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⑩彩羽の秘密

 彩羽と麻友は、それまでと比べ物にないくらい、親しく付き合うようになった。

 特に彩羽は、それまで麻友に対して持っていた遠慮のようなものが消え、自分でも、「まるでなついた犬みたい」と思うほど、麻友を追いかけ、いつも麻友の姿を探すようになった。


 彩羽は、それは自分だけでなく、麻友もそうだと思っていた。


 二人になると、彩羽は、麻友に………恋の相談もした。

「中等部の、神崎君、いいと思わない?」

 実は、イケメン好きな彩羽はがひそかに学校内を探索し、見つけた男子生徒だった。


「彩羽、告白する気?」

 麻友は笑いながら言った。

 彩羽はあわてて首を振ると、

「ううん、ただの妄想彼氏。だって、第一年下だし…………」

 ―――――それに、やっぱり自信ないよ。あたしのこと知られるの。

 その言葉を飲み込んだ。


 その気持ちは、すぐに麻友に伝わったようだった。

「彩羽」

 麻友は彩羽に向かい言った。

「彩羽はすごいよ。彩羽は彩羽の、彩羽だけの価値がある。自信持って!」


 その言葉を聞いて、彩羽は、もしかして、麻友がいてくれれば、麻友さえいてくれれば、これからどんなことがあっても、自分は乗り越えていけるのではないか、生きていけるのではないか、と感じた。

 彼氏など、もしできたとしても、これほどまでに、安心して、心をさらけ出すことができるのだろうか、と。


「どうしたの?」

 麻友に問いかけられ、彩羽は、はっとし

「ううん、なんでもない」と笑顔を向けた。


 そして、彩羽は自分のすべての秘密を麻友に見せてしまう決心をした。




「麻友ちゃん………。これ、………これ、もし、よかったら…………読んで!」

 数日後の朝、彩羽いろはは麻友にあるものを手渡した。それは、原稿用紙の束。

 一番上のページに題名、「たった一週間の宇宙」。その横に、「作・山口彩羽」

 彩羽が中学二年生の時に書いた小説だった。

 彩羽は中学当時、文芸部に所属していた。あまり活発な活動のない文芸部ではあったが、二年生の時、ある公募展を目指して一作を書こう、と顧問の教諭が部員全員の目標として提案したのだった。

 活動が少なくてラク、と友達に誘われてはいった文芸部だったが、構想を練り、主人公の名前を考え、展開していくことが面白くて彩羽は生まれて初めて、自分の意志で原稿用紙に向かった。それは、今まで嫌々書いていた、作文や読書感想文とは全く違った、それは正に自分だけの世界、自分ひとりの宇宙空間だった。

 2週間ほどで書き上げ、推敲や訂正にさらに2週間かけて、締切りまでに出来上がった。

 だが、周りの部員を見回しても誰も小説などを書き上げているものはなかった。いろんな分野で提出できる公募展だったので、ほとんどの者は俳句や短歌と言った、ごく短いものを一つ二つ。それも本気で取り組んでいるような作品ではなかった。彩羽を「一緒に入部しよう」と誘った友達も、授業で作った俳句をそのまま提出していた。――――そういえば彼女は、一年生で入部するときは「14歳で文壇デビューする!」と果てしない野望を抱いていたな………と彩羽は懐かしく思い出した。部顧問も公募展参加を提案はしたが、基本的に各自に任せっきり―――――つまり放任であった。…………「書いてきた人は提出して」。そう言うだけだった。

 …………そして何より、彩羽自身が、その小説を誰かに読まれるということが怖くなってしまい…………提出できなくなってしまった。

 彩羽の恐怖は作品の出来がどうこうと批判されるのでは、ということのほかに…………自分の心を誰かに知られるということへの羞恥、気おくれの方が先に立った。小説は、あらゆる箇所に彩羽の心がちりばめられていたから。

 今それを、彩羽は麻友に見せようとしていた。麻友に読んでもらいたいと、………彩羽の心の奥に秘めた思いまでをも知ってもらいたい、と思ったのだ。

 ストーリーは今考えると稚拙だったかもしれない。災害で行方不明となり、亡くなったものと思われていた中学生の女の子が、実は災害の際の衝撃で、遠い星へテレポーテーションしていて、そこで生き抜き、仲間を作り、何とかして地球の家族の無事を確かめようとする話だった。死後の世界でもなく、異世界でもなく、の現実の世界のどこかで生きているという話にしたかった。

 幼稚な空想だということは否めない。だがそれは、たとえおこがましくとも、彩羽自身の犠牲者の方々への…………そうであってほしいという果てしない願いでもあり、また、その時、遠く離れた安全な場所にいたこと、そしてまた無力で、その惨状をただテレビやネットで見ている事しか出来なかったことに対する彩羽自身の後悔と懺悔の書でもあった。

 …………だが、初めて書いた小説は難しく、構成力不足で膨らませることができず、中途半端な結末に終わってしまった。その上、自分用のパソコンなど持っていなかったため、書いていることを家族に知られるのが嫌で、原稿用紙に手書きで書いたため、とても読みにくいものになってしまった。


 麻友は彩羽から原稿用紙を受け取ると、ゆっくりと目を通した。

 北西高校には朝の読書時間というものが設定されていたがその時間では読み終わらなかった麻友は午前の授業の間の休み時間をずっとそれを読むことにあてていた。

 昼休みも一緒に弁当を食べ終えた後も、いつものように、午後の予習に入ることも無く、麻友は読み続けた。正人が「何、それ?」と原稿用紙の束のことを麻友に尋ねたが、その言葉も耳に入っていないようだった。


 そして、読み終わった。昼休みが終わる直前だった。

 原稿用紙を机にたてて、きちんと角をそろえながら、麻友は、ただ、原稿用紙の方を見つめていた。

「麻友ちゃん…………」

 彩羽は、「どうだった?」と聞きたかったが言葉が出なかった。「時間取らせてごめんね」と謝るべきかもしれないとさえ思っていた。その時、

「感動したよ、彩羽!」彩羽を振り返った麻友の目は赤くなっていた。

「感動した、本当に!彩羽すごいよ………。あたしが言いたいって思ってたものが全部入ってる!あたしの思ってた気持ちが全部詰まってる!こんなものが書けるなんて………。あたし彩羽のこと………尊敬する。大きな声で自慢したい。大好きだよ、彩羽!」

 そう言ってから、麻友は最後の言葉に照れたのか、

「あれ、何言ってんだろう、あたし。………とにかくあたしが彩羽のファン一号ってことにして。」と言いながら、目尻をぬぐった。

 彩羽もずっと続いていた緊張から解放され、泣き出してしまった。

 正人をはじめとするクラスメートは、二人の様子をただ、茫然と眺めているところに、午後の授業のため生物の教師が教室に入ってきたが、教室の雰囲気に、

「なんだ、何かあったのか?」と全体に問いかけたが、だれも答えることができないでいた。

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