37 人の皮を被った獣
「分かった」
一言そう言うと彼は手近なベンチに腰を降ろした
それを見届け屋台へを足を進める
何度か振り返ると彼はそのままの姿勢で両手を膝に置き
周囲を興味深そうに見回している
「ふふっ」
どこかその姿はまるで普段の古の時代最強の兵士では無く
初めて都に来た少年の様に見え、思わずほほ笑む
「さぁて、何が良いですかね?
やっぱり癖の強い物は好みも分れますし
無難に万人受けする物の方が...
あっ、ポロポロ鳥の串焼き!
こっちはラルボアの煮つけですか!
うーん、迷うのです!」
順番に左右に並ぶ屋台の料理を確認していく
日も落ち、人込みを進み100m程進んだ頃だった
「ん、ここで屋台街は終わり見たいですね
じゃあさっきのあそこのお店の串焼きとー…」
振り返り再び屋台街の中心へと戻ろうとした時だった
「んむっ!!!」
突如、建物の陰から太い腕が伸び口元を抑え
セルヴィを路地裏へと引きずり込まれた
「んんっ、一体何するんでっんっーっ!」
手早く口の中に丸めた布を押し込まれ
その上から縄状の物で口元を縛られる
「ひゃっひゃっひゃ...ったく王都からの連中ときたら
どいつもこいつも警戒心が薄くて助かるぜ!」
下卑た笑いを浮かべながら
上半身に僅かな肩当て等を纏い
筋肉を露出したスキンヘッドの男が立っていた
「んっー!!」
必死に声を上げようとするが
口に詰められた布により声にする事が出来ない
「ひゃっひゃっ!焦んなって
すーぐに良い所に連れてってやるぜぇ」
男は舌なめずりしながら軽々とセルヴィを肩に担ぐと
広場から離れる様に路地裏の奥深くへと進む
活気ある屋台街がどんどん視界から遠ざかって行く
薄暗い路地を抜けると、街並みの外観は一変した
舗装された街道の石畳は所々ひび割れ
隙間から草が無造作に生え辺りにはゴミが散乱し
周囲のお建物の外壁は所々剥げ
ガラスも多くがひび割れている
この時間であれば既に室内の明かりが漏れているはずが
殆どの建物は窓に光無く、闇が広がっている
(こっちって...西地区っ!)
先程まで通って来た街の華やかさ等まるでなく
まるでこの一角は町その物が死んで居る様だった
そんな中路上に座り込こんでいる物や
物陰で隠れる様に話す者達の姿を見かける
「んっー!!んっー!!」
必死に助けを求めようと、ごもった声を上げる
加えて男が自分を担ぎ上げながら
堂々と道を歩いているにも関わらず
周囲の者達は皆、まるでそこに最初から
何も存在していないかの様に
目を合わせる者すらいなかった
(どうしてっ…!?)
「へゃへゃへゃ!
ここにゃ誰も助けてくれる奴何かいねぇよ
じっくりかわいがってやるからよぉ」
男が左肩に担いだ彼女の臀部を嫌らしく右手で撫でる
「ひっ...!」
ゾクリと嫌悪感が全身を震わせ
目元から涙が滲みそうになる
(ダメですっ!しっかりするのです!
隙を伺ってチャンスを待つのです!)
自分に言い聞かせ、目元に力を込め
滲む涙をぐっと堪え、歯を食いしばる
数分も歩くと、先程まで有った
僅かな人影すら完全に消え失せ、更に西地区の奥深く
数多くの倉庫が立ち並ぶエリアへとやって来た
その倉庫の一つの大きな戸に男が手をかけると
さび付いた金属と朽ちた木の軋みの音を上げながら
ゆっくりと戸が開く
すると中からは湿り気を帯びた
何とも言えぬ饐えた匂いが鼻を付く
「んだよ、またガキかよ」
中の暗がりから声が響く
「分かってねぇなぁ、
胸や尻に無駄な脂肪ばっかり付けただけの
薄汚れた女なんかこっちから願い下げだぁ」
担いだ男が答える
徐々に闇に眼が慣れると
倉庫の奥で眼つきの鋭い、顔に無数の傷を持つ
痩せた線の細いモヒカンの男が木箱に腰掛けていた
「ったく...まぁ良い、すぐ売っ払っちまうんだ
余りやり過ぎんじゃねぇぞ
特に顔はな、売値が下がる。」
「全く難民様々だぜぇ
この町のもんに手だしゃ自警団だのなんだの
動いて色々面倒だが、こいつらなら稼ぎ放題だぜ!」
この都市にも多く流れついたであろう
難民の一人と勘違いし攫われてしまったようだ
良く見ると周囲の壁には血痕と見られる様な染みが見られる
男が口元に手を回し噛ませた布を解くと
直ぐに口の中の布を吐き出した
「ぷはっ!...あ、あなた達一体ここで何をしてるんですかっ!!」
「威勢が良いガキだぜ、おい
この前みたいに噛まれんじゃねぇぞ~
めんどくせぇ」
「分かってるって、ひゃっひゃっひゃっ!
それに、威勢が良いのは皆最初だけだぁ
なんだかんだ言ってお前も後でヤるんだろ?」
「違いねぇ、へっへっへっ...」
二人は倉庫の男も攫って来た男同様下品な笑いを浮かべる
まるでこちらの話など聞いていなかった
「それに...」
背後の男が突然左腕を乱暴に掴むと
入口すぐ横の壁へと叩きつけ、後ろ手に組み伏せた
「うぐっ...ぁぅ...!」
手首を背に捻り上げ、強く圧迫され痛が肩に走り
思わず僅かに悲鳴が漏れる
「これが良いんじゃねぇかぁ
ああっ!ぞくぞくするぜぇ...
最初は生意気に吠えてた奴が、か細い悲鳴上げながら
泣いて助けを乞うまでぐちゃぐちゃにしてやるのがよぉ!
あひゃひゃひゃひゃっ!!」
「全くお前は大した変態だよ」
二人は最早人間では無かった
嫌らしく卑しい笑いを上げるこの大男も
奥に掛ける痩せた男も、まともでは無かった
後ろに組み伏せられ、掴まれた腕の手の平に押し付けられた
男の下腹部から硬く脈打つ感触が、穿き布越しに伝わる
「ひぅっ!!」
顔を引きつらせ、全身の血の気が引き、悪寒が駆け巡る
「いいねぇ...それだ、その顔だよぉ!
たまらなねぇぜ...
ほら、もっと鳴けよぉ!」
メキメキ...
壁に体が浮く程強く押さえつけられると
左肩から肘に掛けて
関節から嫌な音が体内を通じて耳に届く
「あぐっ!ぁああっ!」
余りの激痛に思わず涙が滲む
「ひゃっひゃっ...ひゃ?あぁあ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
腕が折れてしまいそうになった寸前
今度は突然男が悲鳴を上げた
捕まれた腕が離れそのまま壁際に倒れ込む
「悲鳴が好きなんだろう?
もっと聞かせてやろう、自分の悲鳴をな」
それは聞いた声だった
慌てて振り返るとそこには
闇と同化し漆黒に浮かぶ蒼白光と
二つの紅い瞳が明らかな怒気を含みながら光る
ゼロスが男の右腕を掴み捻り上げていた
大男は何とかその手を振り払おうとするが
余りの痛みに膝は折れ、がたがたと全身を震わせている
「どうした、鳴かないのか?」
ボキッ!...ビチャァ!!!
ゼロスが更にその手に力を込める
漆黒の装甲に覆われた指の隙間から
肉が裂け、血が溢れだし、手首から先が力無くだらりと垂れた
「い゛ぎゃぁあ゛あ゛あ゛あ゛っ
だ、だずげっ!!いがあ゛あ゛あ゛」
大男がとても人間とは思えぬ絶叫を上げる
「貴様らの様な人に仇成す、
人の皮を被った獣に慈悲はない」
ゼロスの手は大男の腕を引きちぎらん程に更に食い込む
「な、なんだてめぇはっ!!!」
その時、奥に掛けていた男が腰から短剣を引き抜き
ゼロス目掛け突進する、が
ヒュッ
そのまま一切姿勢を変える事も無く
開いていたもう一方の左腕で、腰のクサナギを瞬時に抜刀し
モヒカン男の短剣を握りしめた腕を、二の腕付近で切り飛ばした
ブシュゥウ!
「うぁああ゛あ゛っ」
瞬時に切断面からは致死量に関わる程の血が噴き出し
男は慌てて必死に傷口を抑えようとするが、出血は止まらない
そのまま半狂乱になり倉庫から飛び出していった
「お、おぃいいい゛っ!」
大男が見捨てた仲間を呼ぶが、当然戻っては来ない
ゼロスがそのままちぎれかけた腕を離し、背後から蹴り飛ばすと
大男はそのまま倉庫の床へと顔面から倒れ込んだ
「消え失せろ、貴様は人類の害悪だ」
左手に構えたクサナギを右手に握り直し
垂直に頭上に振り上げる
「ま、まっでぐれっ!!」
あわてて男が表を向き直り後ずさりしながら
涙や鼻水、顔からあらゆる液体を垂れ流し
呂律の回らない口で助けを乞おうとする
「黙れ」
「ひっ!!」
普段から表情変化も乏しく、声のトーンも
それ程変わる事の無いゼロスだったが
実際今も、表情その物は大きく動いていない
しかしそこに確かな激しい怒りが込められていた
そしてゼロスの右腕アクチュエーターが出力を上げる
「やめてっ!!」
ザンッ!!
クサナギは大男の顔横10㎝程の所に
倉庫の石床に斬撃の後を残しながら突き刺さる
大男はその場で白目をっ向き泡を吹きながら気絶した
「もういいです...」
セルヴィがそっと呟く
ゼロスはクサナギを引き抜くと、鞘へと納め
ゆっくりと彼女の前に跪いた
「すまない...」
「良いんです、帰りましょう、ゼロスさん」
セルヴィが立ち上がろうとしたその時
「痛っ!」
大男に壁に組み伏せられた時に足首を捻ったのだろう
足に力を入れた瞬間、僅かに痛みが走りよろける
「大丈夫か!」
透かさずゼロスが彼女を両手で支える
その表情は彼らしく無く、焦りを覗かせていた
「だ、大丈夫ですっ、すぐ立てますから、ってわわっ!」
ゼロスそのまま彼女を両手で抱きかかえ、立ち上がる
「わ、私歩けますからっ」
「大丈夫だ」
彼女を抱えたままゆっくりと倉庫を後にする
そのまま彼は何も言わずゆっくりと歩き始める
恐らく宿に向かっているのだろう
来るときには酷く薄暗く、闇その物の様に見えた周囲が
星々と月の明かりにより、どこはかと無く明るく見えた
ガツッ...ガツッ...
石畳の上の重量感ある金属の足音が一定のペースで響く
「あの...助けに来てくれてありがとうございます」
「遅れてすまなかった...」
「いえっ、実際まだ私何もされてませんし、
私の不注意でした、ごめんなさい...
あのままゼロスさんが来なかったらと思うと...」
僅かに少女の体が震える
「すまない」
(あっ...)
双方謝り倒しの為、中々言葉続かない
そんな時、少女を包むゼロスの腕が
ほんの僅かだけ、力を強めた様に感じた
彼の装甲は最初ひんやりとして冷たかったが
内にある熱が徐々に伝わって来たのか
それとも自分の体温が彼の装甲に移ったのか
いつの間にか彼の胸の中はとても暖かった
彼はいつも無表情で抑揚が無く機械の様に見えて
とても優しい心のある人
でもそれを表現するのがとても苦手な人
それが今はハッキリと分かる
「どうした、何処か痛むのか?」
彼の顔を見上げていると、彼が視線をこちらに落とし
表情こそ変わらないが心配そうに見つめて来る
「いいえ、大丈夫です」
「そうか」
「本当にありがとうございます」
そう言うと彼の首に腕を回し
首元に顔をうずめる
「......すまん」
「あ、今何て言って良いかわからなくて
とりあえず【すまん】って言いましたでしょ!」
「...すまん」
「もう!良いですって
こうやってちゃんと助けてくれたじゃないですか!」
胸の中で彼の顔を覗き込む
彼の瞳に笑顔を向けた自分の顔が映る
「...そうか」
彼の瞳が一瞬優しくなった様に見えた
程なく元来た広場に差し掛かった
「お店...もうしまっちゃいましたね」
「ああ、」
既に屋台は撤収しており、人も疎らとなっていた
「お腹...空いてませんか?」
「俺は大丈夫だ、それよりも君は...」
「セルヴィでいいですよ」
「...分かった、セルヴィ」
ちょっとズルかったですかね...?
今の彼なら何でもお願いを聞いてくれそうです
「多少の食糧は持ってきてますので、
宿に戻ったら何か作りますよ!
ゼロスさんも食べますよね?」
「ああ、頂こう」
「はい!」
そして少女を抱き抱えたまま、宿屋の前まで戻って来たのだった
ーもう少しだけここままで、ってお願いしたら
きっと彼はそうしてくれるのでしょうー
一瞬少女の頭をそんな考えが過ぎるも
それを実行に移す事は無かった
「ありがとうございます!
降ろしてください、プロメさんが心配しちゃいます!」
「そうか」
その場にゆっくりと降ろす
そして少女は何事も無かったかのように宿屋の戸を開く
しかしその後、既に事のあらましを
概ね把握していたプロメさんの追及によって
食事ができるまでの間、ゼロスさんは地獄の取調べを受け
こってり絞られるのであった