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60 悪夢の終わりを告げる者

セルヴィが老亭主を無理に引きながら村長の家に駆け込む


「おぉ、一体どうされましたっ!?」


「詳しくは私にも分かりませんっ

 でもすぐに皆さん屋内に避難して下さい!

 もし行方不明になった人を見かけても

 絶対近づかないようにして下さいっ!」



「う、うむわかった、皆の者!」


少女の剣幕に押され、村長が家に集まっていた男達に従うよう促すと

男達は一斉に周囲の家々や外に出ている者に伝えながら

自分の家へと駆けていき、すぐに外には人影は見当たらなくなった


「一体どうしたんじゃ...?」


改めて静まり返った村長宅にて尊重がテーブルに座り込み

両手で頭を抱え込んでいる老亭主に尋ねる


「ドカが...死んでしもうた...いや

 あれはもうドカではなかったのかもしれん...」


若干落ち着きを取り戻したのか

塞ぎ込みながら老亭主がそう答えた

村長がセルヴィに視線を向ける


「ごめんなさい...私も何が起こってるのか良く分からないんです

 でもきっと何か大事に意味があると思うんです...

 だからどうか今は協力して下さいっ!」


「う、うぅむ...避難する程度は問題無いが...むっ、あれはっ!」


状況が飲み込めず腑に落ちない様子の村長だったが

特に拒否する理由も無い為、承諾の意を返す

その時だった村長の視線の先、窓の外に眼を向けると

誰も居なくなったはずの広場に一人の人影が見える


セルヴィは嫌な予感がした、遠巻きに見えるその者の動きは

先程鉱山入り口で見た男と似たふら付いた動きだったからだ


「あれはっ!一昨日、姿を消したワシの甥ですじゃっ!」


それに気づいた老亭主が窓に駆け寄り叫んだ


「ダメです!様子が変です!」


あわてて出て行こうとする老亭主を制止するセルヴィ

老亭主もふと我に帰り、改めて窓越しにその姿をじっと見つめる


「た、確かに...ドカもあやつも一体どうしてしまったというんじゃ...」


すると横の家のドアが突然開き一人の小さい人影が男の下へと翔けていく

僅かに遅れてもう一人同じくらいの小さな人影が続く


「こら、家から出ちゃダメだって言われただろ!」

「お兄ちゃん!お父さんだよ!お父さんが帰ってきた!」


それは村に着いた時あった、その男の二人の息子兄弟であった


「ダメッ!!」


途端にドアを開けセルヴィが飛び出す

しかし彼らとの距離が遠く間に合わない

先に弟の男の子が先に男の足元へと駆け寄ると

男はふら付きながらゆっくりとしゃがみ込み、子の両肩を掴む


「お、おとうさん...?」


いつもと違う父の様子に初めて困惑を見せる子供


【う゛う゛う゛ぅあ゛...あ゛ぅ゛...に゛げろ゛...】


「ぇ?」


男が今確かに言葉を発したように聞こえた

まだ男の中に父親としての意識があるのかもしれないと

セルヴィが淡い期待を抱きかけたその時だった


「うあああぁあああ!痛いよ!!やめてよおとうさんっ!!」


子供が泣き叫び悲鳴を上げる

男が細いその子の首と肩元にかけて深く噛み付き

大量の血が噴出していた

やがて程なくして悲鳴は聞こえなくなり

暴れていた男の子はピクリとも動かなくなった


「父さん!!何してるんだよ!!」


すぐ近くまで弟を追ってきていた兄が叫ぶ

するとその声に反応擦る様に首がグルリと回り

真っ赤に染まった瞳が次の獲物を見据える


【う゛う゛ががあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!】


男はその場に弟の体を放り投げると

咆哮上げながら徐々に兄に迫る

兄は腰が抜けてしまったのかその場にへたり込んでしまい

涙を流しながら震えて動けない

男との距離が詰まろうとした時


ガンッ!!


1本の魔具整備用のレンチが男の顔に直撃し

額から血の筋が流れる


【あ゛あ゛う゛】


男が飛んできた方角へとゆっくりと向きを変える


「もうやめてっ!!」


そこには息を切らし、腰の工具を片手に

握り振りぬいた姿勢のセルヴィが立っていた


「どうしてそんな事するんですかっ!

 自分の子供が分からないのですか!」


一瞬男の体がピクリと震える


【あ゛う゛うぅうがあ゛ああ...】


すると男の両目から涙の様に血が滴り始めた


(やっぱりこの人の中にはまだ意識が!)


【う゛があああ゛あ゛!!】


だが動きを止めたのはほんの僅かな一瞬だけで

再び咆哮を上げ次はセルヴィ目掛けて迫る


(ここで私が逃げたらあの子が襲われる!)


額に汗が滴る、戦う訓練なんてした事が無かった

絶対触れてはいけないとゼロスには言われた事を思い返し

どう相手の攻撃を回避するのか必死に思考を巡らせる

正直自信なんて微塵も無い、でも今はやるしかなった

震える両手でスパナを構え待ち受ける

その時、突然セルヴィの前に影が出来る


ズガァン!!


直後耳を劈く様な爆発音が周囲に轟く


「ったく、あんたって本当に銃の一つも持ってないのね

 ま、素人に銃だの刃物は返って危ないか」


「ヴァレラさんっ!」


そこにはマントを風に靡かせたヴァレラが

片手に小型の銃を握り、男とセルヴィの間を隔てる様に

悠然と構えていた


【あがぐ う゛ぐぅがあ゛】


男は痛みを感じているのか悲鳴に近いうめき声を上げながら

膝に小さなコインほどの穴を開け、血を滴らせながら蹲っている

しかしすぐさま体勢を整え、再びこちらへ近づいてくる


「うへぇ...腿の骨ごと打ちぬいたって言うのに

 常人なら余りの痛みに気絶してる所だけど

 心臓が止まっても止まらない...か」


チャキ!


ヴァレラが男の顔に向け銃を構える


「まって下さい!その人にはまだ意識がっ」


ズガァン!!


ドサッ


男は額に膝と同じ穴を開け、その場に崩れ落ちた


「そ、そんなっ...!」


ヴァレラは振り返らず銃口から立ち上る煙を

払うように一度銃を振るうと、腰元に収める


「アンタ、あいつ(ゼロス)にもそう言うつもり?」


「へっ...?」


涙目になったセルヴィが質問の意味が分からず呆けた返事を返す


「私はまだ会ったばかりだけどね

 あいつが呆れる程のお人よしだって事は分かる

 もし元に戻す方法があるなら、あいつがそれを考えなかったと思ってんの?」


「そ、それは...」


「知ってる?戦場ではね、迷ったらその分人が死ぬんだ

 AかBかを迫られた時、両方を救えるかもしれない何て言ってるうちに

 AもBも犠牲になるなんて良くある話さ

 あたしはアカデミーを出たばかりで、すぐ実験部隊だったから

 戦場って言っても散々お膳立てされた余裕のある戦場で

 実戦運用試験なんてお散歩した位の経験しかないけどさ

 それでもそういう場面は嫌と言うほど見てきたんだ

 あいつは...恐らく想像を絶する程、常に劣勢の極限の戦場を

 数え切れないほど巡ってきたんだろうさ」


「...」


セルヴィは何も答えられなかった


「アンタ、気づいてた?

 あのいつもぶっちょう面でロボットみたいなあいつが

 最初の男を手にかけた時、奥歯を噛み締めてたの」


「っ!?」


「普通さ、幾つもの戦場を巡っていたベテランってのは

 心が歪んだり、塞いだりどっか壊れちゃうのよ

 人を殺す事をまるで朝歯を磨くよう事のように何も感じなくなる

 でもあいつ、性格は変わってるけどその辺全然まともなのよね

 多分あたしが見てきたどんなベテランよりも

 悲惨な戦場を潜ってきたはずなのにね」


そんな風に考えたことは無かった

圧倒的なその力、そして何時も決して動じないその安心感が

どこか自分達普通の人間とは別の存在の様に捉えて居たのではないか

セルヴィは言われて改めてはっとする


「あんた、ちょっとそれに甘えすぎなんじゃない?

 あいつと旅するって事は、いや、冒険者っていうのは

 そんな覚悟で出来るもんなの?」


その通りで、何も返せなかった

何の覚悟も無いただの女の子が

特別な彼と出会い冒険者を気取り

何かが変わったかのように錯覚していた


しかし本当は沢山の人の犠牲から現実から目を背け

彼と言う存在に依存し、旅という目的にすり替え

逃げてきただけだった


セルヴィがその場に俯く


「ちょっと言い過ぎたかな...んで私が言いたい事は...っ!!」


セルヴィに振り返ろうとしたその時、視界の隅の動きに

慌てて正面に向き直るヴァレラ


視界の隅に動いた物

それは先程男により犠牲となってしまった少年の体であった

手足を何度か痙攣させたかと思うと

ゆっくりと上半身が起き上がり

グルリと首だけ兄のほうへと向けられる


「お゛に゛い゛ぢゃ...ん゛...」


「ひっ、お、お前どうしたんだよ!!」


変わり果てた弟が立ち上がり、ゆっくりと兄へ歩み始める

首元は肩口から半分ほどえぐれ

首を支える筋肉の半分が失われている為か

首は繋がっている方向に倒れている


「い゛だい゛よ゛う゛...お゛に゛い゛ぢぁん゛...」


「だいじょうぶか?!、すぐお医者さんにみてもらおうな!」


男同様、目から血の涙を流しながらゆっくりと近づく

もはや普通ではない事は冷静に考えれば分かる筈であったが

余りの出来事に兄の少年は冷静な判断等出来なかった


「チッ!!」


ヴァレラが目にも留まらぬ速さで再び腰の銃を引き抜き

兄へと迫る少年へ銃を構える

しかしその銃は小刻みに震え、顔は歪めれていた


軍人だからと言っても、それ程多く実戦経験を

持っていた訳ではない彼女にとって

変異しているとは言え、無垢の少年に引き金を引く事は

容易ではなかった


ゆっくりと1歩づつ変異した弟の少年が兄へと迫る

ヴァレラが意を決し、汗にまみれたその指で

引き金を引こうとしたその時だった

上空から黒い影が少年に落ちる様に重なる


ゼロスが少年に覆う様にしゃがみ込み、少年を抱えていた

背中越しで余りよく見えないが少年は必死にゼロスに

噛み付いたり引っかこうとしている

その度に歯は折れ、爪は剥がれ見るに耐えない状態へと変わる


「悪夢はもう終わりだ、ゆっくり眠るんだ...」


チュインッ!!


ゼロスが小さく呟くと一瞬彼の腕の中から光と甲高い音が発され

先程までゼロスの腕を必死に引っかこうとした小さな腕は

もう動かず力なく垂れている


「私も人のこと言えない甘ったれね...」


ヴァレラが呟き、ゆっくりと構えた銃を下げ、収納すると


「感染、発症した直後は自我や痛覚が強く残っているの

 私達の時代もね、多くの兵士達が変わり行く

 自分の隣人を、友人を、家族を前に、躊躇い、命を落とした

 その結果、対処が遅れ甚大な被害を何度も出したわ

 アデス種の中でブレイン級による被害者が最も多かったのは、だからなのよ」


いつの間にか合流したプロメが二人の後ろで告げる


「そう、最初から頭を撃ってあげればよかったかな

 悪いことをしたわ...

 酷い世界ね...」


「ええ」


ゼロスが少年の目元に僅かに手を当てる動作をすると

その場にゆっくりと寝かせる

少年の目は閉じられ、その額には小さな穴が一つ開いていた


「うわぁあああっ!おまえ弟になにするんだぁ!!!」


倒れていた兄が泣き叫びながら弟に駆け寄ろうとすると

凄まじい速さで剣を抜いたゼロスがその鼻先に剣先を突きつける


「触ってはダメだ」


その動作とは裏腹に静かな声で告げる

この状況で言葉による静止は効力が薄いと判断した為だった

本物の剣を突きつけられる等初めてだったのだろう

慌てて後ずさりその場にしりもちをつく


そしてもう片方の開いた手を、既に息絶えた少年へと翳すと


キィイイイイン!


僅かに掌に光が集まった後

放たれた閃光は炎となり小さな少年の体を包む

そして続けてそれは最初の男の体にも放たれ

小さな炎と、大きな炎の火柱二つ、登り

残された少年の悲痛な叫び声が村の広場を包んだ


そして完全に墨すら残らず跡形も無く消滅を確認した後

ゼロスはゆっくりとその場を後にし、再び鉱山の方向へと進む

それを追うプロメに続く形でセルヴィ、ヴァレラもその後を追う


彼の背中を少年の憎しみと悲しみに満ちた瞳と怨嗟の声が見送った


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