ライバル?
「ケーキさん、オーダーお願いします」
「ほいほい、任せて」
厨房にいるのは彼だけじゃないけれど、何故か私のシフト時はケーキさんがオーダーを聞くことが増えた気がする。以前からそうだったのかは定かじゃない。これは恐らく、名前で呼ばれることになったのが関係していると思った。
まともに名前を呼んでもいないのに、何がそんなに嬉しいのか私には分からなくて、だけど同じホールで仕事している女性たちには悪い女に見えたらしく、休憩中に叱られかけた。
「狙ってるの? もし狙ってるなら許さないけど」
「何をです?」
「圭希」
何のことだか分からなくて本気で首を傾げながら、眉を顰めていたら途端に優しくされた。
「あーうん、深瀬ちゃんはそういう子か。や、ごめんね? 何でもないから! てことで、何か飲む? 奢ったげるよ」
「じゃあダージリンを」
「あいあい、任せなさい!」
私と同じホールで動く女性は全部で5人くらい。その内の一人が、谷地美也さん。もっとも、シフトで会える人会えない人がいるから、谷地さんとあと一人の2人くらいしか接点が無いけれど。
「ほい、持ってきたよ。でもさぁ、何で急に名前呼びだしたの? 興味持ったとか?」
「名前知らなくて。それはさすがにまずいだろって言われて、聞いてみてそしたら甘そうな名前だったので、ケーキさんと呼ぶようになったんです」
「ケーキ? あ、そ、そうだったんだ。面白いね、桃ちゃん。わたしのことは美也ちゃんでいいよ」
「美也ちゃんさん、よろしくお願いします」
「や、さんいらないし……」
敵になりそうだった美也ちゃんは、敵どころか友達になってくれた。彼の名前を呼ぶことも気にせずどんどん呼んでやってなんてことも言われてしまった。仕事だし必要だから呼んでいるけれど、仮に外で会ったとしても呼ぶことは無いとは思う。
「そろそろ休憩終わるし、戻ろうか」
「はい、美也ちゃん」
「そうそう、わたしはいいけど他の人にはちゃん付けは駄目だかんね? 桃ちゃんは天然っぽいし、圭希のことも何とも思ってないみたいだけど、ここの子たちは警戒心強いし勝手にライバル認定されるから、気を付けなよ」
「ライバル?」
「そ。恋のライバル」
あぁ、だからなんだ。名前を呼ぶのも命がけなのかな? そうだとしたら、やっぱり簡単に呼び続けるのは控えた方がいいのかもしれない。でも心配しなくていいのに。バイトはバイトだから、そんなことにはたぶんならないだろうし、想い合う様なことにもならないはずだから。