鮎釣り①
ちづるは何者なんだ?大金ではあるが、生活費としてでもあり、リスト項目の達成の資金でもある。有頂天になってはいけない。
会社にはSiri経由で退職願いを出し、受理された。二年間いたが、最後は事務的な処理で終わりを迎えた。
退職者歓迎の会社の本音が、送別会などなかったことと無関係ではないだろう。
退職金は二十万コインそこそこだった。
ちづると向日葵に会社を辞めたことをメッセージしておいた。
すると、ちづるから連絡が来た。
「早速だけど、野外体験だ。これからの僕らに余裕などないよ。まずは渓流で鮎釣りをしよう。」
鮎釣り?そんなこと一度もやったことがないぞ。
会社を辞め、少しは家でのんびりした時間を過ごしたいと思っていたが、ちづるも向日葵もそれは望んでいないらしい。
とりあえず、ちづるが車で家まで来てくれることになった。
車が来て、ビックリした。
ちづるの車はポンコツの電気自動車だった。
「どうしたの?この車。結構古くない?」
「いいんだよ、気にしない気にしない。僕は脱人工知能だよ?自動運転車なんてまっぴらだ。」
「この車でどこに行くの?」
「そうだね、下流に行ってみようか?」
どこの下流?川のことだよな?川は今、ほとんどが人工的な防波堤を纏い、下流で鮎という自然的な魚が釣れるような場所など僕には到底思いつかない。
「下流って?川のことだよね?どこの川に行くの?」
「川じゃないよ。人工自然から守ってきた地域があるんだ、だから君の思う川じゃない。」
人工自然。防波堤を纏う今の川を人工自然というならそう呼ぶのかもしれない。
二十年前から異常気象と言われた天候により、自然は人の手で災害から身を守るため人工物化された。
今だって異常気象と呼ばれた類いの天候は起きる。しかし、現代では人間の適応能力は異常気象という言葉を無効化した。
「僕とちづるで野外体験するという、いい大人が二人でやる意味は?」
ちょっと前のめりに話をしてしまった。ちづるの古い車を見た後なだけに行くのに躊躇した。
僕は今、目の前にいる相手がちづるだったことを忘れていた。
「なるほど。君はやっぱりまだ青いのかもしれない。」
「青い?」
「うん。じゃあもし車に乗りたくないっていうなら、一億コイン返してくれないか?僕は損はしたくないから、原価割れした分はちゃんと払ってくれる?
それと、これは向日葵さんのやりたいことであり、君に能動的にやってほしいと思っていることだよ。今の君は受動的過ぎるかな。能動的に参加してほしいのだけど?」
一億コインの返却か。ちづるは僕を後戻りさせないためにチャージしたってことか?
ん、向日葵の望みか?だったら、僕に直接言えばいいのに。何故ちづると一緒になんだ?分からない。
ちづるが女子席のドアを空けながら聞いてくる。
「乗るの?乗らないの?」
「乗るよ。」