40 ギルドマスター ガルム
ドアを潜るとそこはギルドの裏手に繋がっており
周囲は開け、地面は石畳ではなく、しっかり踏み固められた土となっている
所々隅に、木製の案山子の様な人を模した形状の物が見える
ここは訓練場の様なものなのだろう
「うしっ、じゃあやるか!」
ガンッ!!
出る前にカウンター横においてあった装備を手早く装着し
ガルムという男が両コブシを胸の前で打ち鳴らした
両手に鋼鉄製の見るからに分厚く、頑丈そうなガントレットを装着している
恐らくこの男の戦闘スタイルは徒手による格闘戦なのだろう
通常の服の上から、複数の鉄板を何重張り合わせた様な
上半身鎧を纏っているが、その装甲は肩と胸元に集中しており
その他腹部や腕関節の稼動範囲の自由は保たれている
最小限の部位に最大の防御を集中させたような装備である
この様なピーキーな装備を使うという事は、相応の手練れだと推測される
「では簡単にルールを説明する
武器・魔具の使用自由
ただし相手の殺傷・命に関わる致命傷は即失格
俺にその刀で一太刀でも要れれたら合格だ
簡単だろ?
ただ殺さないとは言え、骨の1本や2本は覚悟しろよ...」
ガルムの目つきが鋭くなる
後を追い様子を見に来ていたギャラリー連中がその覇気に怯む
(普段からこれが本来の試験内容なのか
それともこの男がここの長故の今回だけの物なのか...
まぁ良い、こちらとしては好都合だ)
無言でガルムから数m離れた位置に立つ
「おいおい、武器使用自由ってマジかよ!」
「いや、しかしガルムさん相手じゃそれでもハンデにゃ...」
どうやら後者だったようだ
仮に素人相手だったとして武器の使用自由という事は
最悪死亡事故に繋がる恐れもある
それを常套試験にするというのは少々考え難い
本来であれば何か殺傷力の低い試験用の武器でもあるのだろう
「んじゃ、いつでもいいぜ、かかって来いよ」
ガルムがガントレットを纏う両腕を正面に構える
ボクシングという昔の格闘競技に近いスタイルだ
(ここでブーストや光学兵器を使う訳には行かない
アクチュエーターの動きのみで対処するしかないか)
すると僅かな踏み込みの後、ゼロスが一瞬にして距離をつめる
「うぉっ、早ぇ!」
ヒュッ!
ガルムを斬撃範囲内に捕らえると、抜刀しそのまま切り上げる
が、直前に僅かに後ろへステップしガルムが回避した
「あぶねぇあぶねぇ、何て早さだ、
こりゃ俺が出てきて正解だったか...っておいっ!」
ガキンッ!ギンッ!ガンッ!
息つく暇も与えず、続けて2撃目、3撃目と連撃を叩き込むゼロス
それを僅かな動作でガントレットで斬撃を防いでいくガルム
もしゼロスがエネルギーをクサナギに纏わせていれば
ガルムの腕はその分厚いガントレットごと両断されていただろう
しかしそれを停止させている今のクサナギただの
驚異的な強度を持つだけのただの重く黒い刀に過ぎない
「たくせっかちな男はもてんぜ、...っ!」
ギャラリーから見ると、多少腕の立つルーキーの素早い連撃を
ガルムがいなし、余裕を持って防いでいるように見えたが
実際はそうではなかった
(くっ!こんな細身の剣の癖してなんて重さしてやがる!!)
両腕合わせて10kgを超える鋼鉄製のガントレットの前では
通常2~3kg以下の剣等弾かれるのが普通だった
しかしゼロスの1撃1撃はまるで大型魔物用の大剣のソレだった
連撃の合間にガルムも拳を振るい反撃を試みるも
悉くその拳はゼロスにかすりもしなかった
加えて1撃反撃する間に3撃4撃と再び叩きこまれる
(こいつは凄ぇな、
鎧に身体強化の雷魔具でも仕込んでやがるのか?
勘も良い、場慣れしてやがる...だが
剣術としての技術練度は高くねぇ...ならっ)
猛攻の合間にガルムが思考をかけ張り巡らせる
ガキン!
斬撃の一つが左腕のガントレットを大きく弾き上げ
僅かにバランスを崩したガルムが半歩、後ろに後ずさる
「貰った」
ガードの崩れたガルムの左肩に斬撃の余韻残しながら
そのまま一気に手首を返し、上半身のバネのみで刺突へと転ずる
そして剣先がガルムの肩装甲に触れるか触れないかの瞬間
ガルムが口元を僅かに吊り上げるのが見えた
(誘われた?...しまっ...!)
その刹那
ドガァアアアン!!
激しい爆発音と共に、周囲を黒煙が包む
徐々に煙が晴れると次第にガルムの姿が浮かび上がり
左肩の複数重ねた様な装甲の一番上が捲れ煤けている
「ほぅ、あの一瞬でそこまで飛びのいたのか...
本当に大した身体能力だ
これを初見で避けた人間はお前が初めてだ」
少し離れた場所で煙の中からゼロスが姿を現す
爆風の直撃を食らっていれば
生身の人間はただでは暫く行動不能になっていただろう
(リアクティブアーマーかっ)
20世紀後半に開発された爆発反応装甲・リアクティブアーマー
表面を爆破する事により外部から加わる力を吹き飛ばすという
全く今までの装甲の概念を覆す特殊装甲だ
火薬等の燃焼物の反応は一切検知されなかった
また本来は重装甲車両に搭載する物であり、普通は
受けてが生身の人間では耐えれないはずであったが
それらは恐らくこの時代の技術、魔具による物なのだろう
(リアクティブアーマーにフラッシュバンを組み合わせた様な特性
この時代特有の技術、そしてそれを使った独自の戦闘法か...)
そのまま一度刀を鞘に納める
「ん?どうした、ギブアップにはまだ早いんじゃないか?」
「いや、本気で行かせて貰う」
ー通常戦闘プロトコルー
ー対人戦闘抜刀術起動ー
体を側面に逸らし、足を大きく開き、膝を深く落とす
そして左で鞘を、右手柄を掴み上半身を大きく捻る
(何だこいつ、突然雰囲気が変わりやがった?
これは...やばいっ!)
ぶわっと全身の毛が逆立ち、汗があふれ出し悪寒が走る
ガルムの顔を一筋の汗が流れ、思わず瞬きをした瞬間
ほんの一瞬の間に瞳を開くと、そこにゼロスの姿は無かった
「なっ、消えっ!!!」
キンッ!
僅かな金属音の後、首筋に一筋の冷たい感触が触れる
「縮地・居合い一閃」
すぐ下から声が届く、顔をそのままに瞳だけ動かし確認すると
自分の首筋には黒の刃が突きつけられていた
「合格で良いか?」
そのままの姿勢で問うと
驚きの表情を浮かべていたガルムだったが
一度深く息を吐くとあきらめたような表情で
「ああ、文句無しの合格だ」
目の前で小さく両手の平を掲げ、降参を示す
「そうか」
そう言うとゼロスはガルムの首筋からクサナギを離し
「勉強になった」
キンッ!
そういい残すと、刃を鞘へと収め
振り返り出てきたギルドのドアへと歩みを進める
その前を埋め尽くしていたギャラリーはそそくさとドアまでの道を開け
口を開く者は折らず、皆各々驚きの表情を浮かべ固まり
中に入っていくゼロスを野次る者等、もう誰も居なかった




