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① 「学校の勉強やってれば東大に受かります」


お時間いただけましたらお読みください。

 ――――――だれかが私を見ているのかな。

彩羽(いろは)はふと、見られている、という気がして、体を固くした。

そういうことには敏感だった。

――――――いつからだろう。こんな風に、人の中にいると落ち着かなくなったのは。

 だが、すぐに、

 ――――――考えるまでもないか。

 彩羽はそう思った。

 ―――――ずっと小さなときから。物心ついてからずっと。

 そして、小学校のあの出来事で、それは決定的に彩羽の体と心にしみこんだ習性となって、片時も、気持ちの緩むことは無かった。




入学式は体育館で始まっていた。

彩羽にとって、今日は念願かなって合格、となった北西高校の入学式だった。


次から次へと式次第通りに、来賓の、おそらく何らかの地位のある方々が祝辞を述べる。彩羽は、それを上の空でききながら、これから始まる高校生活に向けての期待と不安で胸をいっぱいにしていた。


 地元では名門校とうたわれる、この北西高に合格するため、彩羽は必死に勉強し、今日を迎えた。

 北西高校は公立ながら中等部も併設されている中高一貫校であったが、高等部からの入学者も多く受け入れている学校であった。


 ―――――-これからどんな学校生活が始まるんだろう。華のJKだ。

 中学の時から愛読しているおしゃれ雑誌『17歳』の舞台にやっとたどり着いたことに彩羽の気持ちは高揚していた。

 ―――――でも遊べる時間とかあるかな…………。皆頭いいだろうし私だけ浮いちゃったらどうしよう…………。


 彩羽は自分が合格者の中の最下位ではないかとひそかに思っていた。


 彩羽の想像は次第に迷路の中をさまようように混乱し、悪い方へと向かっていった。


 式次第のプログラムを完了すると新入生は体育館から退場させられ、出席番号順に並んで各教室に向かうよう促された。


 彩羽のクラスは1年8組。彩羽の苗字は山口だったので、出席番号も遅く、入室時はすでに席に座っている人が多かった。入るときに教室全体を見回すと、雰囲気は重く、近くの友達とささやきあっているような人さえいなかった。男子はほぼ全員ニキビ面。かなりぽっちゃり系も何人もいる。そして全体を包み込む…………オタクオーラ。彩羽の気持ちは一気に落ち込んだ。


―――ええ……イケメン全然いないじゃん……――――


 彩羽がかすかに抱いていた、王子様系男子が一人、二人はいるのではないかという期待は、厳しい現実を目の前に突き付けられ、跡形もなく消え去っていった。



 黙ったまま席につき、担任の到着を待つ。担任は五分後ほどしてやってきた。


 取り立てて特徴のないおじさんだった。あえて言うなら、体型が懐中電灯のようのような感じ。がっちりとしていて首がない。頭がでかい。身長は165㎝ぐらいか。ショックから立ち直れない彩羽の耳に体育館ででも語っているかのような大音量が飛び込んできた。担任が何か話し始めたのだ。


「厳しい受験をクリアし、見事北西高校に入学した諸君。これから厳しいこと、つらい日々が続くことになるが、それはみんなも重々承知のことだろう。しっかり一年のころからがんばっていけば、三年生になったとき割と楽だぞ。」


 厳しいこと、つらい日々。彩羽の気持ちはさらに暗くなった。望んで入学した北西高のはずなのに不安と後悔が心の中に湧いてきた。


 担任は次にこんなことを言い放った。


「いいか、学校の勉強さえがんばってればな、東大に行ける。塾や家庭教師なんかに頼らず、教科担の先生に言われたことをしっかりやっていった生徒たちが東大をはじめとする難関大に合格しているんだからな。」


 おいおいそれは地頭がいい人の話でしょ、と彩羽は心の中でつぶやいた。担任が黒板の右上に何か書く。


『東大にいこう!』


「ドラゴン桜かよ」教室のどこかからつぶやく声が聞こえた。そして、それに続けて、「ちょと、古。」と笑い声がその周りで起こった。


 気の弱い彩羽は、そのおしゃべりが担任に聞こえて、怒り出すのでは、とおびえたが、担任は何も言わなかった。聞こえたはずなのに。言った生徒の方も堂々としている。


 彩羽はため息をついた。いつもこうだ、私は、と。いつもびくびくひとの顔色を窺っている、自分に関係のないことまで-------。



 担任は黒板に向かっているときも、こちらにふりかえるときも、無表情。


 副担任が入ってきた。副担任はさらに担任よりも年老いている。腹がでっぷりと出ている全体的に茶色いおじさんで、いかつい担任と打って変わって丸い、優しい雰囲気を帯びている。彩羽はひそかに黒砂糖饅頭と名付けた。にこにこしながら皆を見渡し、それからプリントを配り始めた。


「入学のしおりです。これをしっかり読んでおくことね。あと25日の学力調査テスト対策もしておいてね。」


 ん?何ゆえに、のおネエ言葉にまた一瞬教室はざわついたが、すぐに静まり返った。黒砂糖饅頭の言った言葉の中身にみな関心が向いたからだ。


 学力調査テスト。入学してさっそくテストだなんて酷だ。しかも、このテストは順位が出ると黒砂糖饅頭は続けて言った。これで、自分の学力がこのクラスのどの位置なのかわかってしまう。またも彩羽は不安になった。


――――優しいおじさんだと思ってたのに。きっと、にっこり笑いながら人を蹴る、そんなタイプだ―――。彩羽は、ショックの連続で、初めて見る副担任にまで、心の中で毒づいた。


 今後数日間の日程、学校生活での心構え、必要書類の提出など、担任からの連絡が終わると、解散になった。


 帰り支度をしながら彩羽の心には暗雲が立ち込めていた。彩羽は私大文系志望だった。しかし今日の説明はすべては国公立大学向けの、しかも理系に関するものばかりだった。

 そういえば入試前の説明会に卒業生として体験談を語りに来ていた人たちも医学部や理系の大学へ進んだ人たちばかりだった。


 ――――――もしかして私は高校選びを間違ってしまったのではないか――――彩羽の不安は今朝より大きく膨らんでいた。

 

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