⑱麻友の話
「あの日は土曜日だった。急に部活が午前で終わりになったから、午後から『桜』の活動に出かけたんだ」
「『今から今日の対象家屋にいくね』って香織にメールしたけど、返信が来なかったから、そのまんま、現地に向かった」
いつ、どの家屋に訪問するかは、事前に計画が組まれていた。
「どの家に、どのメンバーで行くのかは細かく決められてたけど、あたしは、緑ヶ丘の生徒でもないし、部活もやってるし、手伝える時に連絡してから入るっていうことになっていて」
「マップで確認しながら探したらすぐに見つかった。なんといってもゴミ屋敷だから目立つし。門扉から道路にまでゴミがあふれ出していて。でも、その数週間前に、香織から『おじいさんが亡くなったから、すぐに片付くわよ』って聞いてたから、まったく手づかずな感じが、変だな、って思ったの」
「ドアホンは壊れているみたいで反応しなかった。ドアは閉じられてたけど、カギはかかってなかった。立派な門構えだったから、想像はついていたけど、大きな家で、曲がりくねった廊下があって………」
彩羽は麻友の荒い息に気づいた。顔を見ると真っ青になっている。思い出すことに耐えられなくなったのだ。
「麻友ちゃん、大丈夫?」
麻友はかすかにうなづくと、コーヒーを一口含み呼吸を整えて続けた。
「そんな家の作りだったから、外には音が漏れなかったのね。香織はそこの家のことを話すとき『おじいさんがおばあさんに暴力をふるうのよ。あたしたちの目の前でも殴ったりするの』と言ってるのを聞いたことがあって、どうして近所の人やが周囲の人が誰も助けないんだろうって思ったことがあったんだけど、家に入ったとき、その理由がわかった。音の漏れにくい家だったからなのよ」
「家の中は静かだったわ。『ごめんください。グループ『桜』のものです。はいらせていただきます』って大きな声で言ったけど返事はなかった。それで廊下を進んで………。ダンボールだのゴミ袋だのをよけながらね、そして離れのほうに行く引き戸のところまで来たとき、扉の向こうの離れのほうから、人の叫び声や物が壊れるような音が聞こえた」
「慌てて、離れに続く廊下を走った。泥棒にでも出くわして、『桜』のメンバーが………香織が襲われてるんじゃないかって………。姫を助けなきゃって」
「離れのドアにはガラス窓がついていて中の様子がのぞけたの。のぞきこんだら思っていたのとは逆の光景が目に飛び込んできた。おばあさんの髪をつかんだ香織と加奈がおばあさんを引きずり回しながら叫んでいた。『あんたのためにやってあげたんじゃないか!あんたのために!』って」
「後で聞いたんだけど、あの離れは昔、あの家の娘さんがピアノを弾くために建てた防音室だったらしいの。そこからあれだけの音量が漏れてくるって、獣並みの声出してたのね」
「あたしは、おばあさんが殺されると思った。目の前の光景が信じられなかった。香織が恐ろしかった。………香織の…顔が。……それであたしは逃げ出したの」
「え」彩羽は初めて言葉を挟んだ。
「逃げだして、その家から走って走って、遠くに離れて、十分もたってから警察に電話した。部屋に飛び込んで香織と加奈に理由を聞くこともせず。ただ、逃げ出して、警察に香織を売ったの」
「警察が到着した時もまだ二人は暴行を続けていたらしい。おばあさんは瀕死の状態だったけど、命を取り留めたから、殺人事件にはならなかった」
「でも、その前に亡くなったおじいさんの死に方に不審感を抱いていた警察が取り調べを始めて、意識を取り戻したおばあさんが、自分を殴りながら香織が『あんたのために殺してやったのに』って言っていたと証言して」
「香織は、自分たちの目の前でおじいさんがおばあさんにものを投げつけたり小突いたりするのを見ていたらしい。それでおじいさんがおばあさんにDVをやっていると思い込んだらしいの。でも、おじいさんが亡くなってからおばあさんは泣いてばかりで、いつも行くときに持っていったお菓子も、仏壇にあげて、仏壇に向かって話しかけてばかりいたって。家のゴミも、おじいさんがためているのだろうと思っていたのに、亡くなっても一向に片づけに入らない。それどころか、『おじいさんの形見だ。触るな』とまで言われてしまった。それでとうとうあの日暴力をふるったらしい。でも。」
「警察は、それ以前にもグループ『桜』のかかわった、ゴミ屋敷の住人の不審死がつづいていたことを洗いなおすことにしたの。私もメンバーの一人として事情聴取されたわ」
「その事情聴取の間に複数の現場で目撃されている男子高校生がいる、今、その人も聴取されているって警察の人が言ってたわ」
「それ……吉沢君のことじゃ」
「そう」
「全然関係ないのに」
麻友はそういって、苦しそうに顔をしかめた。