㉗美しすぎる悪魔
「信じたい…………もの?」
彩羽にはそう、絞り出すだけで精一杯だった。
麻友は頷き、答えた。
「香織は人でなしかもしれない、けれど、あたしを好きだった。あたしたちは二人とも、生まれる前に親に殺されかけた。そして生まれてからも。香織はあたしの中に自分と同じ傷を見つけた。香織があたしを求めたのは、魂からの叫びだった。…………そして、あたしは一度死んだのだから、残りのすべての人生を彼女への愛を証明するために使おうって」
麻友はまた、彩羽の後ろのガラス越しに通りへ目を向けた。
「整形するって決めたのはそれから。あの美しい顔が、この世から消えてしまうなら、私が代わりにこの体を使って残そうって」
彩羽の頭に『魅入られた』、という言葉が浮かんだ。麻友は北上香織に魅入られたのだ。
「香織と出会ったせいであたしの人生はめちゃめちゃになった。でも、」
「いまだにあの時のあの言葉と手紙の文字を毎日毎日思い出すの。あたしの今まで生きてきた人生の歓びのすべて。生きる支えにしているの。『私の大切な人だから』って言ってくれた声。それから、あの手紙の「あいしています」の文字」
彩羽は呆然と麻友を見つめた。
そして、不意に、ある考えが落雷の様に彩羽の上に落ちてきた。私のせいかもしれない、と。
麻友は、麻友と彩羽が出会った入学式のあの日、彩羽のあとを追いかけ、『和菓子 戸倉』にやってきたと言った。そしてそこで、正人に会い、北上香織に出会ったのだ。自分があの日『戸倉』に入ったことが、麻友の人生を狂わせるきっかけを作ってしまったということに思い至り、彩羽は惨憺たる心持ちになった。
麻友は知らないことだろうが、もう『和菓子 戸倉』もあの場所にはない。先代店主で本店を守っていたおばあちゃんが交通事故で亡くなり、現店主であるおばあちゃんの息子さんは、あの本店を閉めてしまった。店は取り壊され、更地に『売地』の立札が立っている。
………………誰にも時を戻すことはできない。