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㉕青春の記憶


 麻友はそれから少し自嘲気味に笑いながら言った。


 「彩羽いろはは最初に私たちが出会ったあの入学式の日、あたしが彩羽のあとで和菓子屋に入ったのは偶然だと思ってる?」


 彩羽には麻友の行っている意味が分からなかった。


 「追いかけたんだよ。彩羽のこと。なんてかわいい子なんだろう、誰かに取られる前にあの子と友達にならなくちゃって」


 そして、麻友は昔を懐かしむ様なまなざしを、少し彩羽からはずし気味にそらしながら話した。


 「………彩羽のことは入学式で、あの、新入生や父兄でごった返していた体育館で気が付いてたんだ。あたしがあんまり彩羽をじっと見てるもんで、隣にいた子が………凜花だったんだけど………『あの子がどうかしたの?』って話しかけてきたの。それで、慌てて、『なんでもない。ただ、横顔がきれいだなって思っただけ』って言ったら、凜花が『あの子きれいだよね、ハーフなんだよ。』って、彩羽のお母さんの事を教えてくれたんだ。」


 それでか、と彩羽はいまさらながら、謎が解けた気分だった。かつて、学校対抗の野球試合の時、打ち明ける前から麻友が彩羽の家庭の事情を知っていたことを。

 凜花………馬場凛花は彩羽と同じ中学の出身だった。彩羽は、色白で、丸顔の、ほんわりとした、いつも笑っているような表情だった優しい凛花の顔を思い浮かべた。

 凜花は、麻友が学校に来なくなった当時、彩羽に真っ先に声をかけ、自分のグループに入れてくれたのだった。凛花にも、彩羽は守ってもらい助けてもらったのだ。


 「彩羽は気づいてないかもしれないけど、やっぱりハーフ特有の美しさがあるんだ。日本人と韓国人は黄色人種同士だって言っても、やっぱりそれぞれの民族の特徴ってあるよね、それがうまくミックスされて………、特に、鼻から顎にかけてのラインのきれいさはすごいと思う」


 「そんなこと……。第一私、身長ないし」


それは彩羽のコンプレックスの一つだった。身長は150センチをほんの少し超えるくらいしかない。


 「それもあたしが彩羽に憧れた一つの要因だよ。初めて彩羽を見たとき、細くて小さくて……妖精みたいだと思った。そしたら、名前まで、まるで妖精だった。彩羽。彩られた羽根………翼。」うっとりとした表情で麻友は彩羽を見た。


 「あたしの麻友って名前。由来なんだと思う?」と彩羽に聞いてきた。


 「ま・ゆ・げ。………眉毛だよ。生まれたときに、新生児と思えないほどしっかりした眉毛をしていたんだって。だから、彩羽の名前知った時、本当にうらやましくて………彩羽にあこがれたんだ」麻友は下を向いてふっと笑ってから続けた。


 麻友のその言葉で彩羽は、昔、幼いころに、父が自分の名前の由来を話してくれた日のことを思い出していた。


 なぜ、その日、父と二人で家にいたのかは思い出せない。そんなことはめったにないことだった。その当時、彩羽はお母さんっ子と言っても間違いではないほど、いつもいつも母のそばにくっついていた。だがその日は、なぜか母の姿はなく、家の中に、彩羽と父の二人きりだった。


 父は「彩羽の名前はお母さんが一生懸命考えてつけてくれたんだよ」とその由来を語った。―――――日本の文化にあこがれの強かった彩羽の母が「いろはにほへと」からとったこと。そのいろはにほへとの最初の三文字であることはすべての物事の始まりにあたる、縁起が良い、と父方の祖父母もとても喜んで、母と一緒に良い漢字を当てようとあれこれ探していたこと。そのことで、母と父方の祖父母の間の距離がぐっと縮まり、母が、そのほかの父方の親戚たちになじむきっかけにもなったこと。その思い出を語りながら、いつも無口な父が見せたまろやかな優しい表情―――――――。


 そして、母もまた、彩羽にいつもいかに父が彩羽を愛しているかということを折に触れ語った。

 赤ん坊の彩羽が夜中に熱を出し、父が慌てふためき、病院へ連れて行った時のこと、彩羽が幼稚園の時に雨のため平日に延期になってしまった運動会のために仕事をやりくりしていたことなどを、話して聞かせた。


 自分が愛されているということを繰り返し繰り返し聞かされてきた、その思い出は、彩羽に麻友に対しての申し訳なさを湧き上がらせるとともに、それほどまでに愛されているのだと伝えられてもなお、いつも自分の居場所を探しあぐね苦しんできた自分をこの世界に生み出してしまった両親への恨みをも思い出させた。そしてその恨みは、いつもそれに相反する彩羽自身の両親への強い愛情を伴っており、激しいジレンマであり、彩羽の今までの人生において、彩羽をさいなんできたオリジンと言えるものであった。


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