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⑲告白

 しばらくの沈黙の後、


「ヨシザワッチ、どうしてるの?」と問いかけてきた。


「元気だよ」彩羽いろはは知る限りの正人のことを話した。高二に進級してクラスは別れたが、時々は廊下などでは見かけていた。その時は目が合うと笑顔を見せてくれた。ずいぶんと背が伸び、たくましくもなったこと。


 そして、彩羽は、正人が、医学部ではなく法学部に進んだことを話した。


「弁護士になりたいんだって」


 麻友は、驚いて言った。


「ヨシザワッチが、弁護士?あのぼそぼそしたしゃべり方で?」


 彩羽は少し慌てて、説明を付け足した。麻友の記憶は高校一年の夏で止まっている。


 正人は、高2になると、新しいクラスが正人にあっていたのか、クラスによくなじんで男子生徒にも多くの友人ができ、非常に自信に満ちてきたこと。ぼそぼそとしたしゃべり方は相変わらずだったが、それはだんだんと誠実さと一体だと皆に認知され、周りに信頼され、頼りにされていたこと。また彼なりに、努力して、明瞭なしゃべり方を身に着けようとしていたことなど。そして卒業するころには、見違えるようにはっきりしたしゃべり方が身についていたことなど。また、2年生から理系のクラスに入ったが、正人の成績で、もともと足を引っ張っていたのは理数の分野だった。本来、北西高校では一度決めた文系コース、理系コースを変えることはできない決まりであったが、正人は、―――自分に医学部は向いていないのではないか。理系を選択したことに無理があるのではないか。母子家庭で経済的なことばかりに目がいって志望を決めていたが、そもそも、国立志望に無理があるのではないか――――そう考え、三年生から一転、私立文系に絞り、企業の給付奨学生に論文を書いて応募し、見事四年間の学費を勝ち取り、結果、私学ではナンバーワンの大学の法学部に入学したこと。


「受験間近かになって進路志望変えるって怖いと思う………。でも勇気出して、いい結果が得られたんだよ。弁護士になりたい理由は………あの事件の時、自分が助けられたように、誰かを助けたいって。医者にはならなくても、人を助ける仕事だってことには変わらないからって」


 麻友は黙って彩羽の話を聞いていたが、突然、


「彩羽、ヨシザワッチと付き合ってるの?」と聞いてきた。麻友の目は暖かく笑っていた。


 彩羽は驚き、手を振り否定した。


「ううん。メールのやり取りはあるけどそれだけ。」と彩羽は答えた。


 本当は少しそういう時期もあった。高校二年の夏ごろ、自然とそういう流れになった。二人でいると心地よかった。だが、正人は彩羽と深い付き合いになることを避けていたように思う。ある日それがなぜなのか、彩羽は思いあたった。


 上に行く。どうでもいい人間のままではいない。あの日の正人の言葉。正人はいずれ、人と付き合うことも、結婚することも、『上に行く』ために使う決心をしているのだ。彩羽では、その役には立たない。


 彩羽と深くなることを避けるのは正人の誠実さでもあったのだ。


 そして、彩羽は思っていた。正人は、もうマージナルではないのだと。


 進路の迷いを捨て、しゃべり方を変え、彩羽と一緒にいる心地よさより、上に行くことを選んだ時から、正人はもうマージナルではなくなったのだと。


 ―――――ううん――――と彩羽は一人、思った。もっと、ずっと前からかもしれない、と。おそらく正人がマージナルでなくなり始めたのは、彩羽と正人が二人で自販機のそばで話した時、『どうでもいい人間のままでは決していない』と言ったあの日から。副担任を、あだ名の『黒砂糖饅頭』とは呼ばなくなった時から、と。


「そう」と言った後、


「半年くらい前にヨシザワッチを見かけたんだ」麻友は思いがけないことを言い出した。


「あたしはまだ顔の腫れが引いてなくって、マスクにサングラスで吉祥寺のカフェに入ったら、そこにヨシザワッチがいて。懐かしくて涙が出そうになって。もちろん声なんてかけられない。今何してるんだろう、志望通りに医学部に入ったんだろうかって、ストーカーみたいにヨシザワッチの近くの席に少しずつ移動したりして。………ヨシザワッチは相変わらず何か勉強中で、ヨシザワッチの周りだけあのころのままで………。さっき彩羽に声かけたみたいに、相席頼んだの。……そしたら、『いいですよ』って勉強道具寄せてくれて、でも」そこで、麻友は言葉を切り、自分の前にあるカップから一口飲んだ。そして、


「でも、全然気づかなかった。当然だけどね」


 と、なんでもないことのように、そう聞こえるように、と願いながら、笑いながら、彩羽に言った。


 彩羽は、その麻友の笑顔に痛みを感じ、相槌を打つことなど到底できなかった。





「………どうして、何もいってくれなかったの?なんで突然いなくなったの?」


 彩羽は途切れた会話をつなぐ言葉が見つからず、また、突然一人ぼっちになったあの頃の寂しさを思い出しながら、麻友に問いかけた。


 麻友は黙り込んだ。また、かなり長い時が過ぎた。


 そして、ついに言った。


「あたしは、自分の家で………あの家で、一度死んだのよ」と。


 彩羽は息をのみ、


「………どういうこと?」と麻友に問いかけた。


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