⑬ふたり
ある日の放課後、彩羽が、帰宅前に何か温かいものを飲みたくて自販機の前に行くと、正人がそこにいた。正人はごそごそとポケットを探り、おそらく小銭が足りないのか、あきらめて去ろうとするところだった。
「はい!」
彩羽は思い切って、10円を5枚ほど手のひらに乗せ、正人に差し出した。驚いたような顔をした正人だったが、思いがけず笑顔で、
「サンキュー」と言ってそのうちの2枚を取り上げると自販機に投入して暖かいミルクティーのボタンを2度押した。
「明日、返すね」
「いつでもいいよ」
たったそれだけの会話で、妙に緊張し、妙に、うれしく、懐かしい気持ちに二人は、なった。
正人は一本を彩羽に差出し、すぐそばのベンチを指さし、
「座らない?」と彩羽に声をかけた。
彩羽は、正人の隣に立ち、しばらくそばに寄ることもなかった正人が、その間に、ぐんと背が伸びていることにも驚かされていた。
「うん」と彩羽は答え、先に腰を下ろした正人の隣、30センチほどの距離を取り彩羽も座った。
「これ、ありがと、なんか、お金貸してあげるつもりが、おごってもらっちゃった」
彩羽が笑いながら手の中のペットボトルを目の高さに持ち上げ、正人に礼を言うと、正人はうなずいてキャップを開け、一口飲んだ。
「全然、話せないままだったね」
彩羽は、ペットボトルを手の中でもてあそびながら言った。
正人は手の中のペットボトルを見つめていたが、もう一口、口をつけると、
「巻き込みたくなかったから」と言った。
「えっ?」彩羽は驚いて、正人を見た。正人は、彩羽のほうは見ず、正面を向いたまま、
「俺、事件にかかわっちゃってたから。俺と話してたら、ヤマグッチまで、あることないこと言われるっしょ」
と言った。
彩羽はそれを聞いた瞬間、自分でも気づかぬうちに、涙をこぼしていた。
「やっ、あっ、ちょ、ちょっと、ヤマグッチ………」
正人は彩羽の様子にうろたえた。彩羽は大急ぎで、涙をぬぐい、周りを見渡し、誰もいないのを確認すると、
「ごめんね。あたし、そんなこと考えてもらってたなんて、思いつきもしなかった」
彩羽は、やはり、自分だけ考えが浅く、いつまでも子どもで、この目の前の友人にも、この学校にも、この場所にもふさわしくない人間のような気がした。いつも誰かに守られて、いつも誰かに助けてもらっている、と自分のことを考えていた。
彩羽の様子を見ていた正人は、彩羽が落ち着いたのを確認すると、
「いつか、ヤマグッチには話さないといけない、と思ってたんだ。クラス替えがある前に。このまま逃げてばかりじゃダメだって」
「逃げる?」もう2月も末になっていた。今学年ももう終わる。彩羽は正人の言った言葉に不安を感じ、言った。
「うん」
またしばらく正人は黙り込んだが、彩羽の方へ向き直ると、言った。
「何があったか、きちんと説明せずに逃げ回ってばかりだった。自分の知ってしまったことを認めることが怖かったから」
そう正人は答えると語り始めた。