普通じゃない
仕事をしている時には分からなかったことだけれど、圭希さんはそういう人間なんだということを知った時、咄嗟に出た言葉は、「どこに触れたいですか?」だった。自分でも何でこんなことを言ってしまったのか分からないことだけれど、何も感じないことだから言ったのだと思う。
「――深瀬、それは本気で言ってるのか?」
「触れたいならどうぞ?」
男性との経験なんてもちろん、多くは無い。ただ、感情を表に表すことが無かっただけで、実のところ学校に行ってた時はそれなりのことをしてきた。だからなのかもしれないけれど、それに対して何も感じなくなった。つまり、触りたければ勝手にどうぞ。そんな程度だった。この人もきっとそれだけが目的、そう思った。
「……んっ」
私の言葉通りに彼はその手を胸に当てて来た。そんなに分かりやすいほどの膨らみなんて私には無いけれど、とりあえず本当に触れてきたので驚いて思わず声が出てしまった。それなのに圭希さんはすぐにその手を離して、私に怒りをぶつけてきた。
「あぁ、くそっ……ふっざけんなよマジで! お前、俺を何だと思ってんの?」
「その辺の男」
「ちげー! 俺はこう見えても気弱な奴なんだよ! それよりも深瀬! お前、何で抵抗とかしなくてそんな簡単に触らせたり出来るんだよ? それは普通でも何でもないんだぞ? どんな経験して来たか聞かねえけど、お前……それは駄目な奴だからな? だから、そういうのはやめてくれよ」
こういう答えも反応も想定済み。どんなに優しくても最終的には、やることはみんな一緒だった。そういう学生生活を送って来た私だからなのかもしれないけれど、所詮そんなものなのかなと思っている。
「……男にとってこういうのが普通ですよね? だからですけど、何か問題でも?」
「バイト中からそういうの含めて気になってたけど、確信した。深瀬は俺にだけ恋を向けろよ。そんな簡単に体に触れさせるとかも無しな! そんなのは普通じゃねえよ!」
「はぁ……まぁ、努力しますけど、美也ちゃんはいいんですか? あと、それ以外の人とも」
「美也? それ以外? いや、それは違……」
「ちょっとーー! 圭希じゃん! 何してんのそこで……ハ? 桃ちゃん? え、何、何で? どういうこと?」
ほら、やっぱり。始まってしまった、かな? 抜け出せないぬかるみの中を、いつまでももがき続けなければいけない、そんな恋が始まる。私は普通にしていただけなのに……ね。