44 英雄譚の始まり
『接敵した、インファント級アデス確認、殲滅する』
『了解、データ共有開始、戦闘区域算出...完了
範囲内のアデス群の個体識別は全てインファント級
総数322体、約300m四方に密集陣形で進軍中』
普段のおどけた口調は一切無く
馬車より戦闘支援オペレーターとして応答する
『了解した、このアデス群の出現経路は解るか?』
『推定、進行方向、速度から都市コードΩに際し
次元隔離が実行される前に
都市外に逃れた個体群と思われます
半径20㎞圏内に他のアデス反応は確認出来ません』
『分かった、途中生存者3名を確保
現在その安全確保を優先的に敵を殲滅中
そちらで収容してくれ、戦闘に関して
現在のドローン体でどの程度対処可能だ?』
ゼロスが駆け、クサナギを振るい
1体、また1体と撃破しつつ、表情を変えず続ける
『スーツリアクターからエネルギー供給を受ければ
ドローンの荷電粒子砲により
インファント級の次元湾曲であれば貫く事が可能です
ただしスーツのスラスター、光学兵装に回す分が不足します』
『構わない、駆動系のみで対処可能だ
生存者の収容後、馬車の防衛を頼む』
「了解」
馬車正面に居たプロメが会話を区切ると後ろの荷台のセルヴィに振り返る
「セルヴィちゃん、この先に生存者が居るみたいなの
私が敵からこの馬車の守るから
その間に彼等を馬車に避難させて貰えないかしら?」
「わ、分かりましたっ!」
戦闘に於ける初めての役割を与えられた為か
緊張気味にセルヴィが返事を返す
すると話している間に前方から大小3人の人影が見えてくる
意外にも一番大きな人影は女性であった
装備から、近接戦闘を得意とするとみられる女性は
全身に多くの傷を負い消耗している様に見える
こちらが気付いたのと同じ頃
向こうもこちらに気付いた様子で
跪く女性の横の男が安堵の表情を浮かべ
こちらに手を振っている、ハッキリとした動きから軽傷の様だ
その横の小柄の黒いマントの男は
顔を負傷しているのだろうか
手で顔を覆い立ち尽くしている
彼等から十数メートル程手前に馬車を止めると
プロメが先に馬車を降り「頼むわね」と一言残し
少し先に歩いて行った
「はいっ!
皆さーん!もう大丈夫ですよー!
こちらは安全です、馬車まで避難してくださーい!」
セルヴィもすぐに後部荷台から飛び降りると
3人の元へを声を掛けながら走ってゆく
「リーダーっ!助けですよ!俺達、助かったんですよ!」
「ふっ...地獄に仏とはこの事か」
「神は言っている、ここで死ぬ定めではないと」
それを見た3人が思い思いの言葉を漏らす
その表情は一様に皆安堵の表情を浮かべている
恐らく既に先行したゼロスがそう信じるに足る事を
行動で示していたであろう事は容易に想像がついた
そんな時、少し遅れて馬に乗るガルムが追いついた
「どうした!何があった!何だあの魔物は...」
彼等の視線の先には無数の平原を埋め尽くさんばかりの
魔物で埋め付くされている
ビクッ
その姿を見たセルヴィは僅かに震える
王都で次々と市民を虐殺していった
カイドや職人達が命を掛けて守ってくれた
ジャッカスの仲間達を次々と殺戮していった
あの、昆虫型の6本腕の魔物に間違いなかった
一瞬眉が下がりかけ、恐怖が吹き出しそうになるが
ぎゅっと拳に力を込め、唇を噛みしめ踏み止まる
(今自分に出来る事をするのです!)
そしてすぐに駆け寄ると跪いた女戦士の片側に寄り添い
支えようとすると、力強く視線をガルムに向ける
「ガルムさん!
彼女達を馬車に避難させます
手伝って下さい!」
「お、おう、分かった!そいつは俺に任せろ」
体格差が倍以上あろうかという巨漢のガルムが
小さな少女に圧倒される
ガルムが駆け寄り女戦士に肩を回し
通常の体格の者であれば男でも難しい体格を
軽々と担ぎ上げる
「あ、あんた、もしかして鋼腕のガルムかい!?」
ガルムに担がれた女戦士が、驚いた様に尋ねる
「ああ、そうだが、あんたらは?」
「ふっ...なんだなんだかんだと聞かれたら
答えるが世の情け、我らは王都傭兵団!漆黒のつばsっ
「お前は黙ってろ」
はい...」
黒マントの口上を女戦士が塞ぐ、この女戦士がまとめ役なのだろう
「すまない、あれはあいつが勝手に言ってる事だ、忘れてくれ
あたしらはテストラ王都の傭兵ギルドに所属していた
Bランク傭兵部隊だ、王都から避難する途中
バルザックの冒険者達と合流したんだが...
すまない...他の者は道中で全滅した...」
「そうか、分かった。詳しい話は街に戻ったら聞かせて貰おう
今はともかく、お前等だけでも
無事生き残っていた事を喜ぼうじゃねぇか」
「あんた...いい男だね...」
担がれた女戦士の顔が僅かに朱に染まる
徐々に馬車に近付くと馬車の10メートル程手前に
位置していたプロメが、両手の平で三角形を作る様に
正面に手をかざし、その先に僅かに光が集約する
後ろに纏められていた髪がはだけ、長く美しい橙色の髪が
周囲にふわりと浮かび上がる、そして次の瞬間
バッゥ!!
圧縮した空気を破裂させた様な音が鼓膜を叩くと共に
伸ばした手の先から蒼白い閃光が放たれる
閃光は電撃を迸りながら真っ直ぐ
こちらに近付いてきていた魔物の胴体を貫き
魔物は胸に外周を真っ赤に焼けた金属の様な痕を残し
30㎝大の大穴を空け、その崩れ落ちた
そのまますかさず次の目標に狙いを定めると
再び閃光を放ち、一切の魔物を寄せ付けない
「雷帝!?さっきの黒いのといい、あんたら一体何者だ!?」
女戦士が隣に居たセルヴィに問う
「えっと...あの、ギルドでも皆さん仰ってましたけど
四帝とか雷帝って何の事ですか...?」
「へっ?」
自分がその関係者だと思っていた少女から帰って来た
余りにも想定外の返答に思わず変な声を上げてしまう
「ああ、俺が答えよう」
呆気に取られていた女戦士に変わりガルムが答える
「冒険者や傭兵の中では英雄的な存在なんだが
ごく稀に、魔具を使わずとも、元より使える魔法だけで
魔物を屠れる程、魔具より強力な魔法を行使できる
特別な存在が居る、そういう奴等の事を四帝、
属性ごとに炎帝・氷帝・風帝・雷帝と呼ぶ
尤も各国に1人居るか居ないか、世界に10と居ない存在だ」
「はぇーそんな方々が、知りませんでした、まるで私と逆の様な...」
「逆?」
「あ、いえ...何でもないです!」
今態々話す事ではないと話を伏せる
そうしている間に馬車へと戻り
ガルムが引き続き肩を貸しながら
全員馬車の荷台へと乗り込む
「プロメさん!全員馬車に乗り込みました!」
外で魔物に閃光を放ち続けるプロメにセルヴィが叫ぶ
手を掲げたままプロメが顔だけ振り返り僅かに頷いた
負傷者の搬送を終えたガルムが再び馬車から降りると
改めて正面に広がる光景に目を向けると
溢れる魔物の中に物凄い速さでその中を駆け抜け
翠の残光を残し次々と魔物を切り伏せる黒い影がった
(何だあの緑の光は...あれが本来のあの剣の姿なのか
あいつ...やっぱり手抜いてやがったな)
散発的に流れて来る魔物を的確にプロメが射貫いて行く
ガルムにはただ黙ってその光景を見ている事しか出来なかった
『保護対象の収容が完了しました
警告・敵アデス郡の行動に変化有り』
魔物に閃光を放ちつつプロメが通信を送る
『面移動していた全個体が1箇所極点に進路変更
目標はこの馬車と思われます』
『何...?どういう事だ』
『過去のデータからアデス郡が
戦術的行動を取った記録は一度もありません
その本能的な人間に対する明確な敵対行動に
より引き付けられている思われます』
『しかし先ほどまでは3名の生存者を前にしても
奴等は面移動を続けていたはずだ、それが何故突然...』
『推定、優先攻撃目標を感知した可能性あります
アデスが最も優先して攻撃する対象は人間です』
「セルヴィかっ!」