32 古来より変わらぬ人心掌握術
「食糧が確保出来たとしても
もうこの状況は止められない
問題は解決しないのよ」
プロメが続ける
「例えば仮に30日猶予を得たとして、
どうやってこれだけの人口を村で賄える様に出来るの?
それではその場しのぎにしかならないわ
それに飢え以外にも寝る場所は?
突然何の準備もしてない、1000人以上の難民を
収容する出来るの施設何か、この村には元より無い
それも死ぬ思いでやってきた難民達が
素直にそれをはいそうですかと
受け入れる事出来るかしら?
溜まり給った鬱憤・不満、どちらにせよそれを口実に
この村は武力制圧されるでしょうね
食糧だって本当に全員に等しく分配されるか分かった物じゃないわ
あのシュヴァインとかいう貴族?
態々あんな装備まで持ち出して、私兵まで囲っちゃって
真っ先に都市から、わが身可愛さに逃げて来たタイプよ」
次々とそこから連なる問題点を列挙していく
戦う事には特化していてもその様な事は余り得意では無かった
「すまん...」
「そんな、ゼロスさんは皆を想って...謝らないでください」
そっとセルヴィがフォローに入る
本の僅かな間の後、再びプロメが口を開く
「フレイアちゃん、この近傍でこの数の難民を
受け入れる余裕のある国又は組織ってあるかしら」
「そうですね、この近くですと更に南西にある
アルド公国であれば恐らくは...」
「それってどれ位?」
「馬車で2日程ですが、もし難民の方々の徒歩の移動ですと
5日又は1週間程はかかるやもしれません」
「分かったわ、次にセルヴィちゃん」
「は、はいっ!」
突然呼ばれ驚きつつも姿勢を正す
「あの窓の向こうに見える山々って
誰かあの辺住んでる?」
「いえ、あの辺は凶悪な魔物も出ますし
特に何も無いので人は誰も近寄りません」
「わかったわ、次にゼロス」
「何だ」
「貴方に右舷主砲の使用許可を求めるわ」
「それが今の問題と関係あるのか?」
「そうよ、それにより現状取り得る手段の中で
最も犠牲者を少なく、この状況を打開出来るわ」
僅かに俯き考えた後、顔を上げ答える
「...わかった、許可する」
それを受けてプロメは僅かに頷き
次にフレイアに向き直る
「そしてこの作戦の要はフレイアちゃん、貴女よ」
「へっ、わたくしですか?」
思いもよらぬ言葉にきょとんとするフレイア
「そう、貴女には神の声を届けてほしいのよ」
ニコリとほほ笑むプロメのその笑顔の背後には何か企てがある様であった
ーーー
そしてプロメの提案を受けた一同は
村の広場へと歩みを進める
提案者のプロメはと言うと、いつの間にか
普段着ている人類連合オペレーター標準軍服では無く
白いゆったりとした布服を纏い
良く絵画で描かれる様な仰々しい
一言で言えば”女神”の様な服装をしている
徐々に広場に近付くに連れ
来た時同様未だに、群衆の鳴りやまぬ怒声が
耳に届き始める
「はぁあ、それこそがプロメテウス様の真のお姿なのですね!」
「フフ、頼んだわよ」
「お任せください!プロメテウス様、貴女様
そして最高神ノヴァ様のお言葉
必ず民に届けてみせます!」
プロメの横を歩くフレイアの顔が
蕩けそうな表情から凛とした物へと変わる
徐々に群衆との距離が詰まる
「お、おい、何だあいつ等」
「何だあの男の鎧はっ」
「綺麗な人...」
「あれ神官様じゃねぇか?」
「ノヴァ教の神官様だっ!」
此方を見た群衆が振り向き、騒めきながら徐々に道を空ける
既にフレイアの姿を見た一部群衆が既に跪いている
世界最大宗派の神官の影響力は大きかった
「なんだ貴様らは!今は大事な話し合いの最中であるぞ!」
中央に近付くと此方に気付いた貴族が怒鳴りつける
やはり一定の権力者には神官様の威光も通用しない様である
「黙りなさい!こちらのお方はかの
最高神ノヴァ様の従属神12柱が1柱!
慈母を司る女神プロメテウス様と
その守護天使様であらせられるぞ!!」
普段温厚でおっとりとしたフレイアからは
とても想像できない程、重く威圧感を持って声を発する
「な、何を言っとるか貴様ら!
この無礼者どもがっ!即刻取り押さえっ」
しかし貴族は思わずその言に、一瞬怯みはした物の
すぐに周囲の兵に指示を飛ばそうとしたその時
『おやめなさい』
広場全体をエコーがかった声が響き渡る
突然の事に群衆は慌てて周囲を見回すも
音の方向を特定できずどよめき立つ
「静まりなさいっ!」
フレイアの一括により一瞬にして広場が静まり返る
それを確認した後、フレイアは隣のプロメに向き直り、跪く
『我が名はプロメテウス...人の子等よ、聞きなさい』
先程のエコーと共に神々しく全身を淡く光らせる演出まで入れるプロメ
『人同士で互いにいがみ合い、傷つける事を辞めよ
我らが主神ノヴァは嘆いている...』
一人、また一人と群衆が膝を尽き、その場に立っている物は3分の1程となった
「な、何を言うか!奇怪な魔法を使いおってからにっ!
皆の者、騙されるでないぞ!貴様が神だというのなら
今すぐここに居る者を、全て救って見せるが良い!」
貴族を始めその関係者や一部の無神論者達は引き続き従う気はない様だ
『良いでしょう、ではこの恵みの左手を持って
皆に救いを与えましょう』
プロメがゆっくりと左手を前に差し出すと
その先の地面から淡く光を放ち
積み重なれた肌黄色の棒状の物体が大量に現れ
広場中央にうず高く
簡単なモニュメント程の大きさに膨れ上がる
「な、なんだそれはっ!」
『これは神々の恵み、人の口には合わぬやもしれぬが
これを食せばそなたらの血肉となり、生の糧となるであろう
そしてこれを皆で分けここより更に
南西の人の国を目指すが良い
そこにこそ皆の真の救いが待つであろう』
「おぉぉぉ!」
「女神様っ!」
「プロメテウス様!」
既に跪いた者達が感嘆の声を上げ始める
しかしまだ貴族は此方を睨め付け歯を食いしばり
敵意を向けている
「何を貴様勝手な!それになんだこれはっ!
これが食い物だと?!」
乱雑に積み上げられたプロテインバーの一つをつかみ取ると
口に吹くむ
「んぐっ!かぁぺっぺっ!何だこれは!
これの何処が食い物だ!まるで砂ではないか!」
貴族は直ぐにその場吐き出し引き続き反抗の意思を示す
そこまでもプロメの計算の内であった
『何たる奢り...何たる傲慢...良いでしょう
この裁きの右手を持って、神の怒りを知るが良い』
ゆっくりと右手を天に翳す
すると突如、昼間にも関わらず
今までの日の光がまるで
紛い物の光であったかのように
天空から一筋の純粋で輝かしい閃光が降り注いぐ
そして巨大な光の柱が、群衆から見て彼女の背後に聳える
山々の最も高い物へと突き刺さった、そして
カッ!!!!
一瞬の目も空けて居られない程の
凄まじい閃光に包まれたかと思うと
ゴゴゴゴゴゴォォォオオオオオ!
凄まじい雷の様な轟音が地響きの如く響き続け
黒く炎を内包する巨大な暗雲が
先程の山々を包み込みキノコ上に上昇する
徐々に雲が晴れるとそこには
今まであったはずの山の上半分が消し飛び
その境目にはまるでマグマの様に大地が赤く光を上げる
直後遅れて、凄まじい突風が建物をもなぎ倒さんばかりに
当たりに暴風の如く吹き付けた
「ひあぁああっ!」
「お許しを!」
「どうか神よ鎮まり給えっ!!」
「この世の終わりじゃぁあ!」
群衆が皆悲鳴を上げる
そして程なくして風が吹きやむと
再び静寂が辺りを包む
『しかし...』
ゆっくりと神が口を開く
『1度は慈悲を与えましょう』
「.........」
先程まで何を言っても聞き入れなかった貴族は
目を見開き、顎を震わせ茫然と立ち尽くしている
『二度目はありませんよ?』
ニコリとほほ笑むプロメ
「は、ははぁっ!申し訳ありませんでしたっ!!」
残っていた全ての者達も貴族と同時に地に膝をついた
『既に皆、心も体も傷つき満身創痍でありましょう
しかし必ず救いが待っています
あと少しだけ、頑張りなさい』
群衆が神を称える感嘆の声で溢れかえる
『神は常に見守っていますよ』
そう言うとプロメはゆっくりと姿を消していった
厳密にはホログラムを消し、本体を光学反射技術で隠しているだけなのだが
最後まで抵抗した貴族は、そのまま膝を震わせたまま、地面に伏し続けた
それから程なくして群衆は広場から解散し
南西のアルド公国を目指すべく新たなる旅路の準備に入った
食糧は均等に分配され、その味についても
不満を漏らす者は居なかった
それどころか神の奇跡の証明として
殆どの者が挙ってありがたがり口にした
既に限界まで追い込まれていたはずの彼等だったが
新たなる確かな目標と、それを裏付ける奇跡を目の当たりにし
群衆の士気は非常に高く、前向きであった
「すっごいです!プロメさん!本当に誰も争わず
沈んでいた方も皆元気になって
すべて解決しちゃいました!」
広場から再びドミルの工房への帰路の途中
セルヴィが興奮居気味に言う
「ちょっとわざとらし過ぎたけどね、
まぁ長い年月統治する訳じゃないし、あんなもんでしょ」
隣を既にいつもの制服姿に戻ったプロメが隣を歩く
「フレイアちゃんもありがとね、助かったわ」
「何と持ったないお言葉!!
何といと慈悲深き女神!プロメテウス様ぁ」
あそこまで舞台裏側の関係者として関われば疑問を持ちそうな物であるが
やはりフレイアはぶれなかった。
人が古来より人を纏め上げる上で、最も効果的な方法の一つ
それは奇跡の提示と、そこに人々の救いを結びつける事だ
そして奇跡とは、往々にして人が理解出来ない事柄である
時間をかければその奇跡の事実も無くとも可能であったが
今回はその時間が足りなかった為、直接的な手法となった
神を信じぬ者であっても
理解及ばぬ絶対的な力を示されれば
その効果は同様であった。
「どんな奇跡も人はすぐ忘れてしまう
夢は何れ覚めるモノ
けど、一週間位なら大丈夫でしょ」
一瞬神妙な面持ちを見せるも
すぐに何時もの様にどこかおどけてプロメが零す
「い、一体おぬしらは何物なんじゃ...」
共について来たドミルが広場からずっと唖然としている
「あはは...私も最初ずっとそんな感じだったのです
お店に戻ったら説明するのですよ!」
「う、うむ...」
「神に御座いますよ」
「フレイアちゃんはややこしくなるから
今は何も言わなくていいのよー」
笑顔のまま一切表情を変えず告げるプロメ
「はいっ!畏まりました!」
プロメの後ろを両手で祈りを組み目を十字に輝かせながら後を追うフレイアだった