深いのだろう
商団のすぐ傍まで馬車をつけると
その中から二人がすぐさま駆け寄ってくる
「お待ちしておりました!ゼロス殿
それにお連れの方々もようこそお出でくださいました!」
それはギルドにて顔を合わせていた者達だった
二人は前まで来ると、フードを完全に取り顔を露にする
「改めまして、私はこの商団の長をしておりますアレスと申します
こちらは妹のフィアです、主に商談や交渉を担当しております
この度は護衛の件、よろしくお願い致します!」
「宜しくお願いします」
男の紺色の髪に丸みを帯びたグレーの熊のような耳が
女の方は桃色の髪にやや三角に尖がった猫のような耳が頭についていた
二人ともまだ二十歳を超えた程度だろうか
若いがしっかりしているように見える
「ああ、よろしく頼む」
「もう間もなく物資の積み込みが終わりますので
終わり次第出発したいと思いますが大丈夫ですか?」
「構わない、準備が出来たら知らせてくれ」
二人は礼を返すと再び積み込み作業へと戻っていった
「亜人って言っても、色々居るのねー」
作業に従事する者たちをじっと見つめながらヴァレラが呟く
先ほどの二人はただ頭に獣耳を生やしただけで
それ以外は普通の人間と遜色ない様な概観をしていたが
中には腕まで爬虫類の様なうろこに覆われた者
見える範囲が深い毛に覆われ、顔が狼の様な者も居た
よく観察すれば見えるが、皆それを隠すように
フードや肌の露出の少ない衣類に身を包み作業する
そんな時だった
「おーい...」
遠くから聞いたことない男の呼び声がするが
自分たちには関係ないだろうと誰も反応する者は無かったが
程なくしてもう一度
「おーい!」
今度はやや近く、それもこちらに向けて発せられて居る様で
一同声のする方向に目を向けると、街の中から
全身赤尽くめの男がこちらに向けて手を振り駆けてきていた
「うげっ...ギルドで見かけたチャラ男...なんであいつがここに...」
ヴァレラが嫌悪感を露骨に表情に出す
「知り合いか?」
「違うわよ!」
反応を示すヴァレラにゼロスが問いかけると
怒ったように返されてしまった
そうこうしているうちに男が一向の前までやってくると
息を整えた後、レンジャーハットをはずし胸の前で水平に構え
トレンチコートの裾を靡かせながら
舞踏会の様にポーズをつけて大げさに礼をする
「御機嫌よう、麗しいご婦人方、
ああ!間近で見ると尚美しいぃ!
君たちの輝きの前に僕は卒倒してしまいそうだっ!」
どこから取り出したのか一輪の花を取り出すと口に加え
その長い金髪の前髪をかきあげる
もはや死んだ魚の様な目をしながらセルヴィとヴァレラが言葉も無く
立ち尽くす、あのプロメですら、旧式ロボットの様に表情ひとつ動かさない
「何だお前は」
そこで動じることなくゼロスが切り込む
この時ほど彼を頼れる存在だと彼女達が感じたことは無い
「つれないねぇ、あんたがゼロスか
先ほどのギルドでの話、聞かせてもらった
亜人達を特区まで護衛するんだって?」
「そうだが、お前と何の関係がある」
「あるともっ!都市を未知の魔物から救った所か
いたいけな亜人達に救いの手を差し伸べるその英雄的行動!
僕は感動した!、どうかその手伝いをさせて貰えないだろうか」
「ふざけんじゃないわよ!誰よアンタ!」
「ああ、なんと美しき歌の女神セイレーンの如き声
名乗り申し送れました、僕はマグナ、君と出会えた事を光栄に思う」
1歩ヴァレラの前に出るとその場に跪き流れるような動きで
おもむろにヴァレラの手を取ると、その甲に軽く口付けをする
「な、何すんのよこの色情野郎がぁ!!!」
そのままノーモーションで顔面に蹴りを叩きこむと
マグナは軽く数歩分後ろに吹き飛ばされるが
すぐに起き上がり、
「ああっ!なんと言う鮮烈な一蹴!
君の細くしなやかな足の感触っ!」
蹴りを受けた左頬に両手で摩りながら
恍惚とした表情を浮かべている
「ひ、ひぃいいっ!」
青ざめた表情を浮かべながら馬車まで後ずさり
先ほど蹴りを入れた部分を汚い物を落とすように
あわてて手ぬぐいで擦るヴァレラ
「へ、変態だーっ!!」
その横のセルヴィも、最早泣きそうな表情になりながら
あわててゼロスの後ろへと身を隠す
彼女らからの評価をチャラ男から変態にランクアップさせた男は
何事も無かったように立ち上がると、再びゼロスに話しかける
「という事で、同行させて貰っても良いかな?」
「どういう事なのかさっぱり分からん
それに俺達には素性の知れないお前を
同行させるメリットが無い」
素性の知れない、という部分でヴァレラとセルヴィが
激しく首を立てに振り、ゼロスの後ろから同意する。
「素性なら大丈夫だよ、ほら」
そういうとマグナはコートの内側から冒険者証を取りだし
「それにこの街の長、ガルムさんの許可もさっき貰ってきた
メリットという面では、護衛をするなら人数は多いに越したことは無いし
僕の報酬は不要だ、それに...邪魔にはならないと思うよ?」
そう言うと冒険者証を更に開いてみせる。
そこには冒険者ランクを示す、魔術刻印がSと打ち付けられていた




