61 共に歩む資格
ゼロス達に続き、セルヴィもヴァレラと共に再び鉱山入口まで戻ると
周囲の岩肌の地面の上には一面黒く煤けて居た
この場で彼が何をしてきたかは想像がついた
恐らくそれが適切な処置なのだろう
自分よりも遥かに色々注視しているであろうヴァレラも
当然気づいていると思われるが、一切反応は示さなかった
誰も言葉を発する事無く、坑道内を4人の足音だけが響く
何時もは安心し心落ち着けたはずのゼロスの後ろは
今はとても居心地が悪かった
俯いて歩いていると
注意散漫だと隣を歩くヴァレラに注意される
気を取り直して再び周囲を警戒しつつ歩く
しかしそれ以降、感染者が現れる事は無かった
多分それを分かっていたからこそ
自分が着いていっている事を、今回彼は止めなかったのだろう
そして何事も無く鉱山の最深部と思われる奥深くに到達すると
まるで巨大な人間の脳を彷彿とされるアデスが一体、
周囲の岩にまるで血管の如く無数に触手を張り巡らせ佇んで居た
そのおどろおどろしい外観とは裏腹に
固体としての強さは殆ど持ち合わせていない様で
近づくと壁中の触手で攻撃を試みようとしたようだが
ゼロスの前には成す術無く、一撃で葬られた
後、感染者たちと同じように
その残骸を炎で跡形も無く葬った後
一行はその場を後にする
粒子は長時間、数日単位で吸い続けない限りは問題無く
本体の消滅と共に充満した粒子も程なく消えるのだと
帰り道の途中プロメが教えてくれた
だが念の為村長宅に戻り、彼らに数日は鉱山に近づかない様伝える
村長を始めとする、集まっていた村人達は
皆その言葉に従う事を約束した
そして用件を終えるとすぐに村から出立する事と成った
村から出るまでの道中、すれ違う村人達の視線は
村長達同様、皆冷たかった
村の広場で何があったのか見ていた者達は
明らかに男がおかしかった、何かが起きていた事を理解していた
しかし状況が理解出来ぬまま、家族同然だった者が、更にその子供が
手にかけられた事に心の処理が追いつかなかった
その目に宿っていたのは
その力に対する畏怖、仲間を手にかけられた怒り、家族を失った悲しみ、
そしてその結果産まれる、逆であろうと、恨みの感情
子供は素直だった
弟を、父を殺された兄は胸の内に荒れ狂う感情を
持てる限りの言葉でゼロスにぶつけた
途中、溜まらず少年に説明しようと
何かを言おう身を乗り出そうとしたが
他でもない、言葉をぶつけられているゼロス本人が
腕を差し出し静止をかけ、静かに首を横に振った
これでいいのだと...
村が見えなくなるまでの間、ゼロスはその視線と
少年の怨言を黙って一身に受け続けた
ガランガラン...
馬車の車輪の回転音が車内に響き渡る
来た時の様な賑やかさはもう無い
ヴァレラは来たとき同様、荷台後部で頬杖を付き
外の風景に視線を向けているが、思うところがあるのか
目に写る風景を見ている訳ではない様だった
向かい合う形で老亭主とセルヴィが座り
共に俯き気味に消沈していた
そんな時最初に口を開いたのは老亭主だった
「本当にすみませぬ...
あなたがたが来てくれていなければ
もっと悲惨な事になっていたと言うのに...」
老亭主なりに目にした情報を必死に整理し
短いながらも宿に泊まる自分達を見てきた上で
その行動が悪意を持った物ではなく
村の人達の為の行いであり、その上で必要であった事だった
と推測したのだろう、そこには村人達の様な
畏怖や恨みといった感情は感じられず
心から申し訳なさそうに口にする
「ええ、恐らく後半日遅ければ
村は全滅していたでしょう」
プロメが一切の言い訳や擁護等の意図を持たない口調で
ただ事実を、老亭主の推測が正しかった事を告げる
「村を救って頂いたのに...本当に申し訳ありません
そして本当にありがとうございました...」
老人がその場で深く、頭を下げた
「構わない、それに俺があなた方の身内
大切な者達を手にかけたのは事実だ」
ゼロスが御者席に座りながら背中越しに答えると
老亭主が首を振りながらもう一度深々と礼を返す
その表情をセルヴィの位置からも窺い知る事は出来ない
見えずとも彼の表情はいつもと同じだろう
だが夕日に照らされた彼のその大きな背中は
酷く寂しく、悲しそうにセルヴィには見えた
彼がその表情通り、何も感じていない人間ならば
最初の男を手にかけた時、歯を食いしばったりするだろうか
それがやるべき事で当たり前の事だと割り切れているのなら
少年の最後、抱きかかえて言葉をかける事などしただろうか
彼が本当は優しい”人”なのだと言う事は分かっていたつもりだった
分かっていたつもりで本当は何一つ分かっていなかった
あの後から、彼の後ろがずっと居心地が悪かったのは
ヴァレラが広場で言った通り
その優しさに甘えるだけで、何一つ何も出来なかった
それどころか彼が最初の男を手に掛けた時
自分はあの村人達と同じ目を、彼に向けてしまったからだ
セルヴィは堪らなく自分が許せなかった
俯きながら何度も膝の上の拳を握り締め、唇を強く噛み締める
自分は何の為にゼロス達と共に旅に出る事に決めたのか
最初は、王都で起きた事実が直視できなかったから、
事実を受け入れる事が出来ず、ある種の現実逃避からではないのか
と言われればそうかも知れない
しかし、まだ短いけれど、彼と共に旅をし、
何度も助けられ、彼の優しさに触れ
もし自分に出来ることがあるのなら、彼らの助けになりたいと思った
けれど実際は思うだけで、自分は何も出来ないままだ
何度も彼に謝ろうと、喉元まで言葉が出掛かったが
それを声にする事が出来なかった
そして結局、何も言い出せないまま
バルザックの宿へと帰ってきてしまった
各自何も言わぬままそれぞれの部屋へと戻る
「今日は疲れたでしょう、ゆっくりと休んだ方が良いわ」
「はい、ありがとう御座います
夕食を頂いたら早めに横になろうと思います」
部屋に戻るとプロメが声をかけてくれた
そつなくそれに返事を返すと
プロメは部屋の椅子にかけ、足を組みながら
掌に半透明の表示板を浮かべ様々な情報の羅列に
まるで本を読む様に目を通すしぐさをしてくれている
本当であれば半分は機械の体であるゼロスと異なり
完全な機械である彼女は、そんな動作を必要としない筈である
だが、部屋で共に居る際、あたかも普通の人間が行う様に
幻影のお茶セットを容易して飲む仕草をしたり
就寝時間になると共に並んだベットで横になったり
私が違和感なく生活できるよう気を使ってくれているのだろうと思う
コン、コン、
二時間ほど経った頃、ドアが優しく叩かれ出てみると
宿の女将さんが食事が出来た事を告げにきてくれていた
チラリと振り返り座るプロメを見ると
ニコリとして小さく頷いた
行って来なさいという意味だろう
小さくペコリと礼を返すと、そのまま部屋を後にし1階食堂に向かう
食堂に降りると既にヴァレラが席についており
用意された食事を豪快に頬張っている
席を挟んで反対側に腰を掛けると
すぐに女将さんが出来たて料理を、自分の前に並べて行く
昨夜同様、今夜も相当力が入っている様に見える
「本当に皆さんには無理を聞いて頂いて感謝の限りです
今夜も腕によりをかけて作らさせて頂きました
どうぞごゆっくり」
「はい、ありがとうございます」
女将のいつもと変わらぬ表情に
村の事を想うと胸が痛んだ
きっとこの人にとっても
今回亡くなった人達は家族の様な人達だったはずだ
老亭主から村での出来事を聞いていないのか
それとも聞いた上でなのかは解らない
「折角美味しい料理が冷めると台無しよ?」
正面のヴァレラに声を掛けられて自分が
暫く料理を見つめたまま固まって居た事に気付いた
「色々あったのは解るけど、そんな時こそ
食べれる時は食べなきゃ駄目よ
次、出来る筈だった事が出来なくて後悔したくないならね」
「は、はい、すみません、」
慌ててスプーンを手に取り、スープから手を付けて行く
そのまま暫く無言の食事が続き
ある程度メインの料理が片付いた頃だった
「ん、」
短くヴァレラがそう言うと
果物のゼリーの入った小さなガラスの器を
こちらに差しだして来た
「えっ?」
突然何故その様な事をするのか解らなかった
「その...悪かったわね
今日はちょっと言い過ぎたわ...」
それはヴァレラからの謝罪の品だった様だ
「い、いえっ、本当の事ですし
寧ろしっかり言って貰って感謝してますっ!」
「あんな事偉そうに言っておきながら
私もあの時、引き金を引けなかった...
結局あいつに全部背負わせちゃった、」
「そんな...」
「まぁあたしが言えた義理じゃないんだけどさ
言いたい事があるなら、ちゃんと言った方が良いよ」
椅子に背を預け、口元をナフキンで拭きながら彼女が言う
「こうやってしっかり言葉出来る
話してくれるヴァレラさんは強い方ですね、
私なんかただの弱虫で...」
「強く何か無いわよ、私の居た世界では
弱いままで居る事が許されなかっただけ」
ーあいつと旅するって事は、いや、冒険者っていうのは
そんな覚悟で出来る物なの?-
その通りだ、彼と共に歩くという事は...
再び自分の不甲斐なさと、悔しさで唇を噛みしめる
「多分その辺あいつの唐変木は筋金入りだから
言いたい事はちゃんと言葉でいわないと
察して貰おう、何て期待しない事ね」
「そ、そんなつもりはっ、」
「なら、言うなら早い方が良いわよ
時間が経てば経つ程、こういう事って言い辛くなるのよね
既に起きてしまった事は変えられないけれど
だからってこれから出来る事が有るのにやらないなんて
それこそ本当の弱者を自称する卑怯者の負け犬だわ!」
ヴァレラが目元に力を込めて真っ直ぐ見詰める
しかしその瞳から敵意や怒気という物は感じられない
寧ろそれは彼女なりの激励なのだと理解出来た
「自分がどうしたいかはもう、決まってるんでしょ?」
「ヴァレラさん...はいっ!
ありがとうございますっ!
私、行ってきます!」
その瞳に、強い決意を込めて答えながら
力強く席から立ち上がり、食堂を後にする
「頑張ってきな」
ヴァレラが親指を立てながら見送る
その足取りはゆっくりと
しかし強い意志を持って1歩1歩進んでいく
一人、食堂に残されたヴァレラの前に
厨房から女将がセルヴィの食器を片付けにやって来ると
「女将さん、お代わり頂戴!
もし他の二人の分あるなら私が頂くわ!」
「あらあら、助かります
すぐお持ちしますね」
女将はニコリとすると再び厨房へと戻っていった
二階への階段を上り、突き当りすぐ左の部屋の扉の前に立つ
ゼロスの部屋だ
セルヴィは目を閉じ一度大きく深呼吸をする
そしてキュっと目元に力を入れなおすと
意を決した様に、そっと手の甲を扉に構える