㉒彷徨(さまよ)っていた日々
「家を出てから最初の3年は生きることに必死だった………。とにかく生活費必要だったし。整形しようなんてことはまだ考えてなくて」
麻友はそこで言葉を切り、迷った挙句、
「年齢ごまかして、キャバクラとか、もっとやばいこととかね」と言った。
彩羽は麻友と会えなくなった時のことを思い出した。高校一年。16歳。その年から、麻友はどんな地獄を生きてきたのだろうか。
麻友は頭を少し左右に振り、自分の昔を断ち切るようにしながら、顔を上げ、彩羽を見た。
「今はウェブで事業をやってるの。これは違法のものじゃないよ。詳しくは言えないけどね。この社会の仕組みが続く限り、今後、半永久的に、この事業はあたしがノータッチでも、サラリーマンの年収は軽く超えるものを生み出してくれるの。
それでやっと、お金の心配をせずに、整形に専念できたのが2年前」
彩羽は麻友の顔をしげしげと見つめたが、どこを探しても、麻友の面影は残っていなかった。
麻友はそんな彩羽を見て微笑みながら語りだした。
「整形するなら絶対韓国お勧めだよ。日本に比べて激安だし、もともと韓国の医療水準ってアメリカ並みに高いし。何より、美意識が強いんだよね」
「何をどうしたいのか、そうするためにどこから始めるべきかっていう、徹底したプロ意識があるんだよ。日本だと、目を二重に、とか、全体としてちぐはぐでも、それで本人が満足すれば、で、済ませちゃう」
「あたしは、医師に私のなりたいイメージを伝えた。そして、その美しさの再現のためにはどんなことでもすると誓った。完全に、完膚なきまでに、そのイメージの再現を希望したの。そして今のあたしの姿になったの。………あたしのイメージしたものは、今、彩羽にも伝わっているよね」
そういいながら麻友はもう一度、彩羽の目を見つめた。そしてふっと笑い、
「まず、小顔にするために顎の骨を切り取ったり、その骨を別の要るところにくっつけたり………。ちゃんとした病院でね、手術中のビデオとってあって、あとで見せられたんだけど、全身麻酔で眠ってるのに、ずーっとあたしのうめき声が入ってるの。首から上の痛みは体のほかの部分の痛みとは、段違いだって聞いたことがあるけど、きっと、麻酔で意識は失ってても、その痛さは壮絶なんだと思う。………それから、忘れられないのが、カツーンって、切り取られた顎の骨が金属のプレートに落とされる音。まるでホラー。………見ててぞっとしたよ」と麻友は言った。
「それから半年間は顔は腫れたまんま、痛みは24時間続いたまんま………。麻酔は患者のためじゃなくて、患者を動けなくして、医者が手術をやりやすくするためのものだったんだなあ、って思ったよ。
それからも足の筋肉の神経を殺して、ふくらはぎ細くしたり、腕の筋肉もおなじことして肩の筋肉落としてほっそりさせたり…………。肋骨も2本抜いた。顔だけでなく、体も少しでも、イメージに近づけたかったから。あの体型のままで顔だけきれいっていうのも許せなかったし。そんなアンバランスなこと。………そんなことは、香織の美しさへの冒涜に思えたのよ。
……………それに、もともと大嫌いだったし、あの、あたしの元の体型。………ごつくてがっしりして。ダイエットしてあばら骨が浮くほどやせても変わらなかったのに、すごいよ、韓国」
「そんなことして、体は問題ないの?」
「握力は確実に落ちたね。足は歩くことは、今は問題ないけど中年以降は後遺症に悩まされるのかもしれないって」
麻友は少し下を向いた。彩羽には、平気そうなそぶりを見せる麻友がやはり不安を抱えているのでは、と思えてならなかった。
「でも、ほら、あたし黙ってても収入あるから。万が一介護が必要になっても、お金で何とかできる」
麻友は顔をあげ、仮面のような美貌でほほえみながら言った。
「この顔になったのホントにごく最近なんだよ………。整形って楽してきれいにってイメージかもしれないけど、腫れが引いたのごく最近で。いまだになれないけどね。道歩いてて、ショーウィンドウに移ってる自分見て、『え?香織がいる!』なんて振り返って探したりして」