⑪突然の変化
お昼休みは机をくっつけてランチする、彩羽、麻友、正人の三人の関係は相変わらず続いていたが、ある昼休み、彩羽は、いつになく食の進まぬ麻友の様子に気が付いた。目の焦点は合わぬまま、箸を持った手が宙に浮いていた。
「麻友ちゃん、まーゆーちゃん!」
彩羽の声に麻友ははっと彩羽を見た。
「ぐあいでもわるいの?」
彩羽は麻友の様子に不安になり尋ねた。
「ううん」麻友は首を振り彩羽に笑って答えた。その目が少し熱を持ったようにうるんで見えたので、彩羽は、
「保健室行く?ついていこうか?」と麻友に尋ねた。
「ううん、ほんとに大丈夫」
麻友はさっきまでの魂の抜けたような様子とはうって変って、
「大丈夫、ちょっと、昨日、あってね。でも、よく考えたら、むしろ幸せなことだったのかもしれない」
彩羽はなあに?と尋ねたが、麻友はちょっとね、とはぐらかし、怪しいなあ、という彩羽に、いつか話すから、ときのうまでと違った妙に大人びた笑顔を見せて、彩羽をかわすばかりだった。
「ねえ、山口さん、吉沢君と親しかったよね」
彩羽が放課後、部活に行く麻友を見送り帰り支度をしていると、クラスメートの相田沙紀が話しかけてきた。
正人はこの一週間、月曜日から今日の金曜日まで欠席続きだった。彩羽と麻友は何かあったのでは、と日が重なるにつれ心配が深まっていた。そこで、明日の土曜日は麻友の部活があるから日曜日にでも正人の家に行ってみようか、と今日の昼休みに相談したばかりだった。
「え。ああ、まあ」彩羽は返事をしながら、あまり親しく口をきいたことのない沙紀に、少し警戒心を抱いた。
「吉沢君、事情聴取されてるらしいよ」沙紀は、抑えきれない好奇心を顔面の筋肉の硬直に表しながら言った。
「え?なんで?」
「父から聞いたんだけど」
沙紀の父親は市会議員で学校のPTA会長もしていた。その父親が夕べ「吉沢正人って同じクラスにいるか?」と聞いてきたのだという。
「あくまで、参考に事情を聴かれるだけだって言ってたけど。今日も休んでるしね。」
沙紀は同情するような顔をしながら、彩羽から何か引き出せる情報はないかと探るような目つきをしていた。
「何か事件にでもまきこまれたの?」まさに初耳の彩羽には沙紀に与えられる情報は何もなかった。
「なんだか、太田町のゴミ屋敷のことらしい。そこに住んでいた人が死んで見つかったって事件あったでしょ」
そういえばニュースで見たな、と彩羽は思った。
「なんだか不審死にあたるとか?だから関係者とかに話を聞いてるんだって。吉沢君、ゴミ屋敷の住人の知り合いだったのかな?」
沙紀はしばらく彩羽の周りをぶらついた後、彩羽から何の情報も引き出せないと悟ると、急速に彩羽から興味を失ったようで、自分のグループに帰って行った。
一人残された彩羽は帰り道、頭の中はさっきの沙紀との会話のことでフル回転で、うっかり近所のおじさんを見過ごして挨拶をし損ねそうになってしまった。
…………ゴミ屋敷って、あの美少女のボランティア活動のグループと何か関係があるのだろうか。正人が事情聴取されるなら、麻友はもっと悪い立場なんじゃないだろうか。不審死ってなんだろう。ボランティアの人たちがその死にかかわったとでもいうんだろうか、まさか…………。
彩羽は麻友に見せられた『桜』のメンバーで撮った集合写真を思い出していた。どの子もみんな楚々として品がよく、清潔でかわいらしかった。まるでアイドルグループじゃん、そういうと麻友は自分のことを褒められたかのように喜んでいた。
彩羽は金曜日は麻友は部活の上に塾で帰りが夜遅くなることを知っていた。今日は疲れているだろう、と思いやり、その日は連絡を取らず、翌日の土曜日の夜、彩羽は麻友に明日、正人の家に行く時間を相談するためにメールを送ったが、いつまで待っても返信はなく、麻友の家の固定電話にかけても、出る人もなく、そのまま土日は過ぎてしまった。
そして、それっきりになってしまった。