1 まさかの時の転生裁判!(前編)
突然だが、浅宮諒は死んだ
退社後、職場での目撃を最後に行方が分からなくなっていたが、次の日の朝に自動車ごと崖に落ちているのが発見された
車は大破していたが、死体はかすり傷程度しか外傷がなく、死因は崖から落ちたショックによる心臓麻痺と診断された
事故の晩に、友人に『はむすたたのむ』とペットのハムスターの面倒を託す短いメールを送っており、その前後に何らかの原因で崖に落ちたとみられる
この事故は、全国ニュースではちょうど同じ日に起こった大規模な土砂崩れのため話題に上らず、地元のテレビ局では昼夜に各一分程短くアナウンサーに読み上げられるに留まった
かくして、浅宮諒の二十年ちょっとに及ぶ人生は、他の多くの人々と同じようにあっけなく幕を閉じた
「…よ……きよっ」
誰かが遠くで呼んでいるような気がした
「さっさと起きぬか、馬鹿者!」
「ふぁ、ふぁい!?」
いきなり頭上からおちてきた怒号に、彼こと浅宮諒は慌てて飛び起きた
随分長いこと眠っていたような気がしたが、ここは何処だろうか?
ぱっと見た限りは、巨大な白壁の部屋で寝転んでいたらしく、一張羅のスーツはあちこちにしわが寄っており体の節々が痛んだ
あまりに現実感がない今の状況に普通の人間なら危機感を抱くところだが、彼は生粋の俗物であった
(美、美人だ!美人がいるぞー!!)
細かいことも色々気になるが、そんなことよりも目の前にいる女性たちに目がいって仕方がなかった
歳は10代後半から20代前半ぐらいだろうか
皆、白い布をゆったりとひだをつけた状態で体に巻き付けており、まるで古代ギリシャの彫刻のような服装であった
おそろいのような艶やかな金髪を揺らし、こちらを好奇の目で見ていた
どの女性も画面越しならともかく現実で今までお目見えしたことがない美貌揃いで、そう多分ここが天国なのではないかと彼は確信した
(そういや仕事帰りになんか事故った気もするしー。何よりよく見なくとも彼女たち全員に白鳥のような羽が生えている!つまり彼女たちは天使で、ここは天国!!まあ、現世に心残りがないと言えば噓になるが、そんなことより目の前のパラダイスだー!!明日から仕事行かなくていいし、毎日美女とダラダラ出来るぞひゃっほー!!)
思えば苦節二十数年…という程苦労はしてないが、特にいいこともなく友達もろくにおらず、給料は安いし休みは少ない、おまけに彼女は出来たことがないし将来年金も貰えずに孤独死まっしぐらだと思っていたので、ある意味これから何十年も続くかもしれない辛い人生ゲームをリタイア出来たのかと思うと久方ぶりに胸がワクワクした
(天国ってどんなとこかはよく分かってないけど、とりあえず飽きる程ゲームしたら天国中を旅行に行こう!離島の海とかナイアガラの滝とか大自然を見に行くぜ!!)
そもそも天国にナイアガラの滝なんてあるのか?とツッコミが欲しいところであったが、この場にいる天使は諒のそんな考えなど初めからどうでも良かった
「浅宮諒。先ほどから顔面を千変万化させて楽しそうだな。だが、其方もそろそろ飽きてきた頃であろう? 私 は 飽 き た 」
突然、凛とした声が響き、諒が恐る恐る声のした方を見上げると、そこには大きな四枚の羽根を背にもち、白い鎧に身をかためた一際鋭利ともいえる美貌を感じさせる天使が玉座のような大理石の椅子に座って高台より諒を見下ろしていた
天使の綺麗な顔の眉間には皴がよっており、不機嫌なのは明らかだった
「これより浅宮諒の死後裁判を行う。天国か、地獄か…はたまた転生か、否か。天において全ては神の意志に従う、すなわち神の使者である私がこの法廷における法である!被告人、浅宮諒よ。申し開きがあれば、この場で言うが良い。ただし、それを私が聞き入れるかは知らぬが」
そう口元だけ笑みを浮かべて天上天下唯我独尊な宣言をする天使に、諒はようやくもしかして自分が意外とまずい状況に置かれているのではないかという気持ちが湧いてきた
ともかく何か詳しい状況を探るためにも、話を引き延ばそう
そこまで考えて、諒はおずおずと口を開いた
「あ、あのー、俺んち代々仏教なんで、こういう裁判って普通、閻魔大王とかにやってもらうのでは?」
なんとなくそう言った後に、ただでさえ張りつめていた空気が更にピリピリしだしたことに気付いたが、もう遅い
「そなた、空気が読めぬと言われたことはないか?」
「うっ」
思わず図星だったので、黙ってしまった
(これ、裁判官の心証を悪くしただけじゃないか…やっちまった!!)
見れば、裁判官役の天使からは口周りの微笑みさえ消えて、代わりに射るような鋭い眼差しがこちらに向けられていた
蛇に睨まれた蛙と化した麻宮諒に果たしてどのような判決が下るのか!?
それはまた次のお話で