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㉚別れの時

そして、麻友は黙り込んだ。その記憶の底を探っているようだった。そして言った。


「姉は…………きっと、何も言わなかった。黙っていたんだと思う。そうするしかなかった。きっとそう。姉は母にがんじがらめにからめ捕られて、身動きできなかった。きっとそうだわ。あたしは姉ばかり母の愛を独占してるって思っていたけど、きっと姉も幸せなんかじゃなかった。…………あたしは、今の今まで、姉の気持ちを想像したこともなかった。姉は一人でどんなに苦しんだんだろう。あたしは…………もっと、姉と話をすればよかった」


 麻友はその言葉を未来へ続く何か、としてではなく、この件についての終わりを意味して口にしたようだった。


 麻友はトレーを手に立ち上がった。


「もういかないと。会えて良かった、彩羽いろは。いろいろ話せてすっきりしたよ」


「あ、まって…………」引き止めることに限界を感じ、彩羽はスマホを差し出した。「また会おう。連絡先教えて」


「ううん。もう会わない」麻友はきっぱりと言った。


「あたしは罰を受けないといけないの。自分が手を下さなくても、人殺しや暴行にかかわっていた罰、とんでもない人でなしを愛してしまった罰、周りを巻き込んでしまった罰…………母の人生を、キャリアを台無しにしてしまった罰、母に産まなきゃよかったといわせてしまった罰、…………母のお腹に、この世に、生まれてきた罰。その罰がこの孤独地獄。誰にもあたしだとわかってもらえない地獄」


その黒い瞳は、今、彩羽からそらされていたが、麻友は今日、自分のやってしまったこと――――-寂しさと懐かしさから彩羽に声をかけてしまったという自分の甘さに対する自戒の念を込めて言った。


 そして、麻友はふふっと笑いながら、


「やっぱり、カラコン入れないと駄目ね。目の色が重たいよね」


 そういうと麻友は立ち上がった。ゆっくりと。それは品があるというよりは、その若さに似合わぬ…………老人のような動作であった。


 彩羽は愕然がくぜんとした。


 すんなりとした肩。細い脚。きゃしゃで、折れそうなウエスト。神経を殺し、骨格までいじることで手に入れたその美しさは、静止した置物としては美しくても、人間の体としての機能は確実にむしばみ、あの敏捷でしなやかな、かつての麻友のしぐさや動作とは全く違ったものになっていた。


 そのまま、ゆっくりと、すり足で麻友は店を出て行った。

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