㉖麻友の真実
「でも心配しないで。あたしは同性が好きと言っても、その美しさに心奪われるだけだから。女の人の美しさが好きなだけだから。…………実際お金作るとき相手にしてたのは男たちだったし…………。」
「でも、香織に出会ってからあたしは変わった。あたしの中のほんの少しだったその部分がどんどん増殖していった。あたしはおそらく男であろうが女であろうが、ただ一人の人しか愛せない人間なの…………。そしてそれは香織と出会ったことで決まってしまった。
香織は…………本物だったんだよ。だから、あたしの中のそういう部分に気づいた…………あたしのことを見抜いたんだよ。彼女はおそらく、本物のレズ。手練手管を持っていた。香織のあの目、あの手つき。あたしはいつの間にか香織にはまってしまった。」
「香織は多分、加奈とはそういう関係だったんだと思う。加奈はあたしが香織との間に入ってくることに耐えられなくてあんなに不安定になったんだ」
彩羽は何か言うべきかと言葉を探したが、今まで思ってもみなかった現実の連続に、自分の中にふさわしい言葉が見つからなかった。
麻友はその彩羽の様子に、その、言葉を探しあぐねて迷う様子に、自分の知っている、以前と同じ彩羽を感じ、安堵すると同時に、そこに、今の自分とかけ離れた『まともさ』を感じ、そのことがまた、痛みを伴って自分に向かって刃の様に突き刺さってくることを知った。
麻友は小さなため息を一つ、そっとつき、続けた。
「話を戻すね。北上代議士はそのあとこういったの。あの子はいずれ出てくるだろうけど、どこかへやります。あの子は恐ろしい子だ。名前も、顔も変えさせてどこか遠く、海外にでもやって、監視をつけて住まわせますって。そして続けて言ったの、『罰を与えないといけないから、少し醜くしようかと思っている』って。それを聞いた時にぞっとして、そして思った。『なんて残酷な、残虐な人だろう。この人は、本当に香織のお母さんを殺した殺人者かもしれない』って」
彩羽はあまりのことに言葉が出なかった。
「でもどうしようもない。あたしは彼女を連れて逃げることはできなかった。彼女は少年院にいて、その動向は私なんかが知ることは不可能だった。何年でも、外で香織が出てくる瞬間まで待ち伏せしたいと思っても、どこの少年院なのか特定さえできなかった」
麻友はまた、言葉を切り、しばらく間を置いた。自分の言葉を反芻し、過去の事実と照らし合わせる時間が必要だったのだ。
「…………そう、今落ち着いて考えると、本当のところはわからない。あたしは目の前で、香織が抵抗することもできない、か弱いおばあさんに殺しかねないほどの暴行を加えているのも見た。…………その時の…………嬉々とした表情もね。あれは、人をいたぶって喜びを感じる人間の顔だった。香織は人でなしだったのよ。」
「香織のした話は…………すべては、彼女が私の同情を引くためにした作り話で、本当は北上代議士は自分の妻を、つまり香織のお母さんを殺してなんかいないかもしれない。………香織のお母さんは、事故じゃなく…………本当に…………北上代議士の言うとおり…………香織が殺したのかもしれない」
麻友はいったん言葉を切った。そして続けた。
「彼女は加奈を本当は愛していて、あたしのことは遊びだったのかもしれない、もしかしたら、加奈と一緒に有頂天になってるあたしを笑っていたのかもしれない。彼女は真実、ひどい人で、加奈さえも自分のために操っていたのかもしれない。
…………でも、北上代議士にあった帰りに、もう一度手紙を見たの、そしたら、行の頭の文字だけつないだら『あいしています』って読めるの。もうどうしていいかわからなかった。何も信じることができない、どうしたらいいのか。
…………そしてあたしは信じたいものを信じることにしたの」