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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

銀の血盟 掟破りの新米ハンター

 月明かりが闇をうっすらと溶かしている。

 僕の瞳に映るのは、満月と二つの人影。


 一つはゴシックな服を着たあどけない少女だ。灰色の長い髪が月光に照らされて、艶やかに光っている。

 もう一つは、闇の中でも分かるほどの濡羽色ぬればいろの長髪で眼鏡を掛けた女性だ。


 二人はにらみ合い、何か言葉を交わしているように見える。

 だが、聞こえない。

 段々と意識が朧気になっていく僕の視界の端に映ったのは、頭を失った体。

 見たことがある服を着ている。そう、見覚えがある体。


 頭を失い首から血を吹き出し、横たわっていたのは僕の体だった。


      ・     ・    ・


 まどろみが晴れると、身をよじり目をうっすらと開けた。


「おはよう、(いさむ)くん。よく眠れた?」


 目をこすって、声が聞こえた方へ顔を向ける。

 ハンドルを握る黒髪の女性が、僕を横目で見ていた。

 黒縁眼鏡を掛けた女性は大きな瞳をしており、小ぶりの鼻が可愛らしい。その可愛さとはあまり似つかわしくない、黒のパンツスーツを着ている。


悠乃ゆのさん、すみません。寝ちゃってしまって」


「昨日は遅かったからね。寝るのも無理はないわ。そんな疲れた君に悪い知らせ」


 言うと、クスリと笑った。

 その言動から、僕は休息を失ったことを悟った。


「また狩りですか……。血盟団も僕達みたいな新米ハンターをこき使うなんて。ブラック企業ですね」


 悪態を吐くと、外に目を向ける。

 昇る朝日が眩しい。闇の中を駆け回った疲れが少しだけ癒された気分になった。


「ブラックなのは否定できないわよね。でも、私は新米じゃないわよ? ハンターになって、二年目だし」


「ペーペーの僕からしたら、大先輩ですね。歳も二つ上だし。あ、この間、十代卒業していましたね。おめでとうございます」


「ありがとう、勇くん。車から放り出してあげるわ」


「ひぇっ」


 冷たい微笑みが怖い。からかい過ぎてしまったようだ。

 咳ばらいをして、話をすり替えよう。


「こ、今度はどんなヤツがターゲットなんでしょうね。また、変化妖怪シェイプシフターとか勘弁ですよ?」


「あれは苦労したわよねぇ。勇くんが私を間違えるなんて……」


「す、すぐに見破ったじゃないですか。いつまでも根に持たないでください」


「はいはい。今回も厄介な事件のようね。ハンターが二人、連絡がつかなくなったそうよ」


 そう言うと、悠乃さんはスマホを僕に渡してきた。

 ディスプレイに表示されているのは、強面の中年男性であった。

 この男性はハンター歴十年のベテランだ。もう一人の男性も、ハンターになって長いようだ。


「強そうな人達ですね。何があったんでしょうか?」


「連絡を絶つ前は、惨殺事件を調査していたようよ。人を喰らった跡のある事件のね」


「人を喰らう……か」


 スマホから目を離して、悠乃さんを見つめる。

 僕はこの人とタッグを組んでいる。闇の中を駆けずり回って、人間に仇なす化物を退治するために。

 背中を預けて、戦っているのだ。


 僕の首を刎ねた女性と。


     ・     ・     ・


 車が辿り着いたのは、住宅街にひっそりと佇む教会であった。

 教会のドアを開けると、中から厳かな雰囲気が漂ってきた。そのせいか、身の引き締まる思いがする。

 並んだ長椅子に数名の男女が座っており、祭壇には黒い服を着た神父がいた。


 悠乃さんが神父に近づく。


「おや? 初めての方ですか?」


「先ほどお電話しました、御堂みどうと申します。少しお話を良いですか」


「あぁ、あなたが。銀の血盟団と言われたので、どのような方かと思えば。それで、どのようなご用件で?」


「できれば、場所を変えていただけませんか? 少し長くなるかもしれませんし」


 悠乃さんは言うと、僕に目を向けた。

 待機命令だろう。この場から去って行く二人を見送って、いくつもある長椅子の一つに座った。

 疲れがたまっているせいか、うつらうつらしていると、いくつもの囁きが聞こえた。


「……あの子、もしかして……」


「……そうよ……。絶対に……」


 どうやら僕達は招かれざる客のようだ。

 いくつもの尖った視線を感じる。ということは、ここにいる人達は亜人間リューゲンだ。


 リューゲンは人の姿形をしているが、その実態は全く違う生き物。

 吸血鬼ヴァンパイア狼男ライカンスロープ、ウェンディゴ、シェイプシフター。様々な種族が人間と変わらない姿で生活をしている。


 人間に溶け込んで生きるリューゲン。そんなリューゲンを狩るハンター。

 狩るとは言っても、それは犯罪行為を起こしたリューゲンについてだけで、問題を起こしていない者達を狩るようなことはしていない。


 だが、そう言っても恨まれるだけのことはしていることも事実だ。

 針の筵のような状況を恨んでいると、足を軽く突かれた。


「ねぇ、お兄ちゃん?」


 目を開けると、小さな女の子が僕の傍に立っていた。

 小さなリボンを髪に止めている少女は、僕の顔をのぞきこんでいた。


「何? どうかしたの?」


「お兄ちゃん、ハンターなの? 怖い人なの?」


「怖くはないよ。見てよ、この顔。怖くないでしょ? 強く見えないでしょ?」


 少女は僕の顔をじっと見つめると、満面の笑みで頷いた。

 どうやら安心してくれたようだ。でも、少しだけ傷ついた。


「お兄ちゃん、みんな悪いことしていないよ? 怒られるようなことしてないよ?」


「そっか。お兄ちゃん達は捜査に来ただけなんだ。悪いことしてないなら、何もしないからさ」


 そっと頭で撫でる。

 少女は胸を撫で下ろしたようで、緩んだ表情を見せた。

 こんな小さな子供を恐怖させてしまう存在のハンターに僕はなっている。


「帰ってください! この街から出ていきなさい!」


 教会の奥から響いた怒鳴り声に驚いた。神父の声だったが、何があったのだろうか。

 悠乃さんが姿を見せると、続いて神父が顔を怒らせて現れた。


「我々は静かに暮らしているだけです! 人間と何ら変わりありません! それなのにあなた方、銀の血盟団は正義の名の下に、我々を処罰しようとしている! 誓って言います! 我々は何もしておりません!」


 顔を赤くさせた神父は断言とすると、手を大きく振るった。


「帰ってください! さぁ! 早く!」


 神父の熱に押されて僕達は教会を後にした。


    ・    ・    ・


 すごすごと退散した僕達は、ファミリーレストランで昼食を取っていた。


「はぁ……。まいったわね。あれだけ激高されると、もう話は聞いてもらえないわよね」


 悠乃さんは深いため息を吐いて、コーヒーカップを口にした。


「じゃあ、地道に聞き込みして探しますか? とは言っても、他の人達も歓迎ムードではなかったですけど」


「そうよねぇ。でも、人が消えたんだから、簡単には引き下がれないわ。勇くん、頑張るわよ」


 力強く頷く。ここで引き下がってしまえば、二人は見つからないかもしれない。

 悠乃さんはそのことを理解しているのだ。僕はその思いに従おう。


「あ、そうだ。今日の夜で良いかしら? ちょっと疲れているから、先に休んでからが良いんだけど」


「そうですね。そろそろかも。じゃあ、夜、お願いしま……?」


 視線を感じた。どこからだろうか。

 目だけを素早く動かすと、入口から僕を見つめる少女を見つけた。

 僕と視線が合うと顔を明るくして近づいてきた。


「お兄ちゃん、こんにちわ」


「やぁ、こんにちは。君もご飯?」


 僕の問いに少女は首を振った。


「神父様から言うなって言われたんだけど……。私ね、夜に見たの。怖いおじちゃんが、暗いお家に入って行くのを」


「そ、それ、本当? どこのお家? 連れて行ってもらっても良いかな?」


「うん、良いよ。でも、今からお出かけしないといけないから、夕方でも良い?」


「ありがとう。じゃあ、また夕方ね」


 少女と約束を交わすと、小走りでファミリーレストランを去って行った。


「勇くん、あの子は?」


 悠乃さんが外を走って行く少女を見て言った。


「教会であった子ですよ。なんか懐かれたみたいで」


「勇くんは優しいもんね。それが伝わったんじゃないかしら」


「ハンターとしては、どうかと思いますがね」


 少し自嘲した。怖がられるのもハンターの役目だからだ。

 人間とリューゲン。相容れているようで、まったく交わらない種族の間ではいさかいが絶えない。

 そのような関係の中でハンターは、罪を犯したリューゲンを狩るだけではなく、次の犯罪の抑止力に繋がっていると思っている。


 僕達の努力が、人を救う。そうなると信じて。


「悠乃さん、頑張りましょうね」


 僕の言葉に笑みを浮かべて頷いてくれた。

 この人を助けたい。あの日、あの夜、僕を助けてくれた悠乃さんを。


      ・     ・     ・


 陽が空を焦がしている。

 空が赤く染まる時間に、僕達は住宅街の一角にある古びた屋敷の前にいた。

 敷地は広く、伸び放題の生垣が屋敷を取り囲んでいて、外から中の状況は伺えない。


「ねぇ、美亜ちゃん。ここで合っているの?」


 傍にいる少女、美亜ちゃん言う。


「うん、この中」


 美亜ちゃんが屋敷の門に指をさした。

 改めて屋敷を見つめる。重く苦しい雰囲気だが、それ以上に淀んだ空気が漂っている。


「勇くん、嫌な感じがするわね」


「えぇ、当たりっぽいですね。じゃあ、行きましょうか」


 車のトランクを開けて、武器を取り出す。

 悠乃さんは拳銃と脇差を手に取り、僕は銀の装飾を施されたグローブを付けて、更に右手に鋼色のガントレットをはめた。


「さ、勇くん、行きましょう」


「はい。じゃあ、美亜ちゃんは家に帰ってね。この事、誰にも言っちゃダメだからね」


 美亜ちゃんに念を押すと、悠乃さんと共に屋敷の敷地内に踏み込む。

 玄関には板が打ち付けられおり、中に誰かが入った痕跡はない。裏に回って、他に入口がないかを確認する。


 伸び放題の雑草を踏みしめていると、朱色に染まった草があった。


「悠乃さん、これ」


「これって……。勇くん、気を引き締めて」


 しっかりと頷き、血を浴びた草の行き先を探る。

 少しだけ開いている勝手口に血の跡が続いているのが見えた。

 まるで僕達を誘っているように、そこだけ無防備に解放されている。


「勇くん、私が先に」


「嫌な予感がします。一旦、下がりませんか? もうすぐ、夜ですし」


 赤く焦げた空は、燃え尽きたように暗くなってきている。

 夜はリューゲンにとって都合が良い時間の場合が多い。もし、今回の事件がリューゲン絡みだと、これからの時間は危険だ。


「態勢を整えてからにしましょう。ここにいるかも分かりま」


「ぎぃやぁぁぁぁぁぁ!」


 僕の言葉を、男性の悲鳴が遮った。

 家の中からだ。この家で何かが起きている。とてもではないが、良い事とは思えない。


「勇くん、行くわよ」


 悠乃さんは拳銃をスライドさせると、勝手口から屋敷の中に入った。

 慌てて後を追って勝手口を抜けた時、耳にキィンと甲高い音が響き、扉が閉じられた。


「しまった! 結界!?」


 悠乃さんが勝手口のドアノブを何度も回すが、全く反応がない。

 結界と悠乃さんは言った。そうなると、ここは敵の手中に違いない。

 注意して周りを見る。古びた台所には家具はなく、ほこりが宙を舞っているだけだ。

 だが、どこかおどろおどろしい力が伝わってくる。


「これ、ヤバくないですか?」


「えぇ、ヤバいわね。結界を張ることができる程のリューゲンは限られているわ。おそらく、私たちの敵でもっとも厄介な存在、ヴァンパイア」


「ヴァ!?」


 驚愕の声を上げた時、台所の引戸がゆっくりと開いた。薄明かりの中で見えたのは、二人の人影だった。

 悠乃さんが懐中電灯を取り出して素早く照らす。


「あ、あなた達は」


 姿を見せたのは行方が分からなくなっていた、二人のハンターだった。

 見つかったことに安堵しそうになった。が、すぐに異変を感じ取った。

 何も反応せず、ぼんやりと立ったままなのだ。


「あの、大丈夫ですか? 僕達、あなた達を助けに」


「勇くん! 近づいたらダメよ! あの人たちはもう……」


 言葉の意味を理解しようとした時、二人が突如動き出した。

 一直線に駆け出した二人の目は、目玉が飛び出んばかりに見開かれており、血走っている。

 一瞬、身を引いた時、乾いた破裂音が響いた。


「ぐぇ!」


 一人の眉間に風穴が空いた。

 もう一度、破裂音が鳴る。


「がぁっ!」


 もう一人も額に穴を開けて、床に崩れ落ちた。

 どちらも絶命したのか、まったく動かなくなっている。

 横にいる悠乃さんが拳銃の銃口を下げるのが見えた。


 二人を殺した悠乃さんに問う。


「悠乃さん、この人達ってグール……ですよね?」


「えぇ。完全にグールになっていたわ。こうなると、これ以外に助けようはないわ」


 悠乃さんが表情を曇らせた。

 グールは、使役者の意のままに操られる人形で、主にヴァンパイアが人の血を吸うことで生まれるものだ。

 グールとなった人を助けるには、死を弄ばれた人を解放するには、殺す以外にない。


 だが、化物になったとはいえ、元は人だ。仲間だったのだ。

 分かっているとはいえ、気持ちが良い訳がない。


「悠乃さん……」


「大丈夫。早く、ここを出ないとね。どこにいるのか探さないと。……あちらから来てくれたようね」


「えっ? ぐっ!?」


 心臓を締め付けられたかのように、胸が痛い。

 背中が凍ったかのような寒気を感じる。この力強さ、この圧倒的な存在感。これが。


「ヴァンパイア」


 姿を見せたのは昼間にあった神父であった。

 神父が顔を歪ませた。


「だから帰れと言ったのに。これ以上の厄介事はごめんだったのですが」


 嘆かわしいと言わんばかりに、大袈裟に首を横に振った。

 その言動に腹が煮えてきた。二人をグールにして、僕達を襲わせたヴァンパイアに吠え掛かる。


「てめぇぇぇぇ!」


 握締めた拳を振りかぶり、顔面目掛けて全力のストレートを繰り出す。

 僕の拳は振りぬくことなく、神父の掌の中に納まっていた。


「なかなか早い。だが、所詮は人間っ!?」


 破裂音と共に神父の右目に穴が開いた。悠乃さんの拳銃の弾丸によるものだ。

 神父の右目から血が噴き出ている。だが、神父は痛みに悶えるどころか、笑みを浮かべていた。


「銀の銃弾程度で殺せると思ったのならば、とんだ思い違いですよ。首を刎ねるか、心臓に杭を打つか。まぁ、どちらも無理でしょうがね」


 勝ち誇ったように笑った。気付けば右目は修復されている。

 ヴァンパイアとはここまで厄介なものなのか。

 リューゲンの中でも伝説級の存在であることを、まざまざと見せつけられた。


 だが、こんな所で諦める訳にはいかない。

 腹に力を込めて、体の底から声を上げる。


「おらぁ!」


 左手の高速のアッパーを仕掛ける。

 首をすっと後ろに下げて、難なく避けられた。


「くっ!」


「若者はこうでないと。ねっ!」


「ぐほっ!?」


 腹に痛烈な拳の一撃を叩きこまれた。

 痛みを訴える声すら上げられない。呻きながら、膝を着いた。


「勇くん!? くっ!」


 銃声が何度も鳴る。そして、神父の笑い声が響いた。


「さぁさぁ、どうしました!? その程度ですか!? そうだ。その刀を使ってはいかがですか? それとも、それはお飾りですか!? 」


「くっ」


 鯉口を切る音とほぼ同時に、風を裂いた音が届いた。

 悠乃さんの高速な剣技が光ったに違いない。伏せた顔を上げた時、息を飲んだ。

 神父が悠乃さんの刀の刃を指で摘まんでいた。


「これは驚きました。本気を出してしまいました。さて、お遊びはこれくらいにしますか」


神父は言うと、悠乃さんの腕を掴み引っ張ると僕に向けて投げつけた。


「あうっ!」


「がはっ」


二人で重なって床に倒れこみ、口から痛みを訴える。


「くっ。悠乃さん、大丈夫ですか?」


「うぅ……。これくらい、何でもないわ。でも、この状況は」


佇む神父を見つめて、悠乃さんは歯を強く噛んだ。

この状況は不味い。このままでは勝てない。勝つためには。

悠乃さんの耳に口を近づけて、ささやく。


「悠乃さん、時間を稼ぎます。準備をお願いします」


 言うと、体に力を込めて立ち上がった。

 神父を睨みつけて、まだ負けていないことを見せつける。

 拳を気持ち持ち上げて、ファイティングポーズを取り、神父との間合いを測る。


「良いですねぇ。このままいただくのは面白くないですから。さぁ、掛かって来なさい」


 挑発するように手招きをした神父に飛び掛かる。


「せぇあ!」


 拳を振るう。

 体の軸をずらすだけで、避けられた。


 体を捻じって、蹴りを繰り出す。

 一歩後ろに引かれて、蹴りを空を切った。


「くそっ!」


「ふむ。面白くなくなってきましたね。もう面倒です、死んでください」


 神父の目に冷酷な光が宿った瞬間、腹部に強烈な痛みと熱を感じた。


「がぁぁぁ!」


「人の悲鳴とはいつ聞いても良いものですね。ふんっ!」


 腹に腕を突っ込まれたまま持ち上げられ、宙に放られた。


「ぐあっ! くぅ……」


 床に仰向けに倒れて、霞む視界で天井を見つめた。

 悠乃さん、まだなのか。もう、これ以上は身が持たない。

 揺らぐ世界。朦朧とする意識。死へと誘う眠気。


 この感覚は二度目だ。声にならない声で呟いた。


「ごめんなさい。巻き込んでしまって……」


 悠乃さんの声がすぐ近くで聞こえた。

 悲しみに濡れた声。これも二度目だ。


 あの日、あの夜、いやに冷たい手術台の上で目を覚ました時、僕の隣に寝ていた血の気の引いた悠乃さんが振るえる声で発した言葉。

 僕を殺したことに対しての懺悔の言葉。


 ヴァンパイアに襲われて、血を吸われ、グールに転化しようとした時、僕は悠乃さんの刃によって首を刎ねられた。

 そして、僕は生き返った。悠乃さんの命を懸けた行動によって。

 薄れた意識があの時と重なり、記憶の中から女性の声が聞こえた。


『起きろ、フランケンシュタイン』


 フランケンシュタイン。僕のことだ。


『いや、ヴァンパイアかな?』


 ヴァンパイア。これも僕のことだ。


『どっちでも良い。新しい生命体、お前には生きる道が二つある。一つ、隣の女の血を吸いつくして、ヴァンパイアとして覚醒する。一つ、人でもリューゲンでもない、生命の掟を破った存在、フランケンシュタインとして、世界から孤立する』


 隣に目を向けると、悠乃さんが僕を見つめ、小さく頷いた。

 僕のために命を捨てようとしていることぐらい分かった。

 提示された選択はどちらも酷なものだった。高校生の僕には重すぎる選択だ。


 だけど、僕は迷いなく選んだ。

 フランケンシュタインとして生きることを。


 首筋に鋭い痛みが走った瞬間、闇に染まりそうだった意識が晴れた。

 目を見開き、ゆっくりと立ち上がる。


 床に座って、苦しそうに息をする悠乃さんが傍にいた。

 手には血液を注入するための、拳銃型の注射器を持っていた。


「悠乃さん、ありがとうございます。貰った血は無駄にしません」


 軽く笑うと、神父に顔を向ける。

 神父は驚愕の表情を浮かべ、狼狽していた。


「そ、そんな。確実に殺したはず。腹に穴を開けられたのに」


「その程度じゃ、死ねない体なんだよ。ほら、もう傷はないぜ」


 穴があった腹部を手で叩く。


「貴様、人ではないな!」


「あぁ、そうだな。フランケンシュタイン? ヴァンパイア? まぁ、好きに呼べばいいよ。あ、でも、ヴァンパイアと言っても……」


 目を座らせ、殺意を発して神父に凄む。

 僕の力によって家が軋み、ミシミシと音を立てている。

 その力は神父にも及んだようで、一歩後ろに下がっていた。


「あ、あ、なんてことだ……。この力……。『始祖の血統(オリジン・ブリード)』とでも言うのか」


「みたいだな。僕を襲ったヤツがそうだったようだ」


「そんな……。人間が、その血の力に耐えられる訳が」


 恐怖に縛られているのか、息を荒げ、声が上ずっている。


「耐えられるさ。見せてやるよ、その証拠を。『銀の腕(アガートラム)』、イグニッション!」


 咆哮を上げて、右手のガントレットに力を込める。

 ガントレットが銀色の光を放つと、その形を変えていく。

 空気中に光る微粒子を撒く、眩いばかりの銀の腕が姿を見せた。


「アガートラムだと!? 自身を武器に変えることができる力……。まさか、『銀の血漿けっしょう』を取り込んだのか!?」


「あぁ、普通は武器に使う物らしいけど、僕は体に入れたのさ。ヴァンパイアの力を抑えるためにね」


 光を放つ右手をぐるりと回して、神父に余裕を見せつける。


「さて、ネタバレもしたことだし、あなたには消えてもらう」


 言い放つと、足の筋肉が破裂せんばかりの力を加えて、一気に神父に肉薄する。

 銀の光によって、恐怖で顔を引きつらせた神父の顔が照らされた。

 拳を引き、右手の光を爆発させる。


「シルヴァ・ヴァレット!」


 閃光を放つ拳が空を貫き、神父の胸にめり込むと、皮膚から光が溢れて、紙が燃えていくように全身を焦がしていく。

 目や口からも光を放つと、体が少しずつ塵と化す。神父の存在は無に帰った。


「懺悔の言葉はいらないよ。恨み言も聞きたくないけどね」


 虚空に向けて勝利の言葉を放った。


      ・      ・      ・


 悠乃さんを背負って、勝手口から外に出る。


「勇くん、もう大丈夫。歩けるから、下ろして?」


「いやいや。まだ、気分が悪いでしょ? それに、女性を背負うなんて滅多にできませんから」


「茶化さないでよ。じゃ、お言葉に甘えるわ。……勇くん、ごめんね。ありがとう」


「……こちらこそ、ありがとうございます。悠乃さん」


 背中に悠乃さんの鼓動が響く。

 僕の命を救うために、捨てようとした命を僕は感じている。

 もし、あの時、僕が違う選択を取っていたら、今のような満ち足りた気持ちを味わうことができなかっただろう。


 人でもリューゲンでもない。一人ぼっちの存在に僕はなってしまった。

 だけど、それでも、僕の傍には悠乃さんがいる。僕に命を与えてくれた女性がいてくれるのだ。

 色々考えれば悩みは尽きない。だが、今は、それだけで充分だ。


 スマホがバイブする音が聞こえた。

 悠乃さんが小さく笑うと、僕の顔の前にスマホを見せてきた。

 そこには、本部への招集命令が表示されていた。


「うわぁ……。もう、次の指令ですか」


「ねぇ~。ブラック企業もここに極まった感じね」


 悠乃さんの言葉に噴き出してしまった。

 笑い声を上げていると、悠乃さんも小さく笑った。


 同じ感情を共有している僕達は繋がっているのかもしれない。

 血で結ばれた関係だけでなく、もっと深いところで。血よりも固い絆で。


「ん? 勇くん。なんか今、いやらしい事を考えてなかった?」


 僕の勘違いだったかもしれない。


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