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④出会い その三

「ごめんください」という声とともに、店内に華やかな空気が流れ込んだ。


 彩羽いろは麻友まゆ正人まさとの三人は一斉に声のした方へ振り返った。そこにいたのは―――-とてつもない美少女だった。身長は165センチくらいだろうか。スレンダーなスタイルに肌は抜けるように白く、驚くほどの小顔で、くっきりとした眉、瞳、赤い唇。肩までの髪はやや茶色がかっているが、おそらく、染めているわけでなく天然の色で、とにかく、素のままでの美しいひと特有のオーラが彼女の周りをかたどっていた。


 あっけにとられて、見つめていると、のそのそとテーブルから正人が立ち上がった。


「北上さん………。」正人が呼びかけると美少女が振り返り、笑顔を見せた。


「あら、吉沢君、久しぶり。」


 笑顔が一層、輝くほどの美しさをそこに添えた。


「吉沢君、北西だったよね、今、帰り道?」


「うん」


「あたしは、ボランティア。今この近くでやってるの。」


 美少女は正人の連れと認識したのか、彩羽と麻友にも会釈をした。美しいだけでなく、礼儀正しく、感じの良い人なのだ。


「今から、そのお宅に伺うのに手土産にここのお菓子持っていこうと思って。」


 そして美少女は上生菓子を箱詰めで注文し受け取ると、もう一度、正人だけでなく、彩羽と麻友にも会釈をすると出て行った。


 三人はしばらくぼんやりとしていた。


「………凄いねえ…。」最初に口をきいたのは麻友だった。「いるんだ、同じ世界にあんな人。」


 彩羽も、うん、と言って麻友に賛成の意を示した。


 正人はまだ、美少女が出て行ったほうを見たままだった。


「よしざわくーん!」麻友が正人に呼びかけた。正人がはっとして、こちらを振り返った。


「中学の友達?」麻友が正人に聞いた。うん、と頷きながら正人は


「俺、緑ヶ丘付属だったから。」といった。


 そういえば、今の美少女は確かにそこの制服を着ていた。


 緑ヶ丘学園は、この地方では数少ない、幼稚園からお受験入試のあるエスカレーター式の学校の一つだった。この地域では親が教育熱心で、ある程度裕福な層の集まる学校だというイメージがあった。だが、中学校までは共学だが高校と大学は女子のみ、となるため、男子は高校から、別の学校へ出なければならない。また、『地方あるある』のひとつで、付属の学校のほうは偏差値が高くても、大学のランクは低いといった学校でもあったため、女子でも高校から他を受験する者も多かった。


 正人は彩羽と麻友のそんな考えに気づいたように、


「彼女はとても成績は優秀だったけど、緑ヶ丘の経営者一族の人間だったから、高校までは行くんだって言ってたらしいよ。」人づてに聞いたんだけどね、とまたぼそぼそと付け加えた。


 彩羽はふーんと相槌を打っただけだったが、麻友は


「緑ヶ丘の経営者一族ってことは、北上代議士の係累だってこと?」と正人に聞き返していた。


「北上代議士って、政治家の?」自分で口にしながらなんと情けない聞き方をしているのだろう。代議士が政治家でなくてなんだというのだ。麻友はその彩羽のおまぬけな質問も意に介さず、


「うん、そうだよ。いよいよ、本県からも総理大臣誕生かって、期待大、のね。」と答えた。


 そう、この、『文化の砂漠』と言われる我が県は、いまだかつて、総理大臣どころか、大物といわれる政治家を輩出したことがない。『陸の孤島』とも称されるほどの交通網の発達の遅れもそのせいだといわれた時期もあったらしい。昔は、総理大臣が出れば、新幹線が通るといわれていた時代もあったと聞く。

北上慎一郎代議士は、県が全力を挙げて後押ししている、といわれる政治家だった。


「へーっ………、家柄も一流ってかあ………。」彩羽はため息をついた。正人は美少女北上にあって興奮冷めやらぬのか、さっきまでの無口さからは考えられぬ口調で、彼女について知っていることをぺらぺらと教えてくれた。


「でも、彼女は北上代議士の実の子供じゃないらしいよ。彼女のお母さんは、彼女を連れ子して、北上代議士と再婚したらしいから」


 正人の説明で美少女の名は、香織ということが分かったが、北上香織の実の父は戦場カメラマンで、海外に出て行方不明になったままだという話だった。


「それでも彼女は北上一族から、完全に一員として認められているようだよ。何年か前に北上代議士の母親、つまり彼女のおばあさんにあたる、『北上の老夫人』が、『いずれ、世代が変わっても、香織がいれば、北上家は安泰だ』って言っていたらしいから」


『北上の老夫人』は県の重要なさまざまな会合にかかわる、いわば影の実力者だった。


「へえ、血のつながりのない孫のことをそれほどほめたの?」


「それに、彼女のお母さんは元橘ジェンヌだったっていう話だったよ。トップスターではなかったらしいけど、体壊して退団するまではかなりいい位置にいたらしい。」と自分のことでもないのに自慢げに言った。


 橘ジェンヌ。彩羽はくらくらしてきた。彩羽も憧れたことはある。ただし、その舞台を生で見たというわけではない。テレビや、動画で見たことしかない。それほど、この地方に住んでいれば、遠い、手の届かぬ話だ。それが………お母さんだって!?


 彩羽は家でk-popのアイドルグループ、トウータイムスの動画をアワチューブで見ながら、歌い、踊っている、丸っこい自分の母の姿を思い浮かべてため息をついた。………違いすぎる。


 そして、彩羽は思った。それに、第一………。


 麻友は、「へえ、じゃあ、あの美貌はお母さん譲りってわけね。」と相槌を打っていた。


「うん。」やっぱり正人は自慢げだった。


 確かになあ………、と彩羽は思った。自分の友達にあの子がいたら自慢したくなるかも、と。


 その日はそれでお開きとなり、金曜日の入学式のあと土日を挟んでの、高校生活の始まりとなるのだった。





 月曜日の高校生活からいきなり8時間目まで授業があり、地方の『自称一流高校』の洗礼を、入学した200人全員が受けることとなった。


「いいか、まず、安直な目標は持つな。東大だ。東大をめざせ。」


 担任はことあるごとにいうが、毎年学年で片手の指、多い年でも両手の指にも足りないほどの東大進学者しかいないこの学校で、全員の目標にするには、まるっきり見当はずれのような気もするが。


 彩羽は昔、家に某旧帝大の大学に行ったいとこが遊びに来た時に言っていた話を思い出していた。


「東大とその他は全然違うんだよ。俺たちK大ランクが70点の時、東大ランクは同じ問題で100点なんだから。」


 要するに、根本的な地頭の違いがそこにある、ということだろう。


 彩羽自身もうっすらとはその違いの意味を、自分自身の経験として感じ取っていた。


 この学校に来ている者たちにそういう風に発破をかけてはたして何人が本気にするだろう。皆すでに、受験を一回、多いものは二回、三回と経験してきている。努力だけでは越えられない壁というものがあるということを、すでに知っている者たちが多い、この場所で。


 彩羽は熱く語る担任の姿に心が覚めていくのを感じていた。


 でも、待ったなしの現実。


 明日も業者の模試が控えていた。



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