⑫事件の余波
正人は次の週の月曜には登校してきた。そして、その月曜からの数週間はこの小さな田舎町は天地をひっくり返すほどの大騒動となり、日本のみならずネットを通じて世界中から注目を集めることとなった。
一流私立高校の地元セレブの子女が通う高校の生徒が複数の殺人事件に関与していたかもしれないといううわさが立ったからである。
その、『殺人』、と疑われた事件は、ひと月ほど前にボランティアグループ『桜』のかかわったゴミ屋敷の住人が浴室でとげた不審死だった。だが、あくまで、一部のものが不信感を抱いた程度で、金持ち学校などと揶揄される地元きっての名門校の生徒がメンバーだという善意の集団に、警察内部でも、ほとんどのものが疑いなど持つことはなかった。なんといっても亡くなったのはゴミ屋敷に住む老人だ。衛生状態も褒められたものではない。体力も落ちて、免疫力も下がっているはずだ。不審死などと言っても、本人も自覚していない持病があったのかもしれない。
だが、これまでにも、『桜』がかかわったゴミ屋敷の住人が失踪したり、急な発作で亡くなったことが事案として挙がってきていた。一度などは、火災による焼死もあった。度重なる、『事故』にだんだんと疑いの目が向けられていった。
だが、問題はそう簡単なことではなかった。グループには、地元の名士の子女が多くかかわっており、なかでもグループの発起人である北上代議士の娘には、政界からの圧力もあって、警察は簡単に調査にかかることができないでいた。なんといっても―――――――北上代議士の関係者だった。わが県から念願の総理大臣が出るかもしれないというこの大事な時期に。
一週間ぶりに登校してきた正人は昼休みにはどこかへ行ってしまった。麻友も登校してこず、彩羽は、誘ってもらったこともあって、別のグループに入れてもらうことにした。麻友が来るまで、彩羽はそのつもりだった。
だが、正人が学校に来るようになってからも麻友は登校してこなかった。
そしてそのまま………とうとう最後はいつのまにか自主退学ということになった。
彩羽は、クラスメートや麻友のいたバレー部の部員に何か知らないかと尋ねて回ったが、何もわからなかった。
事件の方は、未成年のかかわった連続殺人事件の可能性あり、ということで連日マスコミはこぞってこの事件を書き立て、ネットでは被疑者の氏名も顔写真もさらされ、その被疑者たちの美少女ぶりに、サポーターまで現れる始末だったが、殺人の証拠も、また、未成年の事件であったため、詳しい報道もされず、それがまた、憶測を呼び、香織が、北上代議士の実子でないことをネタに、彼女が中学生のころ半年以上も海外留学していたのは、養父である北上代議士の子どもを妊娠し、出産するためだったという、まことしやかなものもあった。
結局、テレビの報道を信じるならば、連続殺人事件としては証拠も出ず、自白も取れなかったため立件されることはなかった。嫌疑は濃厚ながら不起訴、ということだった(北上代議士の力が働いた、との噂もあった)。
北上香織と篠原加奈、―――某ボランティアグループに所属する16歳の少女2名―――が立件されたのは、最後のゴミ屋敷の住人であった老人に対する過失致死―――殺意はなく入浴の手伝いをしていて誤って死なせてしまったというもの―――、と、その妻である老婦人に対する暴行の二件だけとなった。
おそらく北上代議士の政治の力を使ってのネット情報の操作、削除などがあったのだろう、そして何より時間が、次第に彼女たちの姿を世間に忘れさせていった。
麻友を失った彩羽と正人はもう以前のようには話をすることもなく、何より、正人はそれ以来、ほとんど誰ともかかわらず半年ほどが過ぎた。