②出会い その一
はあーっとため息をつきながら彩羽は自転車を止めた。学校と家の中間地点にある和菓子屋『戸倉』の前だった。入学前の説明会で入学式当日から可能な者は、これから通常使用する通学方法で登校するように、と学校側から事前に指示があったので、入学式に付き添ってくれた母親の運転する車ではなく、今日から彩羽は自転車で登校していた。
県下でも有数の進学校(田舎の、と頭につくが)なので、遠くから汽車通学したり、下宿生活したり、実家を出て、親戚の家に世話になる者もいるという。学校に寮はない。それを考えると、自転車通学が十分可能な圏内に住んでいることはずいぶん楽ができ、幸せなことだった。
『戸倉』のドアを開け、のれんをくぐった。
「いらっしゃいませ」店の中から声がする。
小さなころから母親に連れられ、お使い物の買い物などで通いなれた、家族で経営している和菓子店だったが、何年か前に、先代店主から息子さんに代替わりしてから市内に三店舗も増やし、それにつれて知らない顔の店員が店に立つようになった。今日も雇われているらしい店員だった。
「あ………黒砂糖饅頭ひとつ。」
なんとなく、知らない店員相手だと、おまんじゅうひとつというのは買いにくいものだった。
「あら、山口さんとこの彩羽ちゃん。こんにちは」
奥から、先代であるおばあちゃんが顔を見せ声をかけてくれた。
「こんにちは」彩羽も居心地の悪さが消し飛んだ。
「あらまあ、彩羽ちゃん、もう高校生?」
おばあちゃんは彩羽の制服姿に目をとめ言った。
「まあまあ、一歳のお誕生お祝いの一升餅をうちに注文してくれたのが最初のお付き合いだったのに。まあまあ………こんなに大きくなって……」
おばあちゃんは目を細め、その目尻に少し涙までにじませながら言った。
彩羽は、そのおばあちゃんの言葉をこそばゆく感じながらも、まるで家族の様に喜んでくれている気持ちが伝わってきて、嬉しかった。そして、
「ここで食べてく?」おばあちゃんは指先で恥ずかしそうに涙をぬぐうと笑顔で言ってくれた。
店の隅には、昔から、今でいうイートインスペースがあり、そこで食べることができた。彩羽が小さな頃から、母と一緒に、買い物ついでに「お茶」してくつろぐ場所だった。
「はい!」
元気よく答えると、店員の女性が包みかけたおまんじゅうを小皿に移し替え、お茶を添えてテーブルに運んできてくれた。
おばあちゃんは、「お母さんによろしくね」と言って奥へ戻っていった。
「すみません」店員に礼を言って添えてもらった竹の黒文字でおまんじゅうを刻み口に運んだ。
ちなみに、この『和菓子 戸倉』は繁華街から離れた場所に位置する北西高校生にとって、数少ないイートインスペースを持った場所として、非常に重要なスポットであり、『北西高校のスターフロンツ(有名コーヒーチェーン店の名)』と呼ばれているということは、明日からの本格的な高校生活が始まって間もなく、彩羽も知ることとなる。
「こんにちはー。黒砂糖饅頭ひとつください。」
声のしたほうを向くと、何となく見覚えのある顔だった。北西高校の制服。長身で、横幅もしっかりある、ガタイのいい女子。
「あれ?」目が合うと向こうが先に声を上げた。そしてみるみる人懐っこい笑顔に変わった。そして、その笑顔の上に、彩羽の前にあるものを見てさらにアハハハと笑い声をたてながら、
「あー、やっぱり。もしかして、おんなじ連想した?」
同じクラスの児玉麻友だった。連想?と一瞬の間をおいて、ぴぴっとつながった。黒砂糖饅頭のことだ。