恋じゃない
「どういうこと? 何で圭希が桃ちゃんと一緒にいるの!?」
「いや、俺が単に映画を見たかっただけで、怪しいことは何もしてないし……それくらいは――」
「へぇ? 映画見たいだけの奴がバイト先の子の胸を触るんだ? それも単に触りたかったとかそういう意味?」
あーやはりこうなってしまうんだ。願望が実現するには色々とハードルを乗り越えないとダメってことがよく分かった。言い訳でも何でもないけれど、触れさせたのは自分から。だから言わないと。
「美也ちゃん。それは違います」
「違う……とは?」
「私が触れさせたんです。だから圭希さんは悪くなくて、むしろ罪は私だけなので、彼を責めるのは違うのかなと思います」
「桃ちゃんが求めたってこと? だとしても簡単に触れるコイツもおかしいでしょ。やっぱり、好きってこと?」
「好きじゃないです。まだ何も知らないので」
「は、はは……好きじゃない、か」
何かショックを受けている? バイト先でしか知らないのは事実。そして好きかと言われればまだ分からないことだらけ。気にはなっていた程度。それだけだから誤解は解きたい。
「んー、ということは、桃ちゃんは悪くなくて、試したら本当に触れてきた。そういうことだよね。何とも思ってないから触られたことに何のリアクションも取れなかった。でしょ?」
「たぶん、それです。それに圭希さんは、美也ちゃんと恋人ですし」
それが本当なのかは分からないままだけれど、そう言っておくのが無難のはずだから。
「や、えと、そうじゃないけど。でも好きだから、だから桃ちゃんには事前に釘を刺しておいたっていうかね」
やはり普通の恋は簡単には出来そうにない。もっとも、映画を一緒に見ただけで恋に進めたらそれは奇跡みたいなものなのだけれど。
「ごめん。俺、そんな困らせることしたくなかった。美也にも、深瀬にも悪かった。けど、美也とはまだそんなんじゃない。だから俺を責めるとかそれは違うはず。だろ、美也?」
あ、なんか面倒になりそう。これは帰ろう。そしてバイトもやめるしかないのかな?
「えーと、帰ります。私がバイトをやめれば、圭希さんも美也ちゃんも問題は起きないと思うので」
「ちょっ、それ違う。と、とにかく明日もバイト来てね? やめるまでもないし、そんな修羅場にしたつもりもないんだからね? 圭希とはきちんと話すし。来てね、桃ちゃん」
「あ、はい」
難しくさせているのは私であって、実のところ他の誰かが付き合っていようが、そうでなかろうが私は気にしていない。だからかもしれないけれど、普通に過ごすことが出来ないでいる。バイト先が気まずくなるのは避けたい。となれば、圭希さんと親しげにするのは止すべきなのかもしれない。