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⑭正人の話

「ちょっといいかな」

 刑事が二人、正人の家を訪ねてきたのは、半年前の土曜日の夜の10時過ぎだった。もう寝る支度を整えていた母親は、最初は見せられたポリスバッジの意味が分からず「こんな夜中に非常識じゃないですか?」と刑事に食ってかかった。


 正人に聞きたいことがある、と言われ、未成年なので保護者同席のもとで、と刑事たちが乗ってきた車に半ば押し込まれるように乗せられ、事情聴取のためだと警察署に連れて行かれた。丁寧な言葉ながら、執拗な質問が続けられ、2日ほどそのまま警察署内にいることとなった。


 聞かれたのは、なぜゴミ屋敷の周りをうろついたのか、そこの住民に声をかけたのか。


 正人はこう答えた。ボランティアをしている友人に頼まれて次の対象者を探している。女子ばかりで活動しているので、あまり、凶暴な感じの人は困るのだ、と。


 繰り返し繰り返し、同じことを答えた。


 月曜日になり、職場にいったん顔を出さないと、と正人の母親は警察署を出て、少年法に詳しい弁護士をともなって戻ってきた。母なりに刑事を出し抜いたのだ。


 そして、


「岩田先生も助けてくれたんだよ」


 正人は、今まで三人でその噂をするときには、あの、最初に出会った『和菓子 戸倉』の出会いの日を思い出しながら、ずっと『黒砂糖饅頭』と呼んでいた副担任の岩田剛三のことをそう呼んだ。


 正人の母は学校に連絡もしており、副担任の岩田も飛んできた。


「『あなたたち、これから全部録音するわよ!』って血相変えてね。いつもおっとり優しい雰囲気なのに『こんなに怒れるんだ、この人』って思った」正人はその時の岩田の様子を話した。


 弁護士と岩田の抗議で正人は解放されたが、そののちは、学校の会議室で教師立会いの下、刑事の質問を受けることとなった。


「じゃあ、学校に来ていたの?」正人はあの時期ずっと欠席しているものだとばかり思っていた彩羽いろはは声を上げた。


「うん、誰にも会わないように気を付けていたからね」


 正人は警察が何を考えているのかがだんだんとわかってきたという。ボランティアグループ『桜』が、特に北上香織を含む2名が強く疑われているのだと。


 あとからわかったことだが、そのゴミ屋敷の住人の不審死があった日に前後して必ずその2名が、不審死のあった家を訪問していた。


「善意のグループを、特に彼女を疑うなんて、自分がなんとしても守らないと、と思ったよ。まるで姫を守る騎士にでもなったつもりだった」と遠くを見ながら言った。


 彼女がそんなことをするはずがないことを正人は刑事に繰り返し言いつのった。


 そんな日が突然終わりを告げた。


 ある日、刑事の携帯電話が鳴り、その電話で少し話をしていたと思ったら、


「すまなかったね。もう、かえっていいよ」とあっけなく言われたという。


 納得のいかぬ正人は刑事に詰め寄った。


 一週間も毎日顔を合わせていた刑事は、


「ここだけの話」として、罪滅ぼしのためか、正人にこう打ち明けた。


「…………北上香織が拘留された、暴行している現場を押さえられてのことなんだよ」と。


「彼女が暴力を!」


 彩羽はほっそりと品の良い北上香織の姿を思い浮かべた。


「まさか………」


「俺もそう思った。だが刑事が言ったんだ。暴行をしている現場から連絡をくれたのはこの学校の生徒でもある『桜』のメンバーだって」


 彩羽にも瞬時に閃くように答えが見えた。それは、きっと、麻友だ、と。麻友はやはり北上香織の事件のせいで姿を消したのだ、と。


「そのあとのことはネットなんかで言われていたことしか俺には分からない。だが、よくよく、考えると、昔、彼女に不思議なことを言われたことがあって」


「昔、俺が授業料免除の申請を出しているところに来合せて、俺が見られたのを気にしてると、『あたしは吉沢君がうらやましいわよ』って言ったんだ」


「うらやましい?」


「その時は、何か家の事で悩みがあるのかなって思ったんだけど。彼女の家の事情も複雑だったからね………。考えてみると、そのすぐ後で、彼女のお母さんは亡くなったんだ。家の中で、階段から転落してね」


「もちろん、そのことが彼女の仕業だって証拠はないし、そんな風に結びつけるのは、早計だと思う。でも、お母さんの喪が明けて、登校してきた彼女が、まったく以前と変わらなかったことを思い出したんだ」


「教師や周りの大人の誰もが『なんて、けなげなの』って彼女を褒めてた。だけど、妙に、俺たち同じクラスの生徒たち、特に女子はその学年が終わるまで、彼女と距離を取りたがった。『なんだか、怖い』それが理由だったんだ」


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