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㉙氷点

 そして続けた。


「あたしは、ずっと、家にいる間、小刻みに、母に切りつけられているようなものだった。毎日毎日、あたしは少しづつあの家で死んでいた。目の前で、姉だけを愛する母を見せつけられて。


 …………こんなことがあったわ、小学生の時の事よ。…………二年生ぐらいだったかしら?…………腎臓って二つあるわよね。ある日、テレビを母と姉と一緒に見ていたとき、腎臓病の特集があってて、腎臓移植のことが取り上げられていたの。その番組をみながら、『里佳子が病気になっても麻友がいるから大丈夫』って母が言ったの。あたしは、いつも父に、『姉妹で助け合いなさい』って言われていたから、そのことだ、と思って、『あたしも大丈夫だね』って言ったら、母は急に怖い顔して、『馬鹿なこと言わないで。逆があるわけないじゃない。麻友のために里佳子の体をどうこうしようだなんて』って言ったの…………。


 ……………………それからこんなこともあったな。あたしが中一の時くらいかな。姉の友達が目の病気になって角膜の移植の順番待ちをしていたの。母はその話をしていた時も『里佳子は大丈夫よ。麻友のがあるから』って言ったんだけど、母の頭の中で、あたしはその時、生きた人間だったのかしら?元医師が生きた人間から角膜を採取して移植できると思ったのかしら。姉のために、私はその時、死んで角膜を提供するシナリオだったのかしら。…………元々、あたしは、母の中で、最初から、生命や意志を持った存在ではなかったのね。姉のために産んだって言葉の中には、いざというときのパーツ工場という意味もあったってこと。……………驚いた?彩羽は一人っ子だもんね。うらやましいよ。……………どこの家でも多少の兄弟格差はあると思うけど、これほどはね。……………それでも、あたしは母を思い続けた。少しでも愛してほしくて。どんなことを言われても、それで母の気が済むのならって。それで母が楽になるのならって。命だって投げ出せた…………。

 ……………でも、そんなあたしはあの日に死んだの」


 麻友はトレーに手を伸ばし片づけようとした。


 彩羽は麻友をまだ行かせたくなかった。


「待って麻友ちゃん!」彩羽は考えた。―――まだ、伝えていないことはないのか?麻友を…………救える何か。


「お姉さんは?」


「お姉さんはどう思っているの?その時なんて言っていたの?」


 麻友は、ぼんやりと、上を見あげながら言った。


「覚えてない」


「覚えてないわ…………。姉がなんと答えたか。あたしはそういうことを言われたとき、そのあとの記憶がしばらくないの…………おそらくショックで心のシャッターを閉ざしてしまったのね。……………でも、たぶん表面は、顔は笑ってたのよ。母に言われたことがあるもの。『何を言ってもへらへら笑ってふてぶてしいったら』って」



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