㉓歯車の狂いはじめ
麻友は話題を変えた。
「『桜』に入って二か月もたったころかな?香織の家に行って、二人でうち合わせしてた時に、彼女が急に泣き出してあたしにだけ聞いてほしいことがあるって言われたの。香織から彼女の家の事情、ずっとお母さんがお父さんからDVを受けていてたこととか、お母さんが亡くなった経緯とかをきかされたの。
………香織のお母さんは自宅の階段から落ちて首の骨を折ったための事故死だということになっているが、香織はそうではないと思っているということを。
……お母さんが亡くなった日、彼女は自分の部屋にいたけど、いつものように………彼女はそういったの、いつものように両親の言い争う声が聞こえていて、大きな音がして部屋から出たら、お父さんが階段の上にいて下に落ちてるお母さんを見下ろしていたって」
「もちろん、突き落とした現場を見たわけじゃない。けれど彼女は確信してるって、お父さんが手を下したってことを」
「それでも、あたしはまだ、それは香織の思い込みだと思う部分も大きかった。
でも家出して3か月くらいたったある日、北上代議士の使いだって人が来たの。………どうやって、探したのかしらと思ったけど。あたしは名前を変えて暮らしてたのに。………たぶん、政治家っていろんなところにつながりがあって、一般人にできないこともできるのね。
……とにかくそれで、香織のお父さんに会うことになったの。少年院の彼女からあたしへの手紙を預かっているからって」
「初めて会う北上代議士はとてもいい人に見えた。手紙は封はされてなかった。そういう決まりだからって。その手紙には、あたしに迷惑をかけてすまないって意味のことが書いてあって、北上代議士にも、できるだけのことはするから、家に戻って、学校に行きなさいって言われたわ。
本当に心配そうにしていたからあたしは、質問してみる気になったの。………あの頃ネットで騒がれていたことの真相を。………香織はあなたの子供を産んだっていううわさがありましたけど、本当なんですかって。そしたら、北上代議士はしばらく考えてからこう言ったの。『変な噂が出ましたけどね、あなたは香織と本当に親しくしていただいて、巻き込んでしまった。誤解させたままになるのも嫌なので、言っておきますが、香織は私の実の娘です』って」
「昔、北上代議士が香織のお母さんと恋人同士だったころに、北上代議士の方に、有力政治家の娘との縁談が持ち上がって二人は別れることになったんだって。結局その縁談は消えてしまったんだけど、2年くらいしてから、香織を抱いたお母さんが北上代議士のところにやってきたって」
「そして、代議士は言ったの。『DNA鑑定もしたので間違いないんですよ。別れるときに中絶するように言っておいたんですけどねえ』って、なんでもないことのように。『今更、婚外子を作っていたなんて、世間に知られるわけにもいかなかったから、妻の連れ子ということにしたんですが。かえってそれが美談になって、支援者が増えました』って。そして、香織が実子だってことは一族の間の秘密だったって」
かつて聞いた、北上代議士の一族が香織を認めているという話、それは血のつながりがあったから。
北上代議士はあの事件でほとんど、ダメージを受けなかった。香織は実子ではない、北上代議士との間に血のつながりはない、ということで、香織のしたことは北上代議士に責任のあることではない、北上代議士の資質に問題はない、というイメージが世間に出来上がった。実子と発表していなかったことが、またも北上代議士にメリットとなった。